ラブラブな美少女とうんこ
「有紗ちゃーんっ」
あたしとフェニーちゃんが手を繋いで教室に入って行くと、西園寺緑子ちゃんが駆け寄って来た。昨日まで『須々木さん』って呼ばれてたのにと思いながら、嬉しくてあたしは笑顔を返す。
隣でフェニーちゃんが「ミロリちゃん、オハヨウ」と言った。
「有紗ちゃん、有紗ちゃん」
「どうしたのー? 緑子ちゃん。昨日、なんかあった?」
大事件を報告するような顔でやって来る緑子ちゃんの様子に、不思議がってあたしは聞いた。
「知ってた? フェニたん、凄いんだよぉ!」
「何が?」
すると緑子ちゃんはフェニーちゃんに向かって行った。
「シング・ア・ソング、プリーズ」
「わっはぁー!」とフェニーちゃんが照れた大声を出す。
「何?」
なんとなく意味がわかって来て、あたしは緑子ちゃんに聞いた。
「昨日、帰りの車ん中で、フェニーちゃんが何か歌ったの?」
「何かどころじゃないわよー」
緑子ちゃんは興奮している。
「歌ったのよ! 日本語の歌! しかもめっちゃ綺麗な日本語で!」
「えー!!!」
思わずフェニーちゃんの顔を見つめた。
「そんなの知らない! 知らなかった! できるの? 歌って! 歌ってみてー!?」
フェニーちゃんは顔を赤くして中国語で何か恥ずかしそうに言うと、前にあたしに書いて見せた紙を取り出し、ずんと見せて来た。
『やっぱり こわいです』
よくわからないけど『恥ずかしい』と言いたいのかな。
まぁ、いい。
うちにはもちろんカラオケもある。お泊まり会の時、歌わす。
「昨日、お父さんの車の中で、ラジオから昔のヒット曲が流れたのよ~」
緑子ちゃんが詳しく教えてくれた。
「浜崎あゆみの『Dearest』って曲。それに合わせて、いきなり日本語で歌い出したからびっくりしちゃって」
「ほえぇ……」
あたしはびっくりして聞いた。
「そんな特技、あったんだ……」
「しかも綺麗な声で、プロ並みの歌唱力だった。鼻唄なのに。オリジナルの人より上手いと思っちゃった。お父さんも感激してたよ。感激して一緒に歌い出して、邪魔だったもんだから『トウッ!』って黙らせた」そう言って緑子ちゃんは手刀を打つ真似をした。
久々にクールビューティー西園寺さんが出た。最近フェニーちゃんに夢中になってホットビューティー緑子ちゃんになってた。
しかしそれは是非聴かせてもらわないとだ。
今日、帰ったらお父ちゃんにカラオケセットとステージにスポットライトも用意させよう。
『キーコちゃん』こと森野紀伊瑚ちゃんと谷くんがつき合い始めたことは、もうクラスのみんなが知っていた。
谷くんが言いふらしたからだ。
「おい、キーコ」
谷くんとキーコちゃんの席はそう離れていない。
HRが終わると谷くんがみんなに聞こえる声で呼びかける。
呼ばれたキーコちゃんはにっこりと、嬉しそうに谷くんのほうを振り返った。
「今日、給食、一緒に食べるぞ? いいな?」
谷くんにそう言われ、キーコちゃんは天使の微笑みでうなずいた。
「うん、いいよー。一緒なの嬉しい」
クラスのみんながどよどよどよめく。
「あと、今日は一緒に帰るぞー? なんだよ昨日は部活なんか出やがってぇー。俺よりお茶なんかのほうが大事なのかよー。お前、俺のカノジョだろー?」
キーコちゃんは茶道部だ。
いつも茶葉の爽やかな香りを身に纏ってる。
しかし谷め。そんな大声で喋んな。キーコちゃんが迷惑なのわからんのか。
しかしキーコちゃんは言った。
「もちろん部活より谷くんのほうが大切だよ。昨日はどうしても出ておかないといけない日だったの。今日は一緒に帰れるよ」
「おいおい」
谷くんが怒ったような笑顔で言う。
「谷って呼ぶなよ。恋人同士だろう俺達? 翔って呼べ、バカ!」
……それ、中国語で『うんこ』って意味だって、ご存知?
「じゃ、翔くんでいい?」
キーコちゃんの口が『うんこくん』と言った。
「まいったなー」
谷くんがわざとらしく笑い、みんなに向かって言った。
「翔くんだってよー! 聞いたか、おい!」
みんながざわざわヒソヒソと話し合う。
「キーコちゃん、何考えてんだろ?」
「誰ともつき合わなかったのに、なんでまた谷くんと?」
「なんかのマニアなんじゃない?」
「あぁ~……。キーコちゃん……、俺のことフったくせに谷なんかと……。なんでだよぉ~」
当然だ。キーコちゃんはうちのクラスどころか他クラスの男子からも告白されている、校内No.1の美少女だったのだ。
それがうんこなんかとつき合い始めた。
あたしだって信じらんない。
給食の時間、キーコちゃんはいつもあたしの真後ろに座る。
その時にどういうつもりなのか聞いてみようと思ったけど、今日はあたしの真後ろに彼女の姿はなかった。
谷くんと並んで向こうのほうに座り、なんか楽しそうにイチャツいてる。
「おい、キーコ。俺に食べさせろ」
谷くんが偉そうに言った。
「はい、あーん」
「うむ」
クリームシチューをスプーンで口に入れてもらい、谷くんはめっちゃ嬉しそうだ。
「よし、次は俺がお前に食べさせてやる。はい、あーん」
いやまさか……。しないよね? キーコちゃん。
「あーん」
そう言いながら笑顔で嬉しそうにキーコちゃんは谷の差し出すスプーンを口で受けた。
「おいっ!!!」
あたしの隣でウルちゃんが怒りながら立ち上がった。




