月曜日の教室
月曜日の教室はお祭りの後のように、いつも以上に燃えカスどもが憂鬱を漂わせているかと思ったら、
あたしが扉を開けて「おはよ〜」と小さな声で言うと、
「須々木さん!」
「有紗ちゃん!」
「アリサ〜!」
と、バラバラな呼び方で声が四方八方から掛かり、その後、それらの声が見事に揃った。
「「「おはようっ!」」」
あたしはびっくりしすぎて、目をひん剥いたまま滑って転びかけた。
な、ななな何これ? 何この元気?
みんなまだまだお祭りを続ける気マンマンの顔で笑っている。
お泊り会に参加しなかった子達との温度差が凄かった。
「あの動画、中村が今、編集中で、今夜にはアップロード出来るらしいぜ」
ホドリゲス忍くんがわくわくが止まらない顔で報告して来た。
ウルちゃんとマイちゃんがそれぞれの方向から、ハート型の目をして彼の姿をロックオンしている。
ああ、そうか。あの動画が投稿されて、再生回数の箱が開かれるまでは、みんなのわくわくは止まらないのだな。
カクさんとの別れでしんみりなっていたあたしは、月曜日らしいテンションになってしまっていて、申し訳なかった。
「50万、行くといいな。……っていうか、絶対に行くぜ!」
リゲスくんのわくわくが伝わって来て、あたしも少しだけしんみりから抜け出せた。
「うん! 楽しみだね」
まさか2万も行かないとは、この時は思ってもいなかった。
本多くんのほうを見ると、昨日までが嘘のように、いつもの大人しさに戻っている。俯き気味に席に座り、ただの野原のつくしみたいに目立たずにそこにいる。後で話しかけてあげよう。
「楽しかったんだよ〜」
緑子ちゃんが、取り巻きの3人に自慢するように、楽しげに話して聞かせている。
「あんたらも塾なんかサボって来ればよかったのに〜」
キーコちゃんを見ると、なんだか見えない壁を作って自分を守るように席にじっと座っている。
フェニーちゃんをいじめてた犯人だってこと、たぶん誰かが言いふらしたんだろう。不参加組の目が冷たく感じた。
「なあ、おまえら、愛を信じるかい?」
谷くんは別人になっていて、みんなに愛を説いて回っていた。
「この世で最も大切なもの、それは愛なんだ。君もこの俺と一緒にボランティアに参加しないか?」
失恋って、本当に人を変えるんだなぁ……。
あたしが自分の席に座り、バッグの中のものを取り出していると、隣に何やら陰鬱なオーラを感じた。
はっとして振り返ると、そこにガフンちゃんがいた。前髪が顔を暗く覆い隠し、猫背に戻っている。
「どっ、どうしたのフェニ……ガフンちゃん?」
それをフェニーちゃんとはとても呼べなかった。
「くっ……、暗いよ? ブルーどころじゃなくて、ブラックだよ?」
声をかけると首がギギギとこちらを向いた。
「アリサ……」
「ん?」
「致死……」
「えっ!?」
「飯……」と言ってまた前を向き、ガフンちゃんを続けた。
メシって……、確か、『大丈夫』とか『なんでもない』って意味だとカクさんから教わっていた。今の場合なら『なんでもない』のほうだろうな。
なんでもないと口にする時は、大抵何かがあるものだ。
後で本多くんを介して会話してみよう。
「ススキさん」
谷くんがやって来た。本多くんのところへ行こうとしてたのを邪魔された。
「愛って素晴らしいものですよ」
あたしが無視すると、向こうを向いた。
「フェニーさん」
ガフンちゃんに話しかけた。
「アイ・ラブ・ユー」
「ゴメンナサイ」
ガフンちゃんが再度ぺこりと頭を下げる。
「そっ……、そそそそそういう意味じゃないんだ!」
なんか谷くんが必死に弁解してる。
「僕は、君と、そういう、初めてのひとに、したいと、そういうのはもう思ってなくて、もっと大きな、ね。人類に対する愛というか、ね。そういうのに目覚めたんだ! だから……」
こいつ凄く扱いにくいやつになったな、と思った。前はうんこ扱いしてやればよかっただけだったのに。
ガフンちゃんがすっと立ち上がると、本多くんのところへ歩いて行く。谷くんが「あっ」と悲しそうな声を上げた。
後を追おうとしたら、後ろから緑子ちゃんが話しかけて来た。
「ねー、有紗ちゃん。フェニたん、どうしちゃったの? 前に戻っちゃったんだけど」
「そっ、それを本多くんに聞きに行くのっ」
「あ。じゃ、一緒に行きましょう」
2人でガフンちゃんの後を追った。
ガフンちゃんは本多くんと何か話し合っていたのを、あたし達が来たのを見ると、やめた。
なんか感じ悪い。
また二言三言交わすと、ガフンちゃんはあたし達の横をすり抜け、自分の席に戻って行った。
「何、話してたの?」
あたしが聞くと、本多くんは「あはっ」と笑ってから、答えた。
「なんかさ、俺に書いてほしいものがあるんだって」
「書いてほしいもの? 何を書いてくれって?」
「ちょっと今はまだ俺、わからないけど……」
本多くんは頭をぽりぽりと掻いてから、また笑った。
「みんなへのプレゼントみたいなものらしいよ」
「プレゼント?」
「なんだろう?」
緑子ちゃんが首をひねる。
「……で、なんでフェニたん、ガフンちゃんに戻っちゃったの? なんか聞いた? 本多くん」
「さあ?」
緑子ちゃんに話しかけられて照れるように、本多くんは首を振った。
「聞いてない」




