犯人をコロせ!
壁の向こう側で男子たちが騒然となっている。こっち側でもみんなが悲鳴を上げている。
「本多! 何撮ってんだ!」
「てめー! 最低だナ!」
「覗くだけにしとけ!」
「やだっ! 盗撮!?」
「本多くんサイテー!」
「風呂から上がったらコロす!」
あたしは信じられなくて、思わず裸を隠すことも忘れて呆然としてた。
本多くんが……盗撮?
あんな温かい目をして、あんな素敵な夢を語ってくれた人が?
フェニーちゃんだけ何が起こってるのかさっぱりわからず、きょとんとした顔を赤く気持ちよさそうにしながらお風呂に浸かっていた。
男子たちが先に大部屋で待っていた。中央に本多くんが正座させられている。どこから持って来たのか竹刀を手に持ったカクさんがそれをてのひらにパシパシ言わせながら、体罰先生みたいな鬼の表情をして歩き回っていた。
「本多くん……」
あたしは口に手を当てながら、話しかけた。
「……嘘でしょ?」
本多くんは何も言わなかった。
「コイツ何も言わねーんだよ」
ホドリゲス忍くんが怒った口調であたしに説明する。
「でも証拠はバッチリ押さえた。みんなで観てみようぜ」
酒匂くんが証拠の入浴シーンが映っているという超小型ビデオカメラを掲げる。
「いやいやいやいや!」と女子全員が言った。
あたし達はそれを再生してみるため、女子だけでお母ちゃんのパソコンを借りに、事務室へ移動した。
あからさまに観たそうに、ついて来たがる男子たちにウルちゃんが「コルァッ!」と威嚇した。
「これは……」
緑子ちゃんが声を上げた。
「……どういうこと?」
フェニーちゃんが声を失っていた。
パソコン画面の中で動画が再生されている。
カメラは執拗に1人の姿だけを追いかけていた。あたし達が脱衣所から浴場へ入って来るところからカメラは回されており、みんなについてタオルで前を隠しながら、フェニーちゃんが入って来たところから動き出す。フェニーちゃんを追って動き、彼女がお風呂に浸かって落ち着くと、止まった。ずーっとそのままフェニーちゃんを映していたが、アマガエルの白いお腹が視界を塞ぐと、見失ったターゲットを探すようにガクガクと暴れはじめる。
「本多くん、動揺してるんだね」
キーコちゃんが言った。
「カエルちゃんに邪魔されて、オロオロしてるんだ」
「サイテーだ、あいつ……」
ウルちゃんが歯ぎしりをしながら言う。
「戻って、ぶっとばしてやる!」
「あたし達も見られたんだもんね」
「コロすしかないよ」
「この動画は即消そう」
「月曜日、先生に言う?」
「それどころじゃないよ。言うなら警察っしょ」
「団、医ー者」みたいなことをフェニーちゃんが言った。
ターゲットにされた当人だ。さぞかし怒ってるだろう。実際、今まで見たことのない、阿修羅のような表情をしている。しばらく親指の爪をガシガシ噛んでたと思うと、
「注意、ワンタン!」みたいなことを言ってフェニーちゃんがくるりと入口のほうを向き、どすどすと足音を鳴らして歩き出した。あたし達もそれを追って駆け出した。
「このバカモノが!」
大部屋に入る前からカクさんの大声が聞こえていた。
ビシビシと竹刀の音もする。
「このバカモノが!」
入ってみると、カクさんが本多くんを叩いているかと思いきや、本多くんの前の畳をビシビシ鳴らしていた。さすがに今時体罰は問題になるようだ。
フェニーちゃんは怖い顔をしてまっすぐに本多くんの前へ行った。ああ……本多くん、気孔拳でコロされる……。あたしが惨劇を目にすることを覚悟していると、フェニーちゃんがしゃがみ込んだ。本多くんが目をそらす。
フェニーちゃんが中国語で何か言った。本多くんはそれを聞くと顔を戻し、フェニーちゃんの顔をまっすぐ見た。ペラペラと2人が中国語で会話する。みんながぽかんと口を開けて見ていた。
キッ! とフェニーちゃんが部屋の一点を睨むように見た。あたしがそれを目で追うと、谷くんが追い詰められた悪魔のような顔をして汗をだらだら垂らしている。
「どういうこと?」
あたしはフェニーちゃんに聞きながら、カクさんのほうを見た。
「どうなったの?」
カクさんはなんか困ったような、申し訳なさそうな顔をして、
「ポン太くん、ごめんなサイ」
謝った。
「ごめんなサイ」
もう一回、頭を下げて謝ってから、みんなに言った。
「彼はうんこくんに命令されて、やったそうデス」
「うんこくん?」
「うんこくん?」
「うんこくんて、誰……」
みんなが首をひねっている中、走って逃げ出そうとした谷くんを見て、あたしは出口を塞いだ。
「やっぱりお前か、うんこ!」
「退けよ! トイレ行きてーんだよ! うんこ漏れそうなんだよ! 退け! へんな名前のススイ!」
フェニーちゃんがずんずんと足音を鳴らしてやって来る。
あたしがここを押さえています! やっちゃってください、制裁をくわえてやってください、最強の拳法家フェニー・スー!




