前日
「谷っ! ざけんな!」
ウルちゃんが立ち上がり、激怒している。
「なんですか?」
谷くんはいつものニヤニヤ笑いを浮かべてウルちゃんを見た。
「妬いているんですかぁ~? ウルトラの父さん」
クッ! と危うく出かけた笑いをあたしは噛み殺した。
谷くんがみんなにつける変なあだ名はしょーもないと思っていたのに、初めてツボってしまったのだ。ウルトラのチチさんて……。チチさんて……。ごめん、ウルちゃん。
「キーコちゃん! そいつ、フェニーちゃんの外履きの中に画鋲入れやがったんだよ!?」
ウルちゃんは大声で、谷くんを指さしながら、言った。
「なんでそんなやつとイチャイチャしてんの!? キーコちゃんみたいな子が? そいつ、サイテーなやつなんだよ?」
「証拠はあるの?」
キーコちゃんは冷静な顔をして、言った。
「翔くんがそれをしたって証拠があって言ってるの? 潤虎さん?」
「証拠は……ないけど、そいつしかいないっしょ! クラスに他にそんなやついないから……、消去法だよ!」
「ひでぇな……」
谷くんが傷ついたような顔をする。
「ウルトラの父が俺をいじめるよ~……! なんとか言ってやってくれよぉ、キーコぉ~」
「あたし、翔くんを信じるよ」
キーコちゃんがウルちゃんを見る目が怖い。
「ありがとう! キーコぉ~!」
そう言って谷くんが、キーコちゃんのピンクのほっぺにキスをしようと飛びついた。
キーコちゃんはさっとそれを避け、
「潤虎さん、もうお泊まり会、明日だよ? みんなの楽しい空気を壊すのやめて」
ウルちゃんはそう言われて、黙るしかなかった。
あたしはというと、なんだか不自然なものを感じてしまっていた。
さっき、谷くんのキスを避ける時のキーコちゃんに、不自然なものを感じてしまっていたのだ。
彼氏にキスされそうになったら普通、避けるにしても、嬉しそうな顔するもんじゃないのかなぁ……。
さっきのキーコちゃん、まるでゴキブリが飛んで来たのを避けるみたいだった。
給食が終わり、みんな食器を片づけに立ち上がる。
フェニーちゃんも食器を持って立ち上がると、足をひきずって歩き出した。
「そんなに深い傷なの?」
キーコちゃんがそれを見て、あたしに話しかけて来た。
「かわいそう……。そんなことする人がクラスにいるなんて……」
「これが初めてじゃないよ。前にはひどいこと書かれた紙が下駄箱の中に入ってた。誰かが陰湿にフェニーちゃんのこと、いじめてる」
「まだ……続くかもしれないね?」
「うん。とりあえずあたしが注意して見てあげてるけど、今日は何もなかった。椅子の上に画鋲とか、机の中にナイフの刃入りの怪しげな手紙とか、あるかと思ったけど」
「でも、谷くんじゃないからね?」
キーコちゃんは表情を少し怖くして、言った。
「うん。たぶん、谷くんじゃない」
あたしがそう言うと、キーコちゃんは不思議そうな顔をした。
「なんで? 潤虎さんはあんなに疑ってたのに、仲良しの須々木さんは違うって思うの?」
「カンとしか言いようがないけど……」
あたしは思った通りのことを言った。
「犯人は女子じゃないかって気がするんだ」
「女子?」
「うん。なんとなくだけど……」
「じゃ、漆原さんなんじゃない?」
いつの間にか隣にいて、話を聞いていたらしい西園寺緑子ちゃんが、言った。
「なっ、なんで私……!?」
そこにずっといたマイちゃんが驚いて声を上げる。
「私がなんでフェニーちゃんをいじめるの!?」
「だって明日のお泊まり会、フェニたんとの交流会がメインになるでしょ?」
緑子ちゃんは名探偵のように言う。
「漆原さんの誕生会は『ついで』……。君はそれが気に入らないんだ。……と、いうことで……」
マイちゃんに指を突きつけた。
「犯人はおまえだーーっ!!」
あはははは!と、あたしとウルちゃんとキーコちゃんが笑う。緑子ちゃんも笑い出し、つられてフェニーちゃんも笑った。マイちゃんだけ泣きべそをかきそうになっていた。
「とりあえずさ、明日のお泊まり会、楽しもうよ」
キーコちゃんが森野スマイルを浮かべて、言った。
「犯人探しとかは置いといてさ」
「うん、そうだね! 楽しいことだけ考えよう」
あたしはそう言ってうなずいたけど、心の中では不安でしょうがなかった。
これもただのカンだけど、何か嫌な予感がしてしまって、それが消えなかった。
フェニーちゃんに嫌がらせをしている犯人は、明日参加するメンバーの中に、いる。
そんな気がしてならなかった。




