犯人の告白
「名探偵おかんやな」
関西に住んでたことがあるらしい田中ここみちゃんがニセ関西弁で言った。
「うん。名探偵おかんや」
関西とは縁もゆかりもない織田わかなちゃんがうなずいた。
名探偵お母ちゃんはキーコちゃんの背中をぽんぽんと叩き、優しくさする。我が母親ながら貫禄たっぷりで、まるでブッダのようだ。
キーコちゃんは歪んでいた顔が少し天使に戻り、嗚咽を漏らしながら話しはじめた。
「許せなかったんだもん……」
それだけ言うと、涙で言葉が詰まる。みんなは何も聞かずに、続きを待った。フェニーちゃんが一番前に立って、信じられないものを眺めるような顔をして、キーコちゃんの言葉を待っている。その隣には通訳のカクさんが待機する。
「馬鹿にしてるって思ったし……」
キーコちゃんがようやくまた話しはじめた。
「ガフンちゃんが超美少女だって知った時の、みんなの態度にも、ムカついたんよ」
広島弁が出はじめた。
「ムカついた?」
ホドリゲス忍くんが聞き捨てならないというように、聞いた。
「どういうことだよ?」
「それまでみんな、ガフンちゃんに興味もなかったじゃろ。……それがなして、顔がええっちゅうだけで、コロッと態度が変わりよるんよ」
キーコちゃんの言葉にみんなが「うっ」となった。
「ムカついたわ」
キーコちゃんが顔を上げ、フェニーちゃんを睨むように見た。
「それで調子ん乗って嬉しそうな顔しとるアンタにはさらにムカついた!」
カクさんを差し置いて、反対側から本多くんがフェニーちゃんに通訳して聞かせている。
「今日の『お話会』でさらにムカついたわ……。『みんなと仲良くする気がなかったから顔を前髪で隠しとった』じゃと? ふざけとるんじゃないわ! アンタ何様のつもりよ!? 日本の中学校の輪に加わるつもりがないんじゃったら早よ台湾帰らんかい!」
本多くんが訳すとフェニーちゃんが悲しそうな顔をした。
「台湾帰ったら芸能人になるんじゃもんねー。そら、日本の中学校に通ってました言うたら、向こうではそれが売りになるんじゃろ。『日本の中学校は楽しかったです』とか嘘ばっか言うて調子よく美談にするつもりなんじゃろ」
キーコちゃんの語調が荒くなった。
「そんなアンタがみんなからチヤホヤされとるんが許せんかったんじゃけえ! 何が『フェニーちゃん』じゃ! たいがいにせーよ! 貴様なんか『ガフン』で充分じゃ!」
フェニーちゃんが顔に怒りを顕わにした。
「……怒るわね、そら。当然じゃ。私、やり過ぎたけんね」
キーコちゃんが少し大人しくなった。
「やり出したら止まらんくなったんよ……。正直、嫉妬もあった。それまで私がチヤホヤされとったのに、ガフンちゃんなんかに取って変わられるの、癪じゃった……」
フェニーちゃんがキーコちゃんに掴みかかろうとするのをカクさんが止めた。
「えーよ? 私に腹立つんじゃったら殴りや」
キーコちゃんが左頬を差し出す。
「そうされても仕方ないこと、私、ガフンちゃんにしたんじゃけんね。それでガフンちゃんの気が済むなら殴ったらえーわ。ほれ、どうぞ」
「ダメっ!」と言いながら、カクさんが吹っ飛ばされた。
カクさんを吹っ飛ばして退けると、フェニーちゃんはキーコちゃんの胸ぐらを掴んだ。
「ま、待てっ!」
みんながオロオロと声を上げるが、止められる者は誰もいなかった。
「フェニたん! 暴力はだめ!」
「やめてっ!」
フェニーちゃんが腕に力を込める。涙に濡れた顔を強ばらせるキーコちゃんの身体を、怒りのパワーで揺さぶった。まだ何もされてないのにキーコちゃんが痛そうに顔を歪める。フェニーちゃんは息を大きく吸い込むと、大声で怒鳴りつけるように、言った。
「ぶす、ガフンっ!!!」
みんなが啞然となった。
「は?」
ようやくあたしが声を出すと、みんなも声を出しはじめる。
「へ?」
「え?」
「ほえ……?」
その間にもフェニーちゃんは何か凄い剣幕でまくし立てていた。本多くんも啞然としていたので、カクさんが訳してキーコちゃんに聞かせてくれた。
「フェニーさんはあなたに『ガフン』と呼んでほしくないそうですヨ。その呼び方さえやめてくれるなら、すべて許すのだそうデス」
「え……?」
キーコちゃんも啞然となっていたが、カクさんの言葉を聞いて戻って来た。
カクさんが続ける。
「彼女はクラスに馴染めずにいたこと、前髪で顔を隠していたこと、悪かったと思っているそうデス。でも、決して馬鹿にしていたわけではないこと、わかってほしいのだそうデス」
「キーコちゃん……」
あたしはたまらず、話しかけた。
「わかってあげてよ」
「須々木さん……?」
キーコちゃんがあたしの顔を見上げる。
あたしはしゃがみ込み、目線を合わせると、
「馬鹿にしてたんじゃないよ、フェニーちゃんは」
にっこり笑ってみせた。
「怖かったんだよ。わかってあげて」
それですべて理解したように、キーコちゃんの両目から温かそうな涙がぽろぽろこぼれた。
「あの……さ」
本多くんが横から言った。
「フェニーちゃん、森野さんのこと友達だと思ってたんだよ。……で、これからも友達でいたいんだってさ。だから彼女のこと、フェニーちゃんって呼んであげてよ」
「……ごめんなさい」
キーコちゃんは立ち上がると、相変わらず自分の胸ぐらを掴んだままのフェニーちゃんに、突撃するように抱きついた。
「ごめんね、フェニーちゃん! わたし、全部、勝手に決めつけて……意地悪して……。ごめんねっ!」
「キーコちゃん」
フェニーちゃんは満足そうに微笑みながら、友達の背中を愛しそうにぽんぽんと叩いた。
「キーコちゃん、キーコちゃん」




