気功拳!
朝はみんな別々で登校する。
途中でたまたま一緒になれば並ぶけど、自転車通学のウルちゃんとマイちゃんは大抵、後から追いついて来る。
ガフンちゃんと一緒になるかな? と思ったけど、結局1人で校門に辿り着いた。
教室に入って席に座り、バッグの中を整理していると、入り口からガフンちゃんが、とぼとぼという感じの歩き方で、猫背を揺らして寂しそうに入って来るのが見えた。
誰とも挨拶することなく、こっちへ歩いて来る。
「おはよ~」
あたしが笑顔で言うと、
「ざお~」みたいな言葉が、笑顔で返って来た。
「日本語覚える気、ないんだろうか」
ガフンちゃんの「ざお~」を聞いていたのか、後ろの席の女子2人が呆れたような声で話しはじめた。
「おはようぐらい、覚えればいいのにね」
あたしは振り向いて「じゃ、あんたら、中国語で『おはよう』って言えるの?」と言ってやろうかと思ったけど、黙っていた。
ここは日本だ。日本人が中国語を覚える必要はない。
それから3日が経ったけど、ガフンちゃんが仲良くするのはあたし達3人だけだった。
ウルちゃんとマイちゃんはあたしがいないと絡めないので、正確に言えばあたし1人だけだ。
誰もガフンちゃんのことを話題にもしない。
観音扉を開けば信じられないほどの美少女なのに。
なんだか悔しくなったあたしは、ガフンちゃんのプロデュースを仕掛けることにした。
「みんなー! あれやるよー!」
ウルちゃんとあたしで声を揃え、人を集める。
動画サイトで再生回数40万を叩き出した、あの、あたし達の得意芸を始めるのだ。
観客に混じって見物するつもり満々のガフンちゃんの手を引っ張ると、あたしはみんなに言った。
「今日はー、この武術の本場、台湾から来た本物の気功拳の使い手、ジョ・ガフンちゃんが、本物の気功拳を放って見せてくれます!」
台湾が武術の本場なのかなんて実は知らないけど、あたしはそれっぽいことを言ってみんなを煽る。
反応は薄かった。ほんの一部から「おおー!」と声が上がったくらいだ。
「じゃ、その後で、変な名前のススイさんが忍術見せてくれよ。ニンジャの本場は日本だもんな。影分身の術、見たいなぁー」
谷くんの冷やかしは無視だ。
ウルちゃんが気功拳を打つポーズをしてみせ、定位置を離れると、そこにガフンちゃんに立つよう促す。
どうやら自分でもやってみたかったようで、ガフンちゃんは「あっ」という口をするとウンウンうなずき、ノリノリでウルちゃんのいた場所に立った。
あたしのほうをキッ!と見ると、ニヤリって感じで笑う。うん、素晴らしいノリのよさだ。さすがは本場だ。
ガフンちゃんが腰を落とし、両掌を揃える。背が高く、貞子ヘアースタイルなので迫力がある。ウルちゃんと違って殺気すら感じた。
あたしも空手家みたいに構えながら、彼女の攻撃を待つ。
ペロリとガフンちゃんが舌なめずりをした。来る!
「ハイヤーッ!!」
教室中にガフンちゃんの勇ましい声が響いた。
ガフンちゃんの両掌が前に突き出され、気功拳が放たれる。
いつもと違う! なんだ、これ!
あたしは確かにこちらに向かって凄いスピードで飛んで来る『気』の砲弾を見た。
温かいような『気』が胸に当たるのを感じ、それに押されるように、後ろへ飛ばされた。自分の足で飛んだ気がしなかった。
「ひゃあっ!」とマイちゃんが絶叫しながら、あたしを受け止めた。
一緒になって後ろに転んだ。
スカートが2枚、仲良くめくれ上がった。
あたしは下にハーパン穿いてるけど、マイちゃんは……?
「見えた! 白だ!」
谷くんが嬉しそうに叫んだ。
「ぶふぉあぉいーす」みたいなことを言いながらすまなさそうにガフンちゃんが駆け寄って来る。
「大丈夫か?」と言いながらウルちゃんもやって来た。
あたしよりマイちゃんだ。あたしは彼女がクッションになってくれたけど……
「大丈夫だぁ」と言って、マイちゃんが笑った。
どうやらうまく受け身をとって頭は打たなかったみたいだ。
「すげー迫力!」
「さすが本場!」
みんなから拍手が起こる中、ガフンちゃんはそれどころじゃなく、「ぷーじぇん!」とか言いながら真剣な顔でマイちゃんの後頭部をチェックしている。
念のため保健室に連れて行ったけど、お尻が赤くなっていたぐらいで本当に何もなかった。とてつもなく見事な受け身をとっていたようだ。文化部なのに。
それからあたし達は得意芸『気功拳』をやる時には、ガフンちゃんが技を放つ役、あたしが喰らって吹っ飛ぶ役、そしてマイちゃんとウルちゃんが2人がかりでクッション役をやるようになった。