谷くん転生
フェニーちゃんと手を繋いで、男子の大部屋の襖を開けた。
「おっ? フェニーちゃん!」
あたし達を見て、スマホから目を離して茂部くんが声を上げた。
郷田くんはもうすやすや寝ていて、高倉くんは姿がなかった。そう言えば女子部屋に張本さんの姿もなかった。どこかでいかがわしいことをしていなければいいが……。
本多くんは布団の上で、谷くんと顔を合わせ、何かを話し合っていた。おいおい無垢な少年に今度はどんな悪いことをさせようとしているんだ? と、あたしは急いで近づいた。
あたし達が近づいて来るのに気づいた谷くんが、悪魔のような目でこちらを見て、言った。
「あっ! ふぇ、フェニーさん」
「フェニーさんじゃねえだろ」
あたしは谷くんの胸を手で押した。本多くんから遠ざけるためだ、汚いものに触れてしまったが仕方がない。
「今度は本多くんに何をやらせようとしてたの!?」
「ひ、ひどいなあ……。ススキさん」
あたしのことを初めて正しい名前で呼んだ。
「ぼっ、ぼくは彼からフェニーさんの好きなものとか、色々聞いてただけですよ」
「聞いてどうするつもりだ?」
「もっ、もちろんお近づきになりたいから……」
悪魔の子供みたいになって、もじもじする。
「大体あんた、その顔、何?」
あたしはずっと気になっていたことを聞いた。
「最近ずっとその顔してるよね? 悪魔みたいな……」
すると谷くんは心から不思議そうに、言った。
「は? これが俺の真顔ですけど?」
そうか。合点がいった。前はいつでもニヤニヤしていたから気づかなかった。あたしはこいつの真顔を知らなかったのだ。なるほど。悪魔みたいな顔が元々だったのか。あれが普通の谷くんの顔だったのか。すぐに納得できてしまった。
「おっ、おい本多」
谷くんはフェニーちゃんと本多くんを交互に忙しく見ながら、言った。
「お前、中国語できるんだろ? 俺の言うこと訳してくれ。フェニーさんに言いたいことがあるんだ」
「あはっ」と本多くんはうなずいた。
谷くんはフェニーちゃんに向かって正座すると、告白を始めた。
「初めてお顔を見た時から好きでした! おっ……、俺とっ……。俺と付き合ってくださいっ!」
本多くんが訳すとフェニーちゃんは日本語で直接谷くんに返事をした。
「ゴメンナサイ」
大好きな女の子に目の前で申し訳なさそうに頭を下げられ、谷くんはもんどりうってふとんに突っ伏した。いや、まさか告白が成功するとでも思っていたのだろうか。
「終わった!」
谷くんは布団に顔を埋めて、泣いた。
「俺の青春が終わった! 終わりだ!」
本気で好きだったんだろうか。ちょっと信じられないが、なんだか可哀想になってしまった。
「君は死んだんだ」
あたしは指先で彼の背中を恐る恐るチョンチョンと突きながら、言った。
「トラックに轢かれて死んだんだ。転生しなさい」
その時、後ろで襖が開き、透き通った女の子の声がした。
「今晩は」
振り向くとキーコちゃんがそこに立っていて、こちらのほうを見るとすぐにやって来た。
「おっほう! キーコちゃんまで!」
茂部くんが喜びの声を上げたけど、こっちへはやって来ない。1人では何をする勇気も持てないのだろうか。
「翔くん」
キーコちゃんはまっすぐ谷くんに声をかけた。
「ちょっと話あるんだけど、いい?」
「なっ……なんだよ!」
谷くんは怯えている。
「『あとでひどいことするから覚えておいてね』とか言ってた、あれをするのか!?」
そう言えばキーコちゃん、そんなことを言っていた。谷くんが彼女のバッグの中を漁って、下着をポイポイみんなの目の前で投げた時に。さて、どんなことをするのだろうか?
キーコちゃんは無表情に、言った。
「ひどいことっていうか、いいことしてあげる」
「えっ……?」
谷くんの表情に期待と不安が同時に浮かんだ。
「別の部屋、行こう」
キーコちゃんが谷くんの手を取った。
「生まれ変わるのよ、あたし達、2人で」
「ええ……と」
谷くんはキョドキョドしながら、大人しい猿のように立ち上がった。
「いいことって……期待してもいいのか? もしかして……あれをするのか?」
「たぶんそれだわ」
意味深な会話を交わすと、2人は手を繋いで部屋を出て行った。その後のことは知らない。とりあえずわかっていることは、その後の月曜日に2人ともちゃんと来たし、日曜日もちゃんといたので、トラックに轢かれに行ったわけではないようだった。
かなり興味を引かれたけど、こっそり2人の後を追いかけたりはしなかった。あたしにはそれよりも大切なことがあった。
「えいっ!」
あたしが本多くんの隣にダイブし、体をくっつけてうつ伏せになると、本多くんがびっくりした声を出した。
「わっ!」
ひーかわいい。顔が真っ赤になった。
「ドゥーンっ!」
向こう側からはフェニーちゃんもダイブして来た。本多くんを挟んで2人の美女(←ここツッコむとこ)が迫る格好になった。
「ねえ、奏太くん」
あたしはほっぺたがくっつくぐらい近くに寄ってやり、言った。
「フェニーちゃんとお話したい。通訳してよ」
「あっ……。うん、いいよ」
声までもじもじしてる。かわいいなあ。
「ポン太くん、アリサも、アカーイよ」
フェニーちゃんが面白いものを見つけたように言った。




