みんなで晩ごはん
「でもな……」
ウルちゃんが怖い顔で本多くんを睨みながら、言い出した。
「あたしと有紗の連携プレーで盗撮にもし気づいてなかったら、あの動画、どうしてたつもりだったんだ?」
大広間でみんな揃っての晩ごはん中だった。前のほうには大人もいる。フェニーちゃんのご両親とカクさん、あたしのお父ちゃんの4人でお酒なんかも酌み交わしながら楽しそうに何か話していた。
誰が席順をセッティングしたのか、本多くんはあたしの左隣に座ってくれていた。フェニーちゃんはその向こうで、緑子ちゃんと並んで楽しそうにごはんを食べている。反対側のあたしの隣では田中ここみちゃんが唐揚げばっかり集めて食べていた。
あたしの向かいにウルちゃんがいて、その右隣はマイちゃん。マイちゃんの隣にはキーコちゃんが座っていて、もう泣き止んではいたけど、まだ居心地の悪そうな顔をしている。
ちなみに緑子ちゃんの向こう隣には郷田くんがちゃっかり座っていた。ウルちゃんの左隣はホドリゲス忍くんだ。
ウルちゃんに質問をされた本多くんは「あはは」と笑って誤魔化そうとする。
「あははじゃねーよ!」
ウルちゃんが肉鍋につけかけていた箸を音を立てて置いた。
「気づいて回収して削除したからって済む話じゃねーぞ? ……おい、森野!」
そう言ってマイちゃん越しにキーコちゃんに言う。
「これ、立派な犯罪だからな? あの動画、もしかしてネットにでもバラ撒くつもりだったのか?」
キーコちゃんは済まなさそうにうなずいた。
「……でも、フェニーちゃん以外の部分はモザイク処理でぼやかす気でいたよ?」
「だからいいってのかよ!?」
掴みかかろうとするウルちゃんをマイちゃんが必死で止める。
「ごめん……。何言われても仕方ないことした」
キーコちゃんが頭を下げた。
「ごめんで済んだらウチの親父はいらねーんだよ!」
ウルちゃんのお父さんはウルトラ警備隊……ではなく、警察官だ。
「あたしは許してねーからな! てめーを見る目が360度変わったわ!」
360度だと元通りだよ! ウルちゃん!
あたしがこの険悪ムードを何とかしようとオロオロしていると、ウルちゃんの背後から大人の男性2人が現れた。
「お嬢さん」
「えっ?」
ウルちゃんがその声に驚いて振り向くと、やたらイケメンな顔をしたカクさんが、ウーロン茶の瓶を持ってそこにいた。
「『罪を憎んで人を憎まず』ですヨ」
低い声でそう言ってウィンクをする。
「許してあげなサイ。『仲良きことは美しきかな』デス」
「お……、おお……」
ウルちゃんの顔が赤い。なんでだ。
「まぁ、一杯どうぞ。私とも仲良くしてくだサイ」
そう言って差し出されたウーロン茶を、
「あ、ありがとうございます」
ウルちゃんはやたらウルちゃんらしくない、女性的な仕草でコップで受けた。
「マイちゃ〜ん」
お父ちゃんがそう言いながら、瓶ビールを差し出した。
「楽しんでる? 君ももう飲めるトシだよ。まま、一杯やりなさい」
いや、飲めるトシには6年も早いから……。
「あ……ありがとうございます」
そう言ってコップを差し出そうとするマイちゃんを止め、あたしはなぜか手に持っていたスリッパで、テーブル越しにお父ちゃんの頭を叩いた。
ばしっ!
「何をするんだ有紗!」
お父ちゃんが泣き顔になる。
「反抗期来たのか!?」
「うるさいわ」
あたしがもう一度スリッパでツッコむと、お父ちゃんはすごすごと逃げて行った。
「彰正サンは本当、面白い人ですネ」
そう言って笑うカクさんの顔をウルちゃんがなぜかポーッと見つめている。
「須々木さん……」
キーコちゃんがあたしに話しかけて来た。
「私……、帰ったほうがいいかな? 私がいると、雰囲気が……」
「いや、キーコちゃん帰ったらその人が怒るよ?」
あたしは2つ隣に座る非現実的美少女を目で指した。
「キーコちゃん!」
そう言うなり噂のフェニーちゃんが、真向かいのキーコちゃんに楽しげに話しかけた。
「かいーの、なーご、Raw、ガオッ! 覇王、魔?」
みたいにあたしには聞こえた。
「森野さん」
本多くんが訳してくれる。
「その肉鍋、食べないんだったら頂戴って、フェニーちゃんが」
気恥ずかしそうな笑顔で肉鍋を渡すキーコちゃんの手とフェニーちゃんの手が触れ合った。
「フフ。『雨降って地固まる』ですネ」
そう言って微笑むカクさんの顔を、ウルちゃんがまだポーッと見ている。
「ここにいてよ」
あたしは肉鍋を受け取ってめっちゃ嬉しそうにしてるフェニーちゃんを横目に見ながら、キーコちゃんに言った。
「ここにいて、フェニーちゃんと仲良くするのが、あなたの受けるべき罰だと思って?」
「ありがとう」
キーコちゃんは顔を抑えて、言った。
「今から須々木さんのこと、有紗ちゃんって呼んでいい?」
「もっちろん!」
心の底から嬉しかった。
「あたしとも、いっぱい仲良くしてね」
「あたしはねー、見直したよ、森野さんのこと」
緑子ちゃんがお刺身を口に運びながらキーコちゃんに言う。
「非現実的な天使かと思ってたら、ちゃんと人間なんだなってわかってさ」
「黒くて……ごめん」
キーコちゃんが緑子ちゃんに謝る。
「でもフェニたんの足に画鋲突き刺したことは許さないわよ!」
緑子ちゃんが一転、怖い顔になる。
「後で死ぬほど足の裏くすぐってあげるから覚悟なさい!」
「くすぐるぐらいならいいけどよ」
隣の郷田くんが珍しく喋った。
「キーコ様に何かしたらこの俺が黙っちゃいねーぞ、緑子」
「き、キーコ……様!?」
郷田くんのほうを向いた緑子ちゃんの表情はこっちからは見えなかった。
ここ、複雑だ。三角関係ともなんか違う。
谷くんはどうしてるんだろう? と思って遠くを見ると、一番端っこの席で、誰にも相手にされずに1人で黙々と食事をしていた。どうやらキーコちゃんの彼氏ではなくなったようだ。
あたしのお節介本能が疼き、ウーロン茶でも注ぎに行ってやろうかな、と立ち上がりかけたところでフェニーちゃんが本多くんを越えてこっちにやって来た。
「アリサ」とフェニーちゃんが言う。
「ん?」と、あたしは答えた。
「アリサ!」と、フェニーちゃんがもういっぺん言った。
「何よ?」
それがなんか可笑しくて、笑ってしまった。
フェニーちゃんが何を言いたいのかはさっぱりわからなかったけど、彼女が差し出して来たウーロン茶のコップにコップを合わせ、あたし達はにっこりと笑い合って乾杯をした。




