お節介欲を満たす彼
キーコちゃんはやっぱり天使なのだった。
でも、清らかな天使が裏返ると強力な悪魔になるのだとあたしは知った。
言葉が通じず、みんなと馴染めないガフンちゃんのことを、キーコちゃんは心配して見ていたのだ。あたしたちと3人と仲良くしているのを見て安心しながらも、クラスのみんなとも仲良くしてほしくて、何とか出来ないかとやきもきしていた。
そこへある日突然、非現実的美少女の正体を現して、可哀想だった子がいきなりクラスの人気者に変身する。
ホッとしたよりも、馬鹿にされたような気分だったのだろう。
しかもクラスのみんながガフンちゃんが非現実的美少女になったというだけで、彼女に夢中になった。
クラスNo.1美少女の座を奪われた嫉妬もそこに混じって、キーコちゃんは黒く裏返ったのだ。
あたしは抱き合うフェニーちゃんとキーコちゃんを嬉しく眺めると、隣の本多くんをキッと睨みつけた。
「本多くん……、盗撮しながら……見た?」
「え……?」
無邪気に笑う本多くん。
「見たんでしょ? あたし達の……その……」
「あっ。見てないよ?」
あはっと笑いながら、言う。
「あのカメラ、超小型だからモニターついてないんだ。だから、たとえ見たくても、見られないんだ」
「じゃ、どうやってフェニーちゃんを追いかけたのよ?」
「自動追尾だよ。ターゲットの顔さえ登録しといたら、カメラが勝手に追いかけてくれるんだ。凄いでしょ? あはっ」
「『あはっ』じゃねーわ!」
思わずそのお腹を拳でどついた。
「命令されたとはいえ、あなたも共犯だからね!? 大体、なんで谷くんに命令されたこと、みんなの前で言わなかったの?」
「友達だって言われたから」
「え?」
「俺、失うものなんにもないけどさ、谷くんはキーコちゃんがいるだろ? だからさ」
「どどどどどういうこと? 説明して?」
つまり本多くんは、谷くんから『友達になろう』と言われたらしいのだ。彼がカメラ小僧であることを知っていたらしき谷くんは、その盗撮技術と所持品を期待して近づいたのだろう。
そして本多くんはどうやら頼まれたら断れない性格のようだ。キーコちゃんから『フェニーちゃんのヌードを盗撮せよ』との指令を受けた谷くんにその実務を言いつけられて、悪いことだと知りながら手を貸した。谷くんは友達なのだと信じて。
バレたら谷くんをかばった。自分には何もないが、谷くんは覗き魔だなんてバレたらキーコちゃんを失ってしまうだろうと慮って。
何て友達思いのいいやつなのだろう。
何て騙されやすいバカなのだろう。
「本多くんって……」
あたしは頭に浮かんだことを聞いてみた。
「魚座?」
「あっ。なんで知ってるの?」
本多くんは『あはっ』と笑って、うなずいた。
「そうだよ。3月7日産まれの魚座」
やっぱりか……。
自己犠牲の魚座とかいうやつだ。
だめだ、この子。
あたしがなんとかしてあげなければ。
「俺、どうしたらいいと思う?」
悪いことをした自覚はあるらしく、あたしに聞いて来た。
「罰を受けるべきかなあ? みんなに謝ったほうがいい?」
いかん……。そそる。
この子、あたしのお節介欲を、激しくそそる!
「あたしがみんなに説明するからさ、そん時、本多くんもみんなにペコリしてよ」
「それでいいのかなあ」
「いーよ。あたしに任せな」
背中をばん!と叩くと、簡単に前のめりにオットットした。
「みんなはジト目で見るだろうけど、あたしが守ってあげる」
「あはっ。ありがとう」
そう言ってあたしを頼り切っているように見て来る顔がかわいい。
あたしは自分の顔がニヤけ、頬が紅く染まるのを感じた。
「でも、どうしてフェニーちゃんに聞かれたら、あっさり答えたの? 谷くんに命令されたんだってこと」
「なんかね、日本語喋る時と中国語喋る時とでキャラ変わるみたい、俺。中国語だと何でもはっきり喋るキャラになっちゃうんだ」
変わった二重人格だ。
しかし……そうか。彼にあたしが必要なように、あたしにも彼が必要なのかもしれない。
彼と一緒にいれば、あたしもいつかは中国語が喋れるようになるかもしれない。フェニーちゃんとも直接会話できるようになるかもしれない。そんな期待があたしの胸で膨らんだ。
あたしの頭の中では、カメラを下げた本多くんと並んで、世界中を旅して回る自分の笑顔が浮かんでいた。
あたしがみんなを笑顔にして、
彼がそれを写真に収める。
そんな未来が、ぽわぽわ、ぽわわん、と浮かんで、あたしはつい、口からよだれが垂れてしまった。
「はん。くだらねー……。くせーモン見せやがって」
郷田くんの声が後ろから聞こえた。
あたしの頭の中を見られたかと思い、慌てて振り向くと、郷田くんは目に浮かんだ涙をグシグシと袖で拭いながら、フェニーちゃんとキーコちゃんの抱擁を見つめていた。
「いい加減にしてくれやがれよ。あー、くせー、くせー」
「あんたの足の裏のほうがよほど臭いわよ」
緑子ちゃんがそう言って、おんなじように涙を袖で拭っている。
なんてお似合いのカップルだ。
「有紗」
今度は後ろから逞しい大人の女性の声がした。
「その子、彼氏なのかい?」
振り向いてみるまでもなく、お母ちゃんだ。
「え」と、本多くんが嬉しそうな声を出した。
「ちちちち違うよ! まだ……」
「まだ?」
お母ちゃんがニヤニヤしながら言った。
「いや……っ! 本当っ! 全然、そんなんじゃ……!」
お母ちゃんがあたしをスルーして本多くんに聞く。
「あんたは、うちの娘、どう思う?」
「あはっ」
本多くんは答えず、ただ顔をめっちゃ赤らめた。
「はははは! 2人とも真っ赤だよ」
お母ちゃんはそう言ってひとしきり笑うと、キーコちゃんに向き直った。
「さて、森野さん。うちの浴室の壁に穴を開けた責任、取って貰いますよ?」
と、しつこく責任を追求する。
「はい」
キーコちゃんはフェニーちゃんとの抱擁をようやく解くと、改まった。
「すみません。何でもしますので、言ってください」
「では、申し上げます」
お母ちゃんは片目を瞑り、言い渡した。
「もう全部忘れて、お友達と楽しみなさい。うちの旅館内で辛気臭い顔をするのはもうやめやめ」
「えっ?」
キーコちゃんが豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔でお母ちゃんを見た。
「さあっ! みんな!」
あたしは両手を挙げて、大声で言った。
「これからご飯食べたらカラオケ大会だよっ! そのあとはみんなで寝る前の枕投げが待ってるよっ! さあ、笑って行こー!」
「うおー!」と、ノリのいいレスポンスが返ってきた。




