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ガフンちゃんとあたし 〜 言葉の通じない友達のことをもっと知りたい 〜  作者: しいな ここみ


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ガフンちゃん

 その日はウルちゃんもマイちゃんも部活だった。


 あたしはガフンちゃんと、本多くんと3人で帰った。




 3人とも何も言わなかった。本多くんの押す自転車のタイヤの回る音が、石畳の上で静かに鳴っていた。



 白い鯛焼き屋さんの前を通りかかった時、ガフンちゃんが急に立ち止まった。

 あたしに向かって中国語で何か語りかけて来る。


 本多くんが後ろから訳してくれた。

「この鯛焼き屋さん、台湾で日本をPRする動画に出て来たんだって」


「へえ〜!」

 あたしは意外な話に声を上げた。

「じゃ、初めて見た時、『あ、これ見たやつだ!』って思ってたんだ?」


「アリサちゃんに『これ知ってる!』『買ってみたい!』っていっぱい喋ったらしいんだけど、アリサちゃん、ただニコニコ笑ってたらしいよ」


「仕方ないでしょ〜。言葉まったくわからないんだから」


「3人で買って食べ歩きしようよって言ってるよ」


「いいね! 食べよっか」


 店外用の窓に近づくと、あったくて甘い匂いがあたし達のほうへ流れて来た。


「ぇ、いらっしぇー!」


 いつもの赤いバンダナを巻いた威勢のいい店員のおじさんの声。中の飲食スペースには今日もお客さんがぎっしりだった。


「おじさん、たいやき3つ!」


「あいよっ! お嬢ちゃん達、可愛いから、あんこいっぱいサービスしとくなっ!」


 ふふ。いつものリップサービスだ。


 3人で110円ずつ払い、それぞれにほっかほっかな白い紙袋を手にした。


「む、難しいな……」

 本多くんが言った。


 自転車を押しながら鯛焼きを食べるのが難しいらしく、悪戦苦闘している。ウルちゃんなら自転車片手で押しながら余裕で食べるのに。


「ほら、貸して」

 あたしは彼の鯛焼きを奪うと、

「はい、あーん」

 食べさせようとした。


「は、恥ずかしいよっ」

 でも彼が嫌がった。


 観光地なので、確かに人目が多く、それだからこそあたしはやってみたかったんだけど、仕方なくすぐ近くの石畳の上にあったベンチに並んで座ることにした。


「……で」

 あたしは本多くんを介してガフンちゃんに聞いた。

「どうしてガフンちゃんに戻っちゃったの?」


 本多くんが訳してくれる。

「気分だって」


「それにどうして暗いの? 昨日まであんなに楽しそうだったのに」


 本多くんがガフンちゃんに聞いてくれる。なんかもちゃもちゃ言い争いみたいになっている。うーん今すぐ中国語が理解できるようになれる便利な何かが欲しい。


 ようやく本多くんが訳してくれた。

「明日になればわかるってさ」


「何、それ?」

 あたしはムカついた。

「友達でしょ? 隠し事とかやめなよ。感じ悪い!」


「アリサ」

 ガフンちゃんがあたしに直接言った。

「ウォシュレット、ミーン、チェーン、ホェイ、ゴ」


「わからんて!」

 あたしは思わずガフンちゃんの前髪をファサッとはたいて無理やりフェニーちゃんにした。

「せっかくみんなのアイドルみたいになったんだから、戻れ! 戻せ!」


 すると縋りつくように、彼女があたしに抱きついて来た。


 息が止まるかと思うぐらい、ぎゅーっと抱きしめられて、中国語で何かまくし立てられて、あたしは鯛焼きを持っていないほうの手で背中をぽんぽん、ぽんぽんと叩くしか出来なかった。


「なんか悲しいことがあったんだね?」

 どうせ理解出来ないのだ。優しく言ってあげるしかなかった。

「わかった。明日にはまた元気なフェニーちゃんに会えること、信じてるよ」


「アリサちゃんは最愛の友達だって」

 本多くんが彼女の言葉を訳して、言った。

「言葉の通じない親友が出来るなんて思ってもみなかったって」


「あたしも同じだから」

 彼女の肩を両手で掴み、少し離して顔を覗き込み、笑ってみせた。

「だから、元気出せ」


 するとまた今度は全力で抱きついて来た。肋骨が折れるかと思うぐらい。


「なっ、なっ、何なの!?」

 あたしは本多くんに聞いた。

「何があったの!? 奏太くん、知らないの?」


「うん」

 本多くんはうなずいた。

「知らない」






 家に帰るとカクさんがいなかった。


「お帰り、有紗」


 ロビーでエロい週刊誌を読むお父ちゃんの声も、心なしか寂しそうに聞こえたけど、あたしは無視して2階の自分の部屋に上がって行った。言っとくけど反抗期とかじゃないから。


 一昨日の土曜日、ここにみんながいたとは思えないほど、普通にいつもの自分の家だった。


 カクさんの泊まっていた部屋をさおりさんが掃除していた。


 そういえば。


 フェニー……ガフンちゃんも『すぐ帰国する』って言ってたな。

 すぐって、どれぐらいなのかな。

 あと一ヶ月? ニヶ月?


 帰国するどれぐらい前になったら教えてくれるのかな。


 その直前になったらまたここでお別れパーティーを開こうか。


 そう思いながら、次の日の予習なんてそこそこに、ゲームで遊んで、うだうだと、ゴロゴロとして、寝た。






 次の日、学校に行くと、彼女がいなかった。


 遅刻かな? と思いながら、隣の席に彼女がいないのを気にしながら、HRが始まった。


 礼が一通り済むと、先生が言った。

「えー……。まずは、台湾から転校して来ていたジョ雅雰ガフンさんが、帰国することになりました」


 意味がわからない、というように、教室が静まりかえった。

 みんなが目を丸くしている。


「親御さんの都合で、今朝、東京へ向かい、それから台湾へ帰国するそうです」


「は?」

「はああああ!?」

 みんなが騒然となった。

「何それ、突然すぎる!」

「さよなら言ってないよ!」


「冷てーな、あの野郎!」

 郷田くんが一番後ろの席で、机を蹴っ飛ばした。

「俺との決着も満足についてねーってのによ!」


 あたしは本多くんを振り返った。

 彼は明らかに知っていた。必死であたしから顔を背けている。


「え……。は……?」

 先生が意外そうに、言った。

「みなさん……、そんなにジョさんと仲良かったんですか?」



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