みんなで恋バナ♡
「西園寺さんは、郷田くんと付き合ってるの?」
織田わかなちゃんがニヤニヤして緑子ちゃんに聞いた。
「はっ!? わっ、わたくしは……学業第一だからそんなことにうつつを抜かしている暇はないしっ……!」
緑子ちゃんは顔を赤くしてそう言うと、
「それより森野さんっ。あなた、谷くんとはニセの恋人同士だったんですのっ?」
キーコちゃんに振った。
「うん、そうだよ」
キーコちゃんは即答した。
「私があんな猿、本気で好きになるとでも思った?」
「じゃ、キーコちゃんは誰がいいと思ってるの?」
誰かが聞いた。
「数学の間狭先生かな」
またもや即答だ。
「同級生でも3年生でも、中学生の男の子なんて子供すぎて……」
「ほわー」
「言うねえ」
「黒い女のくせに」
「黒いって言わないでよ」
俯いたキーコちゃんに、横から緑子ちゃんが、
「森野さん、どうせ今回のことで人気ガタ落ちしたと思うからさ、谷くんと引き続き付き合ってあげれば?」
とか言い出した。
「ええ?」
キーコちゃんが顔を上げた。苦い汁を飲んだような表情だった。
「だって谷くんも可哀想だし、彼を利用してたことは森野さんの印象を悪くしてしまう大きな要因の一つでしょ? ここで捨てちゃったら本物の悪魔になっちゃうよ」
「どうせ……悪魔だし」
「他の子と付き合うつもりもないんでしょ? それにもしかしたらこの数日で谷くんに情とか移っちゃったりはしてないの? 付き合うべきだよ。ボランティアみたいな感じで。それできっと天使として復活できる!」
「西園寺さん、面白がってない?」
「森野さんのことを考えて言ってるの。どうせ悪魔なんだから、とことん悪魔になっちゃえば、かえって天使に戻れるかもよ?」
「フフフのフ」
意味がわからないといった笑いを一つすると、キーコちゃんはあたしのほうを向いて、言った。
「本物の天使といえば有紗ちゃんだよね」
「はっ?」
いきなり天使から天使と呼ばれ、あたしはアホみたいな声が口から出た。
「あたしが天使? なんだ、それ。初めて言われた」
「何も喋らない本多くんとか、そもそも言葉の通じないフェニーちゃんとかに、積極的に話しかけてあげるなんて、私には出来ないもん」
「ばっ、バカなだけだよっ」
あたしは本当に思ってることを言った。
「バカだから何も考えずに話しかけちゃうだけなの。根っからのお節介っていうか……」
「凄い才能だと思うよ。伸ばしてほしいな。有紗ちゃんはみんなを幸せにする人なんだよ」
褒められることなんて慣れてない。自分の顔が真っ赤になり、目がきょろきょろするのがわかった。
「今日のお泊り会にしても、フェニーちゃんが海を越えて転校して来たあの日、有紗ちゃんが彼女に話しかけてなければ、なかったんだから」
「う……」
ソフトボールの時、フェニーちゃんの幻に言われた言葉が甦った。
―― あなたが作ったんだから、この物語は。ありがとう ――
あの時、あたしは凄く嬉しかった。
胸が熱くなって、涙が出そうになるほど。
それはとても困っている人を勇気を振り絞って助けることが出来て、お礼を言われて、自分が好きになれたような嬉しさだった。
まぁ、幻だったけど。
「そっ……そう言えばさ」
照れ臭さにあたしはキーコちゃんの話に戻した。
「なんで昔うちの旅館に泊まったことあるの、ずっと黙ってたの?」
「知らなかっただけだよ? お泊り会することが決まって、『旅館すすき』って名前聞いて、初めてあれが有紗ちゃんの家だったんだって、知ったの。ずっと植物の薄のことだと思ってたから」
そっか……。単純な話だった。
「そうだ!」
緑子ちゃんが声を上げた。
「フェニたんは? 誰か好きな男の子とかいるのかな?」
みんなの視線を集めて、フェニーちゃんが「ンッ?」と言った。
恋バナにくわわって楽しそうにしてたけど、どう見てもみんなが何の話をしていたのか、わかってない。
「Who do you love?(あなたが愛してるのは誰?)」
緑子ちゃんが聞く。
フェニーちゃんはにこっと笑って、即答した。
「Daddy & Mummy!(パパとママ!)」
だめだこれ。質問の意図がわかってない。
あたしは走り、備品のノートと鉛筆をテーブルの上から取ると、クラスの男子全員の名前をそこに書いた。大丈夫、フェニーちゃんは全員の名前を覚えている。
それを見せながら、あたしはホドリゲス忍くんの名前を指して、フェニーちゃんに聞いた。
「好き?」
大丈夫、彼女は『スキ』という日本語は知っている。
「ダイスキヨー」と、返って来た。
いや待て。LoveとLikeを混同しているのかもしれない。次に郷田くんの名前を指して同じことを聞いてみると、
「ダイスキヨー」
やはり混同しているようだ。
試しに谷くんの名前を指して聞いてみると、困ったように両手を広げ、違うことを言った。
「ウンコ、ウンコ」
なるほど。誰でも『ダイスキヨー』なわけではないようで、少し安心した。
「Not Like」
緑子ちゃんが改めて聞いた。
「Who do you love?」
そしてノートの紙面をぽんぽんと叩くと、ようやく理解してくれたようで、フェニーちゃんは「アー」とうなずき、立ち上がった。
どこに行くのかなと見ていると、自分のスマホを持って来て操作し、スマホに喋らせる。
「私はみんなのものです」
「おおー」
「ウッフゥ〜!」
みんなが感心したように奇声を上げた。
「まるで本物のアイドルだ」
後から聞いた話なのだが、フェニーちゃんは所属事務所のおじさんから「好きな人はいるか」と聞かれたら必ずそう答えるように教育を受けていたそうだ。
それを知らなかったこともあったけど、なぜかあたしはショックを受けていた。『私が一番ラブしてるのはアリサだよー♡』とでも言ってほしかったのだろうか。
その時、襖がそろりと開き、誰かがこっちを覗き込んだ。
男子の声が入って来る。
「いえーい」
「お邪魔して、いい?」
ホドリゲス忍くん、酒匂くん、掛橋くん、中村くんの4人だった。茂部くんはさすがに妹がいるので来なかったようだ。ゲスくんの姿を見て、ずっと言い争ってたウルちゃんとマイちゃんが歓喜の声を上げた。
「夜這いだよー」
「バカ! ちげーだろ」
「お話しようぜえ〜」
4人は入って来ると、フェニーちゃんの姿を手を合わせて拝んでから、他の女子のほうへ寄って行った。言葉が通じないからなのか、それともあまりにも尊いものは拝むだけで気が済むのか、フェニーちゃんは放っとかれた。
「よし! じゃ、あたし達も行こっか」
あたしはフェニーちゃんに言った。
「ゴー・トゥー・ポン太くん。OK?」
あたしの変な英語が通じた。フェニーちゃんは親指を立てると、答えた。
「ポン太くん、OKヨー」
あたしとフェニーちゃんは手を繋ぐと、男子部屋へと向かった。




