闘い終わって
結局、試合は31対5であたし達のチームが大敗を喫した。
敗因は日頃運動不足のピッチャー郷田くんが早々にバテたことと、マイちゃんの運動神経のかわいさが主だった。
相手チームは守備に攻撃にと大活躍したフェニーちゃんの存在が大きかった。我がチームの5点のうち4点も、代打としてマイちゃんの代わりに打席に立ってくれた彼女の満塁ホームランによるものなのだ。……あれ?
「いやはや、マイさんは本当、かわいいデスネ」
片付けを手伝ってくれながら、カクさんがあたしに言った。
「彰正さんが言うのもワカリマス」
彰正って誰だっけ。しばらく考えて、ああ、あたしのお父ちゃんか、とわかった。やっぱりカクさんも顔が女の子らしくてちっちゃくて、胸部が異常発育した中学生女子が好きなのかな。気持ち悪い。
「さあ、帰ってごはんにしよう」
あたしが呼びかけると、みんなはすっごい笑顔で声を上げ、喜んでくれた。
帰るとお母ちゃんとさやかさんが皆のごはんを用意していてくれた。普通のお客さんには鯛の塩焼き、ごぼうのたたき、山くらげの和え物、茄子の漬物にすまし汁、釜飯。
あたし達は普通のお客さんとは違って別メニュー。カレーだ。コロッケもつけてくれた。皆それはもう、大喜び。ソースをみんなで回したり、人によってはカレーにコロッケを乗せたり。あたし達専用の広い部屋で、畳の上にゴチャゴチャに座って、大騒ぎで楽しんだ。
ごはんが終わるとフェニーちゃんとのお話会が始まった。
部屋の真ん中にフェニーちゃんがちょこんと座り、それを皆が前から取り囲む。フェニーちゃんの隣に座ったカクさんがニコニコ笑いながら通訳をしてくれた。
「台湾に帰ったら芸能界デビューするって本当?」と、張本さん。あたしは漏らしてないのに、どこで聞いたんだろう。フェニーちゃんは「ウン」とだけ答えた。
「中国拳法の達人だって本当?」と張本さんの彼氏の高倉くん。どこからそんなガセネタ仕入れたんだろう。フェニーちゃんはただ呆れたように笑いながら、首を横に振った。
「なんでそんなにかわいいの?」と、緑子ちゃんが身をよじりながら聞いた。
「ミロリちゃんもかわいいよ」とカクさんが言うと、皆が引いた。「……と、フェニーちゃんが言っていマス」と補足すると、皆が「ああ」と納得して戻って来た。
「どうして前髪で顔を隠してたの?」とか「どうして日本に来たの?」とか、あたしがもう答を知ってる質問が続いた後、キーコちゃんが質問をした。
「台湾の人ってめちゃくちゃ臭い豆腐が好きでよく食べるって聞いたことあるけど、本当?」
「あ! 臭豆腐?」
あたしは思わず横から言った。
「あれ、すごく美味しいんだよ。息を止めて食べる必要あるけど」
「え。須々木さん、食べたことあるの?」
「フェニーちゃん家に遊びに行った時に食べたよ」
あたしの言葉に皆がわあっと声を漏らした。「フェニーの家に行ったことあるの?」「いいな」「どんなんだった?」
「ふぅん」
キーコちゃんがニコニコ笑いながら、あたしに聞く。
「息を止めないといけないぐらい臭いのね。どんな匂いがするの?」
「えーとね」
あたしは正直に言った。
「うんこみたいな匂い」
皆がどっと笑う。
キーコちゃんも笑いながら、
「やだー。そんな匂いするのなら、ガフンちゃんにもその匂い、うつっちゃうよね?」
「納豆のほうが臭い」
カクさんの口を借りて、フェニーちゃんが反論した。
「朝からあんな臭いもの、よく食べられるなって思う」
「納豆は美味しいし、ものすごく健康にいいんだよ」
キーコちゃんも笑顔で言い返す。
「卵をかけて、ネギを乗せて、朝ごはんにぴったり。少なくともトイレの匂いはしないし」
「日本人のソウルフードなんだよね。知ってる。でも私はムリ。臭い」
「トイレ臭い豆腐のほうがムリだよ〜。世界中、誰でもそうだよウフフフフ」
「なんでそんなにけなすの? 食べたこともないくせに!」
「あら。ガフンちゃんだって納豆食べたことないんじゃない? 食わず嫌いはどっちかな?」
「食べたことはないけど……。見て、匂いを嗅いで、ムリだって思った」
「ほらぁ。食べたことないんじゃない」
キーコちゃんが勝ち誇ったように笑う。
「日本人を馬鹿にしてるんでしょ? こんな臭いもの食べる人種なんておかしいとか思って見下してるんじゃないの、本当は?」
「ちょっ、ちょっとちょっと……!」
あたしは止めた。
「なんか喧嘩みたいになってるよ。どうしたの、キーコちゃん」
「Alissa!」
むきになったように、フェニーちゃんがあたしに日本語で言った。
「ナットウ! オイシイヨ!」
そして手つきで納豆を食べる真似をする。
「納豆、食べてみせるということでしょうネ」
カクさんが言った。
「ありマスカ?」
厨房へ行って板さんに聞くと、冷蔵庫からパックの納豆を出してくれた。あたしはそれを持って戻ると、フェニーちゃんに差し出した。
「持って来たけど、無理する必要ないよ。日本人でも無理な人は無理なんだし」
フェニーちゃんはあたしからそれを受け取ると、パックを開けて「うっ」と言ってから、タレをかけて、軽くかき回した。
「ダメダメ」
キーコちゃんがその隣に寄り添い、ダメ出しする。
「もっともっとかき回さないと。私は200回ぐらいかき回すよ? ほら、こうやって……」
フェニーちゃんの手に手を添えて、物凄く速い回転をそこに加える。パックの中の納豆が泡立ち、どんどんネバネバを増して行く。箸で持ち上げるとどろりと糸を引く。フェニーちゃんの顔はどんどん泣きそうになっている。
「さ、召し上がれ」
キーコちゃんはそう言うと、微笑みを浮かべてようやく手を離した。
フェニーちゃんが恐ろしいものを見る表情で箸からぶら下がった納豆を見つめる。顔は既に泣いている。可哀想に思って、横からそれをあたしが引き取ろうとした時、ピストルの弾を撃ち込む勢いで、フェニーちゃんはそれを口にぶち込んだ。




