みんなでお風呂
「あれぇ~?」
緑子ちゃんが声を上げた。
「あたし、着て来た服、どっかに置いてなかった?」
みんなに聞く。
緑子ちゃんが着て来た服、と聞いて、みんなが同じものを思い浮かべた。派手な、真っ赤な、ドレス。あんなものがどこかに投げてあったら、誰かが間違いなく持ち主に直接届けるだろう。
「ないの?」
キーコちゃんが聞く。
「うん。バッグの中に畳んで入れてあったんだけど……」
緑子ちゃんはバッグの奥の奥まで見ながら、首を振る。
高そうな、綺麗なドレスだった。売ればたぶん千円ぐらいにはなりそうな。
まさか……。誰か……盗った?
あたしはカクさんを呼んで、先生の代わりに「みんなー、目を閉じてー、盗った人は正直に手を挙げてください。先生、誰にも言わないから」をやってもらおうかと、ふと頭に浮かんだけど、その考えを打ち消した。まさかそんなわけないよ。きっと緑子ちゃんが何か思い違いをして……
「アレエッ!?」と、フェニーちゃんが大声を出した。
みんながそっちを一斉に見る。
フェニーちゃんが自分のバッグの中から真っ赤なドレスを取り出して、目を丸くしているところだった。
ドレスはくしゃくしゃに丸めて入れられていた。
「フェニーちゃん……。まさか……」
緑子ちゃんの顔色が変わる。
「盗ったの? そう言えば羨ましそうに見てたね……」
キーコちゃんも犯人を見る目で言う。
あたしはすぐにピンと来た。遂に始まったのだ、フェニーちゃんに対する誰かの嫌がらせが。
女子はひっきりなしにこの部屋に出入りしていた。とはいえ荷物を取りに入るぐらいで、ほとんどの時間はマイちゃんとウルちゃんが眠っているだけだった。女子なら誰でも犯行は可能だ。緑子ちゃんのバッグからドレスを取り出して、フェニーちゃんのバッグに移すだけのことだ。
女子部屋なので本多くんはもちろんいない。こんな時に限ってカクさんも覗いてない。フェニーちゃんの弁解の言葉を通訳してくれる人は誰もいない。
「まっ、間違えて入れちゃったんだよ、たぶん!」
あたしが彼女を弁護する。
しかしみんながフェニーちゃんに疑いの目を向けていた。確かに、ソフトボールの時も、帰って来てからも、ずっとフェニーちゃんは緑子ちゃんの赤いドレスを羨ましそうに見てた。
「ミロリちゃん!」
嫌疑の目を自分に集めていることに気づいてないのか、フェニーちゃんは明るい声で、ドレスを掲げて、言った。
「ミロリちゃんダ、アカーイよ!」
「フェニたん……。そんなに欲しかったの……?」
緑子ちゃんがフェニーちゃんに近づく。
「そんなに欲しかったんなら……、あげる! プレゼントしちゃう!」
へ? と、みんなが緑子ちゃんを見た。
「高いんじゃないの? そんなすごく高そうなドレス……」
キーコちゃんが心配するように言った。
「欲しかったんでしょ? だってこれ、フェニたんに凄く似合いそうだもん! あたしも着てみてほしいし、あげるっ!」
緑子ちゃんの目つきがちょっと狂っている。
「頭突きだっ、頭突きだっ」みたいなことを言いながら、フェニーちゃんはといえば、純真な目でドレスを緑子ちゃんに返そうとしている。
「そうだ! 今夜、カラオケの時に、フェニーちゃんにこれ着て歌ってもらおうよ!」
あたしが提案した。
「で、これ、間違ってフェニーちゃんのバッグに入っちゃってただけだよ! 誰でもあるじゃん! 間違って真っ赤なドレスを自分のバッグに入れちゃうことぐらい!」
「きゃー! いいね!」
緑子ちゃんの顔に正常な笑いが戻った。
「それ着て歌ってほしいな、あの浜崎あゆみ! めっちゃ上手なんだよ~」
と、みんなに言う。
「ええー! 聴きたい!」
「似合いそう!」
みんなも笑顔になり、なんとかその場が収まった。
「さ、じゃ、みんなでお風呂、行くよー」
あたしが言うと、みんなではしゃぎながら廊下へ繰り出した。
うちの旅館の大浴場はそんなに広くない。10人もいっぺんに入ればたちまちいっぱいになる。だから10人ずつ、二組に分かれて入ることになった。
お父ちゃんとカクさんが覗きに来てないか、しっかり確認すると、みんながもう入っている脱衣所にあたしも入った。
あたしにとっては毎日入ってるお風呂だけど、みんながいることで改めて『あぁ、うちって温泉旅館だったんだ』と思う。畳の上に木の棚が並んだ狭い脱衣所で、見慣れたクラスのみんなが見慣れない産まれたまんまの姿になって行く。
みんな恥ずかしそうに脱いでいる中で、緑子ちゃんだけが堂々とした脱ぎっぷりだ。まるでセクシー女優のようにポーズを決めながら、何も隠そうともせずに、するすると脱いだ。細くて、線が綺麗で、お尻だけぷりんとしていて、可愛い。
キーコちゃんは対照的に、タオルで隠しながら、照れ臭そうに少しずつ裸になる。
「大福だ!」
「いや鏡餅だ!」
そう言われながら、マイちゃんが胸を守っていた。
まったく。どうしたら中学生で、そんな小さな身体で、そこまでお餅のようなお胸をお持ちになれるのか。けしからん。
おっと! 緑子ちゃんに負けないほどの堂々たる脱ぎっぷりを披露している勇者がもう一人、いた。
「お先ー!」
ウルちゃんはあっさりと浴衣を脱ぎ捨てると、すっぽんぽんで真っ先に浴室に入って行った。
恥ずかしそうにしていたフェニーちゃんが、するすると浴衣を脱ぎはじめた。みんなが注目する。
まるでCG観賞だ。ウルちゃん家で見せてもらったエロ動画コレクションの中にもこんな綺麗な裸は出て来なかった。真っ白ですべすべな肌、理想的なプロポーション。かわいいピンクの野イチゴまでついていた。
あたしは誰からも注目されなかった。毎日この温泉に入っているからお肌ツルッツルだというのに。まあ、別に見なくていいけど。
「おーい、早く来いよ! みんなで背中洗いっこしようぜ」
浴室の中からウルちゃんの声がお風呂場エコーを纏って響いた。




