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尾行

「考えすぎだよ~。お節介なんかじゃないって」

 学校からの帰り道、並んで歩きながら、ウルちゃんが言ってくれた。

「谷の言うことなんか気にすんな」


「私がもしアメリカとか行って、ひとりぼっちだったら凄く心細いと思う……」

 マイちゃんが大人しい声で言った。

「だから有紗ちゃん、凄くいいことしてるんだと思う」


「そうだな」

 ウルちゃんがそれを受けて、言った。

「アリサが仲良くなってくれてなかったら、あたしも話しかけたりできんかった」


 そう言ってあたしの隣を並んで歩いているガフンちゃんを振り向いた。


「気さくなウルちゃんが? まっさか~」

 あたしは冗談だと思って笑う。


「だって言葉まったく通じないんだよ!?」

 ウルちゃんはびっくりしたみたいな口調で言う。

「普通、仲良くなれるわけないがん」


「そげだがんなー」と、マイちゃんも方言で同意した。『だよねー』みたいな意味である。


「あー……。あたしはほら、家が旅館やってて、外人のお客さんも多いから、慣れてるだけ」


「それでも通じない言葉で堂々と話しかけて行けるの、凄いよ」

 マイちゃんは『凄い』を連発する。

「舞だったら凄い戸惑うもん」


「だからほら、谷の言うことなんか気にすんな」

 ウルちゃんが大きなママチャリを押しながら、笑った。

「ガフンちゃんもきっと嬉しく思ってるよ」


「そっか。喜んでくれてたらいいな」


 ガフンちゃんは何も言わず、意味がわからないだろうあたし達の会話を一生懸命聞きながら、前髪が長すぎて表情のわからない顔をして、並んで歩いていた。


 川沿いの歩道を2列に並んで歩きながら、車が横を何台も通り過ぎて行く。

 あたし達はいつもの信号のない横断歩道で立ち止まり、広い道路を横断するために、手を上げた。ウルちゃんとマイちゃんは自転車を引いているので、手を上げるのはあたしの役だ。

 走って来ていたタクシーが停まってくれた。

 ガフンちゃんが何やらひどく驚いた様子であたしの肩に手を触れた。

 あたし達がぺこりとお辞儀して渡ろうとするのを必死で引き止めようとする。


「ん? 何? どうしたの?」

「早く渡ってあげないとタクシーの運転手さんに悪いよ」

「おいで。おいで」


 あたしはガフンちゃんの手を繋ぐと、引っ張って歩き出した。

 するとガフンちゃんが猛ダッシュする。長い黒髪をなびかせる勢いであたしの手を逆に引いて、駆けて行く。体勢を思いっきり崩されながら、はわわと思う間にあたしは横断歩道を渡りきった。


 後から横断を終えてやって来た2人と顔を見合わせた。

「今の、何?」

「台湾には横断歩道、ないとか?」

「まさか。有紗ちゃんがタクシー停めたと思ってびっくりしたんじゃない?」


「ウェイウェイ、ションナー」みたいなことをガフンちゃんは、まるで危険を切り抜けて安心したように言った。


「じゃ、明日またなー」

「ばいばーい」


 ウルちゃんとマイちゃんが自転車に乗って走り出す。


「うん。ばいばーい」

 あたしが手を振ると、

「ばいばーい」

 と言って、ガフンちゃんも2人に手を振った。



「家、同じ方向なんだね?」

 並んで歩くガフンちゃんにあたしは言った。


「オウヨー、アイヨー」みたいなことを言ってガフンちゃんが嬉しそうに笑う。


 やっぱり構ってもらえるの、嬉しいのかな? 嬉しくなかったら迷惑そうな顔するはずだよね?


「あっ。あそこの鯛焼き屋さん、おいしいし有名なんだよ」

 あたしは古い日本家屋を改装したその店を指して、言った。

「真っ白な鯛焼きでね、中にあんこがぎっしり」


「ワァ~オ!」

 ガフンちゃんがいい反応をくれた。

「チダ! チダ! ○×▲□$&●☆~!」


 あたしはにっこり笑って、ウンウンうなずいた。

 一緒に買って帰ろうか? って何て言えばいいのかな、と思っているうちに鯛焼き屋さんは後ろに遠くなった。


 歩いていると、ガフンちゃんがあたしの肩をトントンして来る。

 違う方向を指し、「トントン、シャンシャン」みたいなことを言って来る。


「あ。家、そっちなの?」

「ウン」

「じゃ、気をつけてねー。ばいばい」

「ばっばーい」みたいなことを言って、ガフンちゃんはそっちの方向へ歩いて行った。


 自分の家のほうへ少し歩いたところであたしは立ち止まった。

 帰り道、本当にわかってるんだろうか? 心配になった。

 慣れない日本の町で、迷子になって、交番に行っても言葉が通じず、うろうろしてるうちに悪い男の人に捕まって、前髪の観音扉を開けられて、非現実的美少女だってことがバレたら大変なことになる!

 あたしはそっと、ガフンちゃんの後を尾行しはじめた。





 何やってるんだろう、あたし? そう思いながらも尾行が止まらない。


 言葉の通じる相手なら「帰り道、本当にわかる?」「うん。ちゃんと覚えてるから大丈夫だよ」の簡単なやりとりで安心できるところ、彼女に「帰り道、本当にわかる?」と聞いて「ウン」と返って来ても安心できないのだ。信用できないのだ。


 声をかけて「やっぱり送ってく」と言おうとも思ったが、谷くんに言われた「お節介」の一言が頭にひっかかっていた。はじめてのおつかいに出した我が子を見守るように、あたしは距離をとって電柱やアパートの陰に身を隠しながら、ガフンちゃんの後ろ姿を見守り続けた。


 犬を散歩させるお姉さんとすれ違う時、ガフンちゃんが「わぁ」みたいな顔をして犬を見ながら振り返った。あたしはちょうど姿をさらしていたところだったので、必死でゴミステーションの中に走り込んだ。気づかれたかな? と思いながらそっと覗いてみるとガフンちゃんの後ろ姿が見えた。


 ここまで来たら見つかるわけにいかない。見つかったら言い訳できない。それどころか言い訳をしても言葉が通じない。気味悪がられることだろう。ストーカーと間違われるかな。法廷で訴えられるかもしれない。っていうか本当に何してるんだ、あたし。


 信号のない横断歩道でガフンちゃんが立ち止まった。交通量の少ない道だけどちょうどそこに自動車がやって来て、ガフンちゃんが立っているのを見て停まった。ガフンちゃんはひどく驚いた様子で、猫が逃げるみたいに車から目を離さないまま、車の後ろのほうへ恐る恐る歩き出す。運転手さんが首を傾げて車を発進させると、何も来なくなった横断歩道を全速力で駆け抜けた。


 あれはやっぱりわからない。意味がわからない。とにかく、今のショックで道がわからなくなったりしてないだろうか……。


 迷いませんように、無事家に辿り着けますように、悪い男の人とか出て来ませんように、と心の中で祈っていると、ガフンちゃんがアパートの中へ入って行くのが見えた。


 ほっとした。


 電柱にもたれて、目を閉じて、ハァ……と胸を撫で下ろした。


「何やってんの? お嬢ちゃん」

 すれ違いざまに知らないおばさんにそう言われた。




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