楽しい、激しい、あんまりなソフトボール
「磯野ォォォォ! 野球やろうぜっ!!」
誰かのそんな叫び声がプレイボールの合図になった。
場所は地味なグラウンド。
あたし達は9人ずつ2チームに分かれて、楽しい死闘をこれから繰り広げることになる。
ソフトボールの大きな球は、あたしの手に持たされた。あたしがピッチャーやらされることになったのだ。『すばしっこそう』とか『お泊まり会の幹事だから』という理由らしいが、ふふふ、君達、わかってないね。でも正解。あたしはやる気満々だった。
ルールはテキトーに、1試合5イニングで終了、ピッチャーは女子がやること、グローブが五つしかないから男子は素手でやること、本多くんだけは可哀相だからグローブを使わせてあげること、男子はみんな左打席でバッティングすること、本多くんだけは可哀相だから右で打ってもいいこと、などなど。
ところであたしは迂闊だった。男女9人ずつを2チームに分けようと思っていたのだが、9は2で割り切れないのだ。さすがは数学が大の苦手なあたしだ。英語も相当苦手だけど。仕方がないので本多くんを女子扱いすることにして、女子10人と男子8人を2チームに分けた。
カクさんが気持ちよく主審を務めてくれた。カクさんの流暢かつあったかい声が秋の空に響きわたる。
「Play Ball!」
相手チームのトップバッターはウルちゃんだ。あたしの顔をニヤリと見ながら左打席に入る。水泳で鍛えたがっしりした体つきがいかにもかっ飛ばしそうだ。
しかしあたしも負けてない。ウルちゃんとは昔からソフトボールでよく遊んでいたが、いつもあたし達はいい勝負をしていた。
ウルちゃんは知っている。あたしが魔球『カーブ』を投げれることを。
きっとカーブを警戒していることだろう。裏をかいてやれ。あたしは振りかぶり、変化球を投げるような動作から、ズバッと得意の速球ストレートをキャッチャー酒匂くんのミットへと……
かっきーん!
いともたやすく自慢のストレートを打ち返された。まさかウルちゃん、あたしのカーブなんか恐れてなかったというのだろうか? 2人で遊んでた時には実は手を抜いていたとでもいうのだろうか?
引っ張られた。やばい! ライトを守っているのは朝早くからずっと運動音痴を訴えていたマイちゃんだ!
空に響く甲高い悲鳴を上げると、マイちゃんの股の間を見事にボールが駆け抜けて行った。勢い衰えないまま斜面を転がって上がり、金網の手前で止まった。
マイちゃんがボール追いかけ、ようやく手に持った頃には、ウルちゃんはホームベースを踏んでいた。ランニングホームランだ。
「よっしゃー! 早速1点!」
ホームベースを駆け抜けたウルちゃんが、野球部のホドリゲス忍くんとハイタッチしている。
油断した。もう1点もやらないぞ。
2番は谷くん。
うんこだからといって手は抜かないぞ。左打席がいかにも不自由そうだ。
今度はいきなり魔球『カーブ』でビビらせてやる。
谷くんは『なんだ、この打ちやすいユルい球』みたいな顔であたしのカーブを打った。落差は完璧だったはずなのに……。
当てられたのは悔しかったが、打球は詰まってる。コロコロと転がったボールはセカンド前へ。セカンドを守っているのはとても頼りない本多くんだった。なよなよしたグローブさばきでボールを簡単に後ろへそらした。
「また来たーっ!」
まるでネズミがこっちへ攻めて来るのを見るようにマイちゃんが、本多くんがそらしたボールがやって来るのを見る。当然のように取れない。2人も人間がいたのに、誰もいない宇宙を突き進むようにボールは転がり続けた。
2者連続ランニングホームラン。
あたしは無理やり気を取り直すことにした。
3番は野球部のホドリゲス忍くん。彼が4番だとおもったのに。4バンドバッターとはチームで一番の強打者が務めるものなのだ。じゃ、4番は? 誰だっけ?
まぁ、考えている暇はない。今は目の前の打者に全神経を集中だ。敬遠などしない。真っ向勝負だ!
「漆原〜」
ホドリゲス忍くんはライトで突っ立っているマイちゃんに向かって声を上げた。
「フライ打つからな〜、取ってみろよ〜?」
ホドリゲス忍くんはマイちゃんに特訓をしてあげるつもりらしい。目の前のピッチャーであるあたしのことは見えてない。舐めるな、野球部! あたしは渾身のストレートを厳しいコースになげてやった。
ぱしんっ!
優しい音を立てて、ふんわりとした打球が、見事にマイちゃんの真上に上がった。
「は……、はわわわわ……!」
そんな声を震わせながら、マイちゃんはお酒でも飲んでるみたいな足取りで、後ろへ下がる。
下がる。下がる。グローブを盾のように上にかざして、キャッチしようとしたマイちゃんの遥か前にボールは落ちた。
スライディングするように今度は前に動いたマイちゃんの頭の上を、高くバウンドしたボールが越えて行く。
「ふふふふふ……」
あたしは思わず笑ってしまっていた。早々にくじけそうになっていた。またランニングホームランだ。しかし続く4番バッターの姿を見て、あっと声が口から漏れた。
「4番、フェニーちゃん」
誰かが言った。
拳法家のような格好いい動作で、フェニーちゃんが打席に入る。あたしの顔を見て、ニヤリと笑う。さっきの大ホームランが頭にこびりついていた。異世界からこっちにやって来てチート能力を得たチャイニーズ系の勇者さんみたいに見えた。
あたしもニヤリと笑い返すと、手を挙げて、叫んだ。
「ピッチャー交代お願いまーす!」
ここまで3連続ランニングホームランを浴びていて、この上本物の特大ホームランでも食らったら、もう生きてられそうになかった。
「仕方ねーな」
一塁を守っていた郷田くんが声を出した。
「ピッチャーは女子がやることなんてルール守ってたら試合にならねぇ。ここは俺が投げさせてもらうぜ」
かくして黒き狼ゴウダ・タロウダくん対異世界姫フェニーちゃんの伝説の勝負が始まったのだ。




