枕投げバトル
カラオケ大会がライブに変わった。誰もフェニーちゃんのあとに歌おうとする人はいなった。
「アンコール! アンコール!」
「あんこ! あんこ!」
7回目のアンコールが沸き起こった時、お母ちゃんが入って来て、ハコの使用時間が切れたことを宣告した。
「みなさん、就寝のお時間ですよ。それぞれの大部屋に移動してください」
「はーい」
みんなが場を片付けはじめるフリをする。マイちゃんがしっかりと泣きそうな顔になっているのを確認すると、あたしは手を上げて合図した。
それを見てフェニーちゃんがギターを再び弾きめた。聞き覚えのあるメロディーを中国語の歌詞で歌いはじめる。
「祝你生日快樂♪」
そのメロディーを聴いて、マイちゃんが「えっ?」と顔を上げる。「もしかして!?」みたいな顔をした。みんながニヤニヤしながら隠していたものを取り出している。
フェニーちゃんは同じ歌詞を4回繰り返すと、同じ曲を最初から、今度は英語で歌いはじめた。
「Happy birthday to you〜♪」
わあっ! とマイちゃんが泣き出した。
みんなが隠していたプレゼントを前に出しながら、一緒に歌いはじめる。
「「「ハッピーバースデー ディア マイちゃ〜ん♪ ハッピーバースデー トゥー ユー〜♪」」」
「絶対忘れられてると思ってたーー!!」
音楽が終わるとマイちゃんはへたり込み、びーびー声を上げて泣きはじめた。
「おめでとう!」
「14歳おめでとう!」
みんながプレゼントを次々と彼女の前に置いて行く。
いやはやいつもながらサプライズのし甲斐があるわ、我が親友は。
女子部屋へ戻り、布団を敷くと、枕投げが始まった。
「とうっ!」
緑子ちゃんが投げて来た枕をあたしは華麗にキャッチすると、ソフトボールのように投げ返した。悔しいが枕でカーブはかけられない。全力のストレートだ。
フェニーちゃんはわくわくしている表情で、しかし加わることはせずに観戦している。自分が参加すれば死人が出ることを気遣っているのだろうか。
キーコちゃんが遠慮しているような雰囲気で1人布団に潜ろうとしていた。あたしがその胸にめがけて、
「えいっ!」
枕を投げるとキーコちゃんはカッコよくそれをキャッチした。さすがは運動神経も抜群だ。
キーコちゃんがキャッチした枕を持ったまま、もじもじしているのであたしは言った。
「ヘイ、カモンカモン!」
するとキーコちゃんが笑った。とても嬉しそうな笑顔で、枕を投げ返して来た。
「ぶ……っ!」
忘れてた。彼女はあのフェニーちゃんとソフトボールで名勝負を繰り広げたほどの女だった。弾丸のような枕を顔にモロに喰らい、あたしは後ろにぶっ倒れた。
倒れてるあたしの前に誰かが立ち、枕を拾った。
フェニーちゃんだ。楽しいことが起こる前兆の舌なめずりをしている。
「キーコちゃん」
フェニーちゃんが言った。
「爆発しろ」
あたしの聞き間違いだと思う。
キーコちゃんがニヤリと笑い、防御の構えをとる。
「ハイヤーっ!」
いつ投げたのかわからなかった。フェニーちゃんの投げた枕は、それを受けたキーコちゃんの腕の中で、枕とは思えない音を立てた。
どーんっ!
まるで爆音だ。
投げたフェニーちゃんは、まるでかめは○波を放ったあとのようなポーズを決めて笑っている。
「やったなー?」
キーコちゃんはそう言って笑うと、とても鋭い、枕を投げたとは思えない、ビームのようなものを発射して返した。
ばっしゅーんっ!
まるで魔貫光○砲だ。フェニーちゃんが受けた腕から白い煙が上がっている。
その後、何度か必殺技の応酬が続き、みんなは呆気にとられて見ていたが、たまらずあたしが止めた。
「ま、枕が爆発してしまう!」
うちの旅館の大切な備品だ。なんとか戦いを止めることに成功し、あたしは枕を守った。
戦い終わった2人の戦士たちは、何がおかしいのか、2人ともお腹を抱えて笑い転げていた。
「ねえ、マイちゃん」
あたしは気になっていたことを、マイちゃんに聞いた。
「本多くんのこと、どう思う?」
整然と敷かれた布団を無視してみんな真ん中に集まり、うつ伏せになってそれを聞いた。
「本多くん?」
マイちゃんが不思議そうに聞き返して来た。
「どうって?」
「その……。気になったりはしてない?」
「ううん。してないよ?」
きっぱりと返された。
マイちゃんもあたしと同じくお節介欲の旺盛な子だ。あれほど放っておけない男の子を見たらさぞかしそそられていることだろうと思ったのだが、本気で何とも思っていないようだった。
マイちゃんは言った。
「だって私、怖がりだし内気だから、何も喋らない人とか、言葉の通じない人とか、怖くて声かけるなんて出来ないから、出来れば近寄りたくないもん」
あー、そうか。
あたしは納得した。
同じお節介欲の旺盛な子でも、性格が違うのだ。マイちゃんと本多くんが付き合ったら、確かに会話がまったく育たなさそうだと思った。自分から話しかけるあたしと違って、マイちゃんは話しかけられるのを待つ方だから。
よかった、と、あたしはなぜかとても安心した。
「須々木さん、本多くんのこと好きなの?」
みんながニヤニヤしながらあたしに聞いて来た。
「お風呂の中でも言ってたよね?」
「気になってるの? それとももう付き合ってるの?」
「べっ……べつにっ!?」
あたしは誤魔化した。
「すっ、少しだけだよっ」
「少しだけ気になってるんだぁ〜?」
「どこがいいの? あの大人しい子の?」
「なんかいい感じになるようなことあった? 聞きたーい」
しまった誤魔化したつもりだったのに……。みんなのオカズになってしまった。
あたしはみんなの気をそらすため、ウルちゃんに話を振る。
「そ……そうだっ! ウルちゃん、カクさんのこと好きになったんだよねっ? 33歳差の……」
「あー。あれ、やめやめ」
ウルちゃんはあっさりと言った。
「それよりさー。食事ん時、隣に座ったリゲスと話したんだけどさー」
リゲス……。ああ、ホドリゲス忍くんのことか。
「あいつ、いいわー。なんか話合うし、気が利くし、あたし、リゲスだったら付き合いたいなー」
「はあ!?」
マイちゃんが待ったをかけた。
「ちょっと待ってよモコちゃん。わたしのほうが先にゲスくんのこといいなって思ったんだから」
ゲスくん……。好きな男の子の愛称とはちょっと思えない。
「はあ!? 舞もリゲスのこといいなって思ってんのか?」
「モコちゃんはいつからいいなって思ってたのよ?」
「だから食事会の時からだって」
「わたしは昼間のソフトボールの時からだもん!」
マイちゃんが珍しく譲る気を見せない。
「わたしのほうに優しいフライを上げてくれて……取れなかったけど……あれでゲスくんのこと、好きになったんだもん!」
まぁ、2人とも今日からだってことか。
早い者勝ちというには大して変わりないな。
しかしこれで2人はライバル関係となったわけだ。




