夜のウフフ♡
「台湾ってどんなところ?」
あたしは本多くんを挟んでフェニーちゃんに聞いた。
本多くんが通訳してくれたのを受け取ると、フェニーちゃんはにこっと笑い、日本語で言った。
「アツイよ?」
消灯された大部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、3人で川の字に寝そべって、ずっと話をした。
茂部くんも寝息を立てはじめ、部屋で起きてるのはあたし達だけだった。
窓から満月が覗いてるのが見えた。静かなアンパンマンみたいな優しい顔の満月だった。
「台湾って、九州より少しだけ小さいぐらいの大きさの国なんだって」
本多くんが通訳してくれる。
「でもその中に富士山より高い山があるんだって」
「どえー!? それじゃまるで鳥取県みたいじゃん!」
「鳥取県と比べるのはさすがに失礼だよ」
「大山がどーん! あとは砂丘と日本海の荒磯、残りほんの僅かな平地に町、みたいな」
今まで恥ずかしいので言わなかったが、あたしが住んでいるのは鳥取県の中部に位置する倉吉市という小さな町である。
「鳥取はいいところだって、フェニーちゃんが」
本多くんはあたしとフェニーちゃんを交互に見ながら、言った。
「台北と違ってのどかだし、コ○ダ珈琲もあるし」
「スタ○じゃなくて? ちなみに鳥取県にもスナ○珈琲だけじゃなくてス○バも出来ましたよ」
「アリサちゃん、誰に言ってるの?」
本多くんが笑う。
「そう言えばフェニーちゃん、なんで東京や大阪じゃなく、鳥取県なんかに来たの? しかも鳥取市でも米子市でもなく、倉吉なんかに?」
本多くんが通訳して聞いてくれ、教えてくれる。
「台湾の有名な女性歌手がね、親善大使として山陰に来てたんだって。本当は台湾で人気あるのって、同じ古都でも鎌倉や京都らしいんだけど、そのPR動画を観て、是非この町に来てみたいって思ったんだってさ」
「えー? そんな有名人が来てたんだ? どんなPR動画だったんだろ?」
「なんかね。人がとても温かくて優しそうな動画だったらしいよ、倉吉編は。それを観て、その世界に入ってみたいなって思ったんだって」
「で、どうだった?」
あたしはフェニーちゃんに聞いた。
「実際、温かくて優しかった?」
「ウンウン」とフェニーちゃんはキラキラした笑顔でうなずいた。
「みんなに会えてとてもよかったって」
本多くんが言った。
「それもこれもこうなれたのは全部、アリサちゃんが最初の日、話しかけてくれたからだって」
あたしはこれ以上ないぐらい顔がニヤけてしまった。
「この物語はあたしとフェニーちゃんが作ったんだよね?」
調子に乗って言ってしまった。
「あたしが話しかけて、フェニーちゃんが仲良くしてくれなかったら、こんな物語にはなってなかったんだよね?」
「ポン太くんもダヨ」と、フェニーちゃんが日本語で言った。
本多くんがそれを聞いてテレテレと笑う。
「うん。途中からクラスのみんなも参加してくれて、とても賑やかになった」
あたしは窓の外の満月を眺めた。
「あたし、一生忘れられないと思うよ、このお泊り会」
「うぉいぇ、いーやん」みたいなことをフェニーちゃんが可愛い声で言った。
「『私も』だって」
本多くんが訳してくれた。
3人でしばらく黙って満月を眺めた。
雲がゆっくりゆっくり月の前を通り過ぎて、黒い雲なのに全然不吉さはなくて、シルクみたいに優しくしっとりしてた。
郷田くんのいびきがうるさいのに不思議と静かで、フェニーちゃんと本多くんが唇を少し動かしただけでもその音がよく聞こえた。
「今度はみんなで鳥取砂丘行こうか?」
あたしは今思いついたことを口にした。
「いっぱい思い出作ろうよ。みんなでさ」
「『いいね。行こうよ』だってさ」
本多くんがフェニーちゃんの返事を通訳してくれる。
「でも、みんなといたら、どこでも楽しい場所に変わるんだって」
「そうだね」
あたしはにっこり笑って、ふう、と楽しい息を吐いた。
「大好きな人と一緒って、いいよね」
「本当はフェニーちゃん、1人でいるのが大好きなんだって」
本多くんがとても共感しながらのように、
「でも大好きな人と一緒なのはもっと楽しいんだってこと、初めて知った」
まるで自分の言葉みたいに、そう言った。
「奏太くんはなんかフェニーちゃんに聞きたいこととかないの?」
あたしは顔は動かさずに、手で彼の腕を軽く叩いた。
「あたしの通訳してばっかでさ。自分も聞きたいこと聞きなよ」
「え。俺、直接言葉通じるから、もう結構聞いてるしさ」
本多くんは言った。
「それに、どっちかって言うと、アリサちゃんに聞きたいことのほうが多い」
えっと……。
や、やるじゃん、コイツ。大人しそうな顔して……。
あたしは自分の前髪をくりくりいじくりながら、言った。
「な、何が聞きたいの?」
「その……」
本多くんは言った。
「犬と猫、どっちが好き?」
「どっちも好きだけど」
あたしは答えた。
「どっちかって言うと……猫」
「俺と同じだ」
本多くんは嬉しそうに言った。
「よかった」
フェニーちゃんが焼き餅を焼いてるような口調で本多くんに何か言った。まぁ、あたし達2人がわからない言葉で彼女を無視しているように会話しはじめたら、あたしが彼女だったとしても焼き餅を焼くだろう。
「ウフフ」
あたしはなぜか笑い出した。
「あははっ」
本多くんも笑い出した。
「ぶー、ぶー!」
フェニーちゃんはなんだか怒っていた。
「さすがに今日は疲れたね」
あたしは2人に言った。
「もう、寝ちゃおっか、ここで」
「こ……、ここで?」
本多くんが焦ったように言う。
「あっ、フェニーちゃん。不是這樣的!(そんなんじゃないから)」
「どうしたの?」
「『自分は女子部屋に帰るからごゆっくり』って……」
フェニーちゃんはすっくと立ち上がると、あたしに意味ありげな笑顔を向けて手を振り、本当に女子部屋に帰って行ってしまった。
あたしはしばらく本多くんの腕に触ったまま、天井の蛍光灯をじっと見つめていたけど、
「じゃっ」
むっくりと起き上がると、
「おやすみ」
と言って立ち上がった。
「おやすみ、アリサちゃん」
「おやすみ、奏太くん」
小さく手を振り、あたしは男子部屋を失礼した。
こうしてお泊り会の夜は何事もなく、でも幸せに終わった。




