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ガフンちゃんとあたし 〜 言葉の通じない友達のことをもっと知りたい 〜  作者: しいな ここみ


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37/66

それじゃ、あたし、行くね?

 郷田くんの投球練習がはじまった。


 ゴリラのような投げ方だ。リンゴがミットに突き刺さって砕けるような音がした。


 こんな速いソフトボールの球、見たことない!



 それを見ながら、フェニーちゃんがカクさんに何か言った。


「女の子にはもっと優しい球を投げてほしいそうデス」


 カクさんの通訳を聞いて郷田くんが叫ぶ。

「はぁっ!? さっきの大ホームラン打った女が何言ってんだ!? 俺はテメェとガチでのタイマン勝負してーんだよ! 受けれ!」


 珍しく長い言葉を喋ったゴリラにみんながびっくりしていた。


 仕方なし、という風にフェニーちゃんが打席に入る。右打席だ。今度はライトのマイちゃんのところに打球が飛ぶことはないだろう。郷田くんが振りかぶる。足を上げ、上からボールを投げた。


「ダメでーす」

 カクさんがレアな判定を叫んだ。


 しかしボールは酒匂さこうくんのミットにストライクで突き刺さっており、フェニーちゃんはびっくりしたような目をしてそれを見送っていた。不正投球で1ボールだ。


「がんばれ! がんばれ! 2人とも!」

 緑子ちゃんが赤いドレスの裾をつまんで応援している。ノリノリだ。

 その横ではキーコちゃんも仕方なさそうに踊るフリをしていた。


「野球じゃねーんだからヨ」

 カクさんが珍しくカジュアルな言葉遣いで郷田くんにツッコむ。

「ソフトボールは下から投げろよナ」

 ちょっとボビーみたいだ。


「すまねぇ。つい熱くなっちまった」

 郷田くんは素直に謝ると、再び振りかぶりながら、フェニーちゃんに言った。

「俺はお前とやり合うためにこの集会、参加したんだ。どっちが強いか、勝負だ!」

 そんなの初めて聞いた。


 フェニーちゃんが舌なめずりした。

 彼女が舌なめずりした時は、必ず何かが起こる。

 あたしは思わずグローブをぎゅっと握りしめた。


「食らえ! マグナム・キヤノン・ソフトボール!」

 郷田くんが必殺技名を叫びながら、投げる。今度はちゃんと下からだ。


「オウアーーッ!!」

 フェニーちゃんがバットを振った。球が速すぎてかすりもしない。

 1ボール1ストライクだ。


「マグナム(略)!」

 郷田くんがまた叫びながら投げた。

 ボールがまたどっごーん!という音とともにミットに突き刺さる。

 カクさんが叫ぶ。

「ッッッスットラァァーーイッッッ!」

 みんなノリノリだ。


 1ボール2ストライク。追い込まれたフェニーちゃんが、しかし不敵に笑う。鼻の下を指でこすると、フェニーちゃんも必殺技の構えに入った。


 腰を屈め、バットを腰の高さに構えた。強い風も吹いてないのにフェニーちゃんの黒髪がざわざわと揺れる。この構えは……気功拳だ! トラックに轢かれかけたあたしを反対側の歩道まで吹っ飛ばした、あの、気功拳だ!


「ハイヤーーーーッ!!!」


 郷田くんが投げたマグナム・キヤノン・ソフトボールをフェニーちゃんの気功拳が迎え討つ!

 でも気功拳はあたしを吹っ飛ばすためのもので、ソフトボールのための技ではなかった。


 ぽこんっ。


 フェニーちゃんが腰の位置から出したバットは、ボールに当たっただけで、振り遅れた打球は一塁の前にゴロゴロと転がった。

 一塁手は郷田くんと交代した前のピッチャー、つまりあたしだった。


 これを逸らすわけにはいかない。あたしが取れなければ、あたしの後ろを守っているのはマイちゃんだ。マイちゃんのところまで転がったら間違いなく、またランニングホームランだ。あたしは失敗してはいけないと思えば思うほど、体がカチコチになった。


「逸らすなよ、須々木ィーーッ!!」


 郷田くんの声にあたしは恐怖した。取れなかったら殺される。そう思うと緊張してまた体が固くなる。ダメだ。これはたぶん、取れない。そう思った時、前のほうからかわいいものが走って来た。


 ただひたすらに、ただひたすらにかわいいフェニーちゃんが、ハァハァ言いながらあたし目がけて走って来る。かわいい。ハグしなきゃ。ボールを取ろうと前屈みになっていたあたしは、思わず両手を広げて立ち上がった。


 フェニーちゃんも立ち止まった。あたしと2メートルの距離を置いて、にこっと笑う。


 あたしは言った。

「フェニーちゃん、ありがとう」


 彼女が首を傾げる。


「フェニーちゃんがいなかったら、あたし、あの時、トラックに轢かれてて、今、生きてなかったし、こんな風にみんなでお泊まり会して、ソフトボールで遊ぶなんてこともなかった。楽しい。楽しいよ、フェニーちゃん、ありがとう」


「何言ってるのよ、アリサ」

 フェニーちゃんが日本語で喋った。

「あなたがあの、私が転校して来た日、話しかけてくれなかったら、こんな物語自体、なかったのよ?」

 綺麗な顔を、また傾けた、今度は微笑みながら。

「あなたが作ったんだから、この物語は。ありがとう」


 フェニーちゃんも両手を広げ、優しくあたしに近づいて来た。

 あたし達は柔らかく、固く、抱きしめ合った。


 顔を上げると、まぶしいほどに白いフェニーちゃんの頬に、涙の跡が一筋あった。彼女は微笑みながら、言った。


「それじゃ、あたし、行くね?」

「行くって? どこへ?」


 フェニーちゃんはあたしの右側をすり抜けると、走りはじめた。

 はっと我に返ると、フェニーちゃんが一塁ベースを踏んで走って行くところだった。外野ではマイちゃんがあたしの後逸したボールをさらに後逸し、こちらに背中を見せて追っている。


 フェニーちゃんは二塁、三塁と駆け抜けて行き、ホームベース目がけて美しき獣みたいに走る。


 マイちゃんから返って来たボールはセカンドの本多くんまで遙かにとどかず、地面をコロコロ転がっている間に、フェニーちゃんはホームベースを踏んでいた。


「きゃおー!」


 チーム仲間に囲まれて、飛び跳ねて喜ぶ彼女を、あたしは一塁ベースの上から呆然と見ていた。

 なんか幻覚見た。極度のプレッシャーのせいだろうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] 凄い!! 非現実的美少女は幻覚まで見せてしまう?? しかし… この後、どうなるんだろう?(^^;)
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