ソフトボール
「よろしくお願いします、社長さん」
フェニーちゃんのお父さんが言った。
「どうぞどうぞ。遠慮なくお寛ぎください」
あたしのお父ちゃんが言った。『社長さん』と呼ばれて嬉しそうだ。
「娘を助けてくださいまして、どうもありがとうございました。そのお礼ですから」
「ありがとうございます、社長さん」
「そんな! 社長さんだなんて! 私、ただの婿ですから! ハハハ!」
実は言葉が通じてないなんて思えないぐらいスムーズな会話だった。
「オイシイヨ!」
フェニーちゃんのお母さんがそう言って、ビニール袋に入ったタッパーを渡す。
「あらあらお気遣いなく!」
そう言いながらあたしのお母ちゃんが嬉しそうに受け取った。
「何かしら? 台湾の珍しいお料理?」
もしかして、まさか、臭豆腐だろうか? うんこの臭いはしないけど、密封してあるのかもしれない。
もしそうだったら後で教えてあげなきゃ。決してこれは嫌がらせではないということと、息を止めて食べたらすっごく美味しいことを。
「あれっ!?」
うちのお父ちゃんがフェニーちゃんに気づいて、嬉しそうな声を上げた。
「君……この間の? ガフンちゃんなの? ええーー! 髪上げたらこんな美少女だったんだ!?」
「社長さん、よろしくお願いします」
そう言ってフェニーちゃんはニコニコしながらお辞儀をした。
どうやら仲良くなりたい相手でなければ『ガフンちゃん』と呼ばれても構わないようだ。
「さーて。時間、いっぱいあるけど、何する?」
緑子ちゃんが言った。
緑子ちゃんには取り巻きの子が3人いるけど、3人とも参加してなかった。岩井英花ちゃん始め、みんな塾を休みたくないとのことだ。
1人きりにされて、緑子ちゃんはかえってのびのびしていた。フェニーちゃんにデレなところを取り巻きの子らに見られなくて済むからか、いつものクールビューティーを脱いで羽根を伸ばしているように見える。
「裏にグラウンドあるんだけど」
あたしは準備していたことを提案した。
「お昼ごはんまで、みんなでソフトボールやらない?」
「おっ。いいね!」
「面白そう」
みんなが賛成してくれた。
「ちょっ……! あたし、この格好で?」
緑子ちゃん1人が真っ赤なドレスをひらひらさせて、赤いハイヒールをもじもじさせて、反対した。
「まさかそんな格好して来るとは思わないから」
あたしは有無を言わせない。
「あたしの服、貸してもいいけど、どうせ2人余るんだよね」
参加メンバーは20人だ。男子9人に女子11人。
ソフトボールは9人1チームでやるものだ。
「女子2人はずせばちょうど男女9人ずつだから、緑子ちゃんと誰かもう1人にはチアガールやってもらおう」
「チ、チアガールですって!?」
緑子ちゃんが興奮した。
「や、やるっ! やりますわっ! あなた方、このワタクシが応援して差し上げてよっ! ホーッホッホッホ!」
「もう1人は?」
キーコちゃんが聞いた。
「誰がチアガールやるの?」
みんながキーコちゃんとフェニーちゃんを見た。
美少女がチアガールをやってくれることをみんなの目つきが望んでる。
「やあ、いらっしゃい」
カクさんが笑顔で階段を下りて来た。
「皆さん、今日はよろしくお願いシマス」
あたしがカクさんを紹介すると、みんなは元気よく挨拶した。
「こちらこそでーす」
「フェニーちゃんとお話できるの楽しみにして来ましたー」
「よろしくお願いしまーす」
カクさんはとても可愛いひよこの集団を見るように目を細めた。
「で、どっちがやってくれるの? チアガール」
みんなはすぐにそっちに話を戻した。もうキーコちゃんかフェニーちゃんの二択で決まっているようだ。
「ポンポンとかあるの? 須々木さん」
「超ミニスカ穿いてもらおうよ」
「音楽も流して踊って欲しい」
マイちゃんが弱々しく手を挙げてチアガール立候補したそうなのに気づいてたけど、あたしは見て見ぬ振りをした。
「私、ソフトボールやりたい」
キーコちゃんははっきりと言った。
「結構上手なんだよ? ガフンちゃんはソフトボール、出来るの?」
「台湾にもプロ野球、あるよね」
みんながざわざわした。
「陽岱鋼選手とか、台湾の人でしょ」
「世界のサダハル・オーもだよね」
「実はフェニーちゃん、めっちゃ上手いかも?」
カクさんが聞くと、フェニーちゃんはハイテンションになって何か答えた。カクさんが通訳してくれる。
「野球は大得意だそうデス」
「あ! じゃ、グラウンド行って勝負で決めない?」
キーコちゃんが提案する。
「ボール打って、どっちが遠くに飛ばすか。負けたほうがチアガールやることにしようよ」
カクさんが訳すと、フェニーちゃんは目に炎を燃やしてニヤリと笑った。
「負けないそうデス」
カクさんの通訳に、キーコちゃんも珍しく目に闘志を燃やす。
「よーし、負けないぞぉー」
キーコちゃんはそう言うと、フェニーちゃんの手を握った。
「一緒にグラウンド行こ、ガフンちゃん」
フェニーちゃんの『ぶす、ガフン(ガフンじゃない)』が出るより先に、あたしが言った。
「キーコちゃん。フェニーちゃんだよ、ガフンちゃんじゃなくて」
「え?」
キーコちゃんが『何を言ってるの?』みたいな顔をする。
「フェニーちゃんって呼んであげてよ。仲良くしたい人からガフンって呼ばれるの、嫌なんだって」
「あ、そうか!」
キーコちゃんはぽんと手を叩き、すまなさそうに笑った。
「ごめんね、フェニーちゃん。慣れなくて……。これからフェニーちゃんって、私も呼ぶからね」
カクさんが通訳すると、フェニーちゃんはとても嬉しそうに笑ってうなずきながら「ホア、ホア」みたいなことを言ってから、キーコちゃんに向かって、
「メシ! メシ!」
と言った。
あ、これ前にも聞いたことある。
あたしが車に轢かれそうになったのをフェニーちゃんに助けてもらって、そのお礼を言った時だ。『メシ、メシ』って言うからラーメンおごってあけた。
これってやっぱり『許してやるからご飯おごれ』って言ってるのかな。
カクさんに聞いてみた。
「沒事、沒事と言ってイマス」
教えてくれた。
「『大丈夫だよ』という意味です」
なんだご飯のことじゃなかったのか。
あたしは準備してあったバットとグローブ、ボールを出すと、みんなに持ってもらい、裏のグラウンドへ歩き出した。
「さあ、みんなで行くよー」
キーコちゃんとフェニーちゃんが熱く視線で闘い合っている。
「有紗ちゃん……。あたし……チアガールやりたい」
後ろからマイちゃんの声が聞こえた気がしたけど、気づかないふりをした。
空気読もうね、マイちゃん。




