さよならガフンちゃん
「何よ……!」
キーコちゃんが立ち上がった。
「やっぱり馬鹿にしてたんじゃない! 友達だなんて言っといて……!」
緑子ちゃんは激しく傷ついたように泣き出した。
「愛が足りませんね」
谷くんが軽蔑するように吐き捨てた。
「僕達のこと、見下してたんだ、やっぱり! 自分は芸能人になるからって、庶民の僕達なんか挨拶もなしに捨てて行ったんだ!」
先生はオロオロとするばかりで言葉を発することが出来ずにいる。
「ひどいよう……」
マイちゃんも泣き出した。
「なんにも言わないでいなくなっちゃうなんて……」
ウルちゃんは機嫌の悪い父親のような表情で腕を組んでいる。
あたしは本多くんのほうをもう一度見た。
明らかに何か言いたがっている。
声を投げた。
「本多くん、知ってたんでしょ?」
「あ……あの……」
あたしに話を向けられて、ようやく本多くんは立ち上がった。
「えっと……」
「なんか書いてほしいって言われてたんだよね? それって、もしかして……」
「あ……。うん……」
本多くんが机の中から何かを取り出した。
桜色の和紙の便箋だった。
「みんなに……クラス全員にメッセージを……。俺が日本語に訳して書いた」
「本多くん……。知ってたんだね? フェニーちゃんが帰国すること?」
「……うん」
みんなが本多くんに注目した。
あたしが聞く。
「なんで黙ってたの?」
「フェニーちゃんに黙っててくれって……言われたから……」
「なんでフェニーちゃんは黙ってたの?」
「それは……」
本多くんは便箋を見せた。
「これを読めばわかるよ」
みんなが立ち上がり、本多くんのところへ殺到した。先生は止めなかった。
あたしもそれを見た。
かわいい便箋が本多くんの字でびっしりと埋め尽くされている。
一人一人へのメッセージがそこに書いてあった。
『漆原 舞ちゃんへ
日本のお母さん。唐揚げ美味しかった。ありがとう。
潤虎 茂子ちゃんへ
日本のお父さん。吹っ飛ばしたアリサを受け止めてくれるパワーにありがとう。
郷田太郎くんへ
ソフトボールでまた戦いたいね。楽しかったよ、ありがとう。
西園寺緑子ちゃんへ
仲良くしてくれて、車で送ってくれて、ありがとう。赤いドレス、かっこよかった』
自分へのメッセージを飛ばして、本多くんとキーコちゃんへのメッセージを先に読んだ。
『本多くんへ
これを書いてくれてありがとう。
キーコちゃんへ
色々あったけど、キーコちゃんは友達だと思ってるよ。あなたのこと、忘れない。負けないよ』
最後に自分宛てのメッセージを読んだ。
『アリサへ
ありがとう。あなたがいなければ日本での生活は灰色だった。この物語を作ってくれたのは、あなた』
「ふええ……ん!」
あたしは泣き崩れた。
「なんで何も言ってくれなかったの!」
それについては一番最後に書いてあった。
『帰国すること、言わなきゃ、言わなきゃって思ってたけど、辛くて、言えなかった。急に決まったから。私はどうしても怖がりだから、みんなにお別れを言うのも怖くて出来なかった。ごめんなさい』
とことん怖がりなやつめ。
いくらなんでも「さよなら」ぐらい言わせろよ。
『いつか日本語が話せるようになったら、みんなのところへ帰って来るね。その時、いっぱいお話したい』
そして一番最後にフェイスブックのアドレスが書いてあった。
スマホを持ってる子はみんな自分のスマホを取り出し、アドレスを保存した。
あたしはカクさんにアプリを入れてもらっていたので、そのまま開いた。
胸に名札の刺繍をつけた、台湾の中学校の制服姿のフェニーちゃんの、アイドル顔負けの煌めく笑顔がそこにあった。どうやら向こうではぼっちだったようだ。誰かと一緒に写っている写真がない。フォロワー数は5だった。身内だろうか。
少し下にスクロールすると、お泊り会の時の写真が投稿してあった。赤いドレスに身を包んだ彼女が、楽しそうな笑顔でうちのクラスのみんなと並んで写っている。
コメントも『いいね』を表すハートマークもまだ0だった。
あたしは早速その記事に、『また会おうね』と書き込み、ハートマークをつけた。
結局それに返信がついたのは5日も後だった。
ただ一言、
『再見』
それから3年後、彼女は台湾でデビューするなり人気者となった。
女優とシンガーソングライターの同時デビューだった。その異世界からやって来た姫のような美貌と美しい歌声、そしてそれにそぐわない親しみやすいキャラが最大の売りで、また、たどたどしく日本語が喋れるということで、日本でも徐々に人気を博し始めた。
フェイスブックのフォロワー数はじわじわと伸び、ドラマの主役を努めた5年後には100万人を超えた。初めのうちはあたしがメッセージを送ると必ず返信とハートマークをくれていたが、そのうちそれもなくなった。あたしだけではなく、誰にも返信をしなくなった。
台北アリーナという大きな会場を満員にライブを成功させた時、1万を超えるメッセージが寄せられた。あたしは祝福の書き込みをしたが、当然のように返信はなかった。
遠いひとになっちゃったんだな、と思ってた。




