本多くん
フェニーちゃんとのお話会が済むとお風呂まで自由時間。仲のいい子同士がそれぞれに固まって、好きなことをした。
ホドリゲス忍くんと酒匂くん、茂部くんのスポーツマン3人組は大部屋を使ってプロレスごっこを始めた。おデブの中村くんがそこに巻き込まれ、オモチャにされていた。あたしはしばらく他の女子達とそれを観戦すると、他の人達は何してるかな?と思って部屋を出た。
マイちゃんはソフトボール疲れが出たのか、女子のほうの大部屋で熟睡していた。畳んだ布団にもたれて、畳の上で綺麗な仰向けで、お腹で手を組んでいる。ウルちゃんもそれに付き合って添い寝していた。お疲れさん、我が親友どもよ。
二階の窓から中庭を見ると、小さな池の畔を高倉くんと張本さんが手を繋いで、浴衣姿で歩いていた。ラブラブっていいなぁ。
自販機コーナーでは郷田くんと緑子ちゃんが、これも浴衣姿で、なんだか昔話に花を咲かせているようだ。幼なじみっていいなぁ。
廊下でキーコちゃんと谷くんが手を繋いで歩いているのとすれ違った。猿の散歩をさせている美少女って感じだった。ペットがいるのっていいなぁ。
一階に下りると、ロビーの隅で、本多くんとフェニーちゃんが楽しそうにお話しているのを見かけた。国際カップルっていい……
えーと……?
クラス1大人しい本多くんと、日本語の喋れないフェニーちゃんが……?
ど、どういうこと……!?
あたしはそーっと後ろに回って近づくと、2人の会話を盗み聞きしてみた。
フェニーちゃんが言った。
「なぁ、ニダ、いぇいいぇい、ずざーっ、産廃、おっ?」
本多くんが言った。
「あは。うぉしゅれっと、はむれっと、ちたたぷ、ないない、あ!(笑)」
フェニーちゃんが驚いたように笑う。
「おおーっ! とぅーぱい! とぅーぱい! ウェイしゃまー、くわい、しょーべん、しっこ?」
本多くんが頭を掻きながら、笑った。
「あはっ。なー、織田、yeah! yeah! ざーさい、はい。ジョッシュ、賞状。あははっ」
「待てーーーっ!!」
あたしは思わず後ろから登場してしまった。
「本多くんっ!? もしかして中国語、喋れたの!?」
2人はドッキリに遭ったみたいに飛び上がりかけたが、あたしの顔を認めると、フェニーちゃんが「オス」と言って笑った。
「あ……」
本多くんは頭を照れ臭そうに掻きながら、あたしの質問に答えた。
「俺……、じいちゃんばあちゃんが上海にいて、毎年夏休み、行ってるから……」
「早く言ってーーっ!!!」
ハリセンがあったら思いっきりツッコんでるとこだった。
「なんで早く言わないのーーーっ!!!」
それがもっと早くわかってれば、あたしもフェニーちゃんとのコミュニケーションにあんなに苦労することはなかったのだ、たぶん。
あは、あは、あはとただ笑うだけの本多くんの胸元に、さらに気になるものを見つけた。黒と銀に輝く、高そうなカメラをぶら下げている。
「写真撮るの、趣味なの?」
「あ、うん」
「それも早く言ってよー! ソフトボールの時、本多くんが撮影係になってくれてたら、キーコちゃんもチームに参加できてたし、楽しそうな写真もいっぱい撮れてたっしょー!」
「ごめんねっ」
そう言って本多くんは、にこっと笑った。
今まで気づかなかったけど本多くん、近くでよく見ると綺麗な顔してる。背もそこそこ高いし、健康的な感じに油が乗ってて、細面なのに病的じゃないし。歯並びも綺麗だし、目がキラキラ楽しそう。
フェニーちゃんに何か親しげに言われて、本多くんがあははと笑った。
「今、何て言われたの?」
気になったので聞いてみた。
すると本多くんの顔が真っ赤になった。
「そのね。フェニーちゃんに、俺の夢のこと、話してたんだ」
フェニーちゃんがあたしに顔を近づけて、「ただもんしゃん、photogragher」と教えてくれる。
「フォトグラファー? 本多くん、写真家になるのが夢なの?」
「えへへ」と頭を掻くと、普段喋らない本多くんが、いっぱい喋ってくれた。
「俺さ、世界を回って、いろんな国の人の生活の姿をさ、写真に収めてみたいんだ。先進国、発展途上国、問わず、さ。もちろん台湾も行きたい。でも、俺、こんな性格だから……。被写体になってくれる人々が、笑顔になってくれるか……わからないんだよね」
「なってくれるよ」
あたしは本多くんの笑顔を見ながら、素直に思ったことを言った。
「だって本多くんの笑顔、見てるだけでなんか、あったかくなって来るもん」
「エヘへ……」
かわいく笑う本多くんに、隣からフェニーちゃんが何か聞いた。どうやらあたしが何て言ったかを聞いているようだ。するとフェニーちゃんが意地悪そうに笑ったかと思うと、本多くんを小突きながら何か言い、本多くんがこれ以上ないぐらい真っ赤になった。
「何て言ったの?」
きょとんとしながら、あたしが聞く。
「いやいやいやいや!」
と、本多くんが手で顔を隠しながら、真っ赤な顔を横に振る。
「気になるじゃん」
すると本多くんは、こほんと咳払いをしてから、教えてくれた。
「フェニーちゃんが言ったんだよ? 俺が言ったんじゃないんだからね?」
「うん」
「そのね。須々木さんはね、みんなを笑顔にする人なんだって。だからね、俺、須々木さんと一緒に世界を回ったら、笑顔の人達の写真がね、撮れるじゃないかって……」
「ええ!?」
あたしは思わず笑ってしまった。
「あたしと本多くんが、一緒に世界を回るの?」
「だ……、ダメだよね?」
一所懸命顔を手で隠しながら、本多くんが聞く。
その様子がなんだか可哀想で、あたしは言った。
「えーと……。ダメじゃないけど?」
「ほっ……、本当に!?」
真っ赤な本多くんの顔が露わになった。
「おっ、俺と……、結婚して、って、ことだよ?」
「あっ、そっ、そういうことになるよねっ!?」
あたしの顔も真っ赤になった。
「でっ、でもっ、それっ、なんかっ、楽しそうっ、っていうかっ……!」
「 Congratulations!」
フェニーちゃんが冷やかすように、手を叩きながら言った。
「恭喜你們結婚、Alissa! ポン太クン!」
「なんて言ったの?」
あたしは本多くんに聞いた。
本多くんは顔を覆いながら、答えた。
「『結婚おめでとう』」




