女同士の名勝負
「無視しないでよ~!」
午前中の爽やかな空気の中、グラウンドに向かって歩きながら、後ろからマイちゃんがしつこく話しかけて来る。
「あん?」
「黙れ」
あたしとウルちゃんが揃って振り返り、叱責した。
「だってさ、運動苦手な人が応援すればいいでしょ! キーコちゃんもフェニーちゃんもソフトボール得意そうじゃない」
マイちゃんはしつこく食い下がる。
「それとも私……、美少女じゃないからダメなの?」
「マイちゃんは美少女だよ」
「ああ、間違いなく美少女だ。でもな……」
「でも? 何!?」
「向こうに並ぶは赤薔薇の緑子、白百合のキーコ、そして異世界に咲く大輪の美しき花フェニーだぞ?」
ウルちゃんが言った。
「お前は確かにかわいい。が、たとえるならスミレかタンポポってとこだ。身の程を知っとけ」
「私、タンポポ!?」
マイちゃんが傷ついたような顔をする。
「いいじゃん、タンポポ」
あたしは慰めようと、言った。
「ついでにたとえるなら、あたしは枯れ野のススキ、ウルちゃんは荒れ野に生えたペンペン草ってとこなんだから」
「うんうん」
ウルちゃんが気持ちよくうなずいてくれた。
「花があるだけ舞はましだ。羨ましいよ」
ちょっとだけ、泣きそうに見えた。ごめん、ウルちゃん。あたしだって自分で言っといて傷ついてるんだ。
フェニーちゃんとキーコちゃんはずっと視線を合わせ、バチバチ火花を散らしながら、楽しそうにあたし達の前を歩いていた。
グラウンドは低い金網に囲まれて、地面の窪んでいる下にある。あたし達はみんなで斜面を駈け下り、あんまり整備されていないそこに足を踏み入れた。
「まさに草野球場って感じだな」
「本格的じゃないのが遊び気分でよくない?」
「さぁ、じゃ、まずはキーコ対フェニーだ! 勝負いけー!」
「ピッチャーはやっぱ、忍くん?」
野球部のホドリゲス忍くんはブラジルハーフで、結構色が黒い。にっこりと白い歯を見せて、ボールを手に持った。キャッチャーはバスケ部の酒匂育生くんがやることになった。
どっちが先に打つか、キーコちゃんとフェニーちゃんでじゃんけんをすることになった。2人ともこれからするのがただのじゃんけんだとは思えないほど、闘志で目をギラつかせている。
「じゃーんけーん……」
キーコちゃんが言った。
「じゃんたお、しーとう……」
フェニーちゃんが言った。
「ぽん!」
「ぶーっ!」
キーコちゃんがチョキ、フェニーちゃんがパーだった。
「てぃえんなーっ!」と言ってフェニーちゃんが天を仰ぐ。
「やったー!」
キーコちゃんがぴょんぴょん跳ねて、金属バットを手に持った。
「じゃ、私、先に打つね!」
キーコちゃんが素振りを始める。
綺麗な素振りだ。文化部の人とは思えない。まるで女子プロ野球の人のような綺麗さだ。
それを誰かに褒められると、キーコちゃんはスマイルを浮かべて、
「私、小学校の頃から町内のソフトボールクラブに所属してるから」
と、種明かしをする。
なるほど絵になるわけだ。白い薄手のセーターがユニフォームみたいに見えるわけだ。ピンクのプリーツスカートがちょっと可愛すぎるけど。
フェニーちゃんはといえば……。こちらも素振りを始めている。それを見て、やる前から結果が見えてるとしか思えず、あたしは目を覆った。
ソフトボールの素振りじゃない。まるで拳法だ。三節棍を振り回すように、のびのびと自由すぎる動きで、びょんびょん跳ねたりしながら金属バットを縦横無尽に振り回している。
間違いなく強そうではあるが、人を倒すにはよさそうだが、あれでボールにバットが当たるとはとても思えなかった。
「よしっ。じゃ、行くよっ」
そう言ってキーコちゃんがバッターボックスに入る。
「頑張れ、頑張れ、2人とも!」
緑子ちゃんが早速応援を始めている。
ポンポンも何も用意してなかったので、赤いドレスをひらひらさせて、フリーダンスを踊ってくれてる。
「2人ともど真ん中、ゆるい球投げるからなー」
ホドリゲス忍くんが楽しそうに言った。
「打ってくれよー? おりゃっ!」
そう言いながら山なりのボールを下から投げる。
かっきーん!
キーコちゃんのバットがかっ飛ばした。
打った後のポーズまで、キマってる。
打球はセンターを守ってた茂部くんの頭上を抜けた。スリーベースヒットだ。
「すごい、キーコちゃん!」
みんなが歓声を上げる。
「美しい、キーコちゃん!」
「チアガールやらすのもったいない!」
えへへ~、と照れ臭そうに笑うと、キーコちゃんはバッターボックスから出た。すれ違うフェニーちゃんの顔を『どうだ!』みたいに見た。
「スゴイヨ、キーコちゃん」
フェニーちゃんは拍手をしながら、言った。そして中国語で、
「男子、ウォシュレット、バンバン、ソード!」
みたいなことを言った。
「なんて言ったの? カクさん?」
「『でも私はもっと凄いぞ』みたいなこと言いマシタ」
まぁ、確かに構えは凄い。バットを高く構えて、『これからかっ飛ばす!』みたいな気迫をたっぷり放ちながらバッターボックスに入った。キーコちゃんより背が高いこともあり、見た目だけは完全に勝っている。
映画だったらワイヤーアクションかCGでこれから派手なエフェクトとか入ってボールが大気圏外まで飛んで行きそうな雰囲気だった。でもこれ、映画じゃないんだよ、フェニーちゃん。現実は厳しいんだよ?
どっごぉーん! みたいな音がした。
フェニーちゃんのバットが、それこそ火を吹いたのだ。
素振りの時は遊びだったんだ。本番では綺麗なバッティングフォームで振り抜いた。
見くびっててごめん、フェニーちゃん。
打球はセンター茂部くんの頭上を遙かに越え、金網下の斜面に当たって大きく跳ねた。ホームランだ。
「すっごーい……」
キーコちゃんが言った。
「私の負けだぁ。約束通り私、チアガールやるね、ガフンちゃん」
そう言って笑ったキーコちゃんが、スマイルを浮かべたまま、下唇を悔しそうに噛んだのを、あたしは見た。
「2人とも出ればいいのに~。私がチアガールやればいいのに~」
あたしの後ろでマイちゃんがまだ言ってる。
今の名勝負をなかったことにしたいのか。




