谷くんとキーコちゃん
「先生……」
5時間目の英語の授業の途中でキーコちゃんが手を挙げた。
「お腹が……痛いです。保健室行っていいですか……」
顔が青い。苦しそうだ。
英語の目次先生はおじいちゃん先生だ。
オロオロとしながら、全員に向かって、聞いた。
「ほ。保健委員は……誰……かいな?」
今日は女子のほうの保健委員が風邪でお休みだった。(彼女にも明日、お泊り会のこと言ってあげなくちゃ)
あたしがキーコちゃんを保健室まで連れて行ってあげようと手を挙げかけたところで、おじいちゃん先生が言った。
「だ。男子の保健委員は……」
谷くんが仕方なさそうに手を挙げた。
そうなのだ。谷くんはばい菌だらけそうなその顔に似合わず、保健委員なのだ。
いや、普通、女子が調子悪い時、女子の保健委員さんお休みだったら、誰か他の女子が連れてくもんじゃね? 知らんけど。
「あたし、連れて行きます!」
そう思ってあたしは手を挙げた。
「これは保健委員のお仕事ですよ」
おじいちゃん先生はかすれた声で、あたしに言った。
「勉強、遅れたくないでしょう? 保健委員に任せなさい。ゴホッ、ゴホッ」
キーコちゃんが苦しそうに立ち上がる。
「歩ける?」とか聞きながら、谷くんが近寄る。
そのフケの溜まってそうな肩に、白梅のような指で掴まると、キーコちゃんはよろよろと後ろの扉から教室を出て行った。
隣の席から心配そうに見送りながら、フェニーちゃんが言った。
「キーコちゃん……、ウンコ?」
本当、心配だ。キーコちゃんがウンコ臭くなって帰って来たらどうしよう。
授業の合間ーー
「おい。須々木ィ〜」
そう言いながら、とてもでかい男子があたしの横に立った。
あたしはびびりながらその人の顔を見上げた。クラス1怖い、郷田太郎くんだった。
「ひ……ひゃい!?」
なんだろう。郷田くんに話しかけられたのは初めてだった。
いつもあたしから何かの用事で話しかけると、決まって「うっせーな」って言うくせに……。あたし、何かしたっけ? 彼の逆鱗に触れること? 覚えがなかった。
すると郷田くんは大人が子供に話しかける時みたいにしゃがみ込み、珍しく長い言葉を喋った。
「オマエ、今度の集会の主催者だよな?」
集会……。ああ、お泊り会のことか。
「なんつーか……。楽しみだよなァ〜」
そうか。郷田くんもなぜか参加するのだった。
「で、主催者のオマエの耳には入れときたいことがあってよ。くだんねー話だから他のモンには聞かれたくねー。耳、貸せ」
「あう……。は、はい……」
あたしは泣きそうになりながら、郷田くんに粗末な耳をお貸しした。
すると郷田くんが信じられない話を始めたのだ。
「俺、さっきの英語の授業ん時、面倒くせーから保健室で寝てたんだけどよー」
そ、そうだったんだ……?
き、気づかなかった。
「保険の先生、俺が追い出したからいなかったんだけどよ、そこに谷と森野が入って来たんだわ」
あ、そうか。
キーコちゃん、お腹が痛くなって……
「俺が寝てることに気づかなかったみてーで、2人で話してるの、俺、聞いちまってよー」
その後、郷田くんは信じられない話をしてくれたのだが、『くだんねー話』とか言いながら、キーコちゃんの声真似とかをしながらノリノリで話してくれたのだが、その声真似がちょっとキモかったので、再現ドラマでお届けすることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇
「保険の先生いないね」
谷くんが言ったそうだ。
「じゃ、先生来るまでベッドで寝とけよ。俺、帰るわ」
「待ってよ、谷くん」
キーコちゃんが呼び止めたそうだ。
「最近、元気ないね? どうしたの?」
「別に?」
「いつもだったら私のこと『クラスのアイドル・もじゃのチ○コさんw』とか呼ぶくせに。なんか変だよ」
谷くんは黙っていたそうだ。
「お泊り会、絶対に谷くんも参加すると思ってたのに。……そう思ったから、須々木さんに『みんなでしよう』って私、提案したのに」
「え?」
「谷くんが来ないんじゃ意味ないじゃない。私、谷くんと一緒に泊まりたかったのに」
「そ……、それって……」
谷くんはいつもの調子を取り戻し、ふざけた口調で言ったそうだ。
「お前ごときが俺様のことを好きってことかなー? もじゃのチ○コのくせに? アハハハ!」
「うん、そうだよ」
キーコちゃんは真剣な声で言ったそうだ。
「へ?」
「待ってたのに……。クラスの男子で私に告白してくれてないの、谷くんだけだよ?」
ってことは……と郷田くんの顔をあたしが見ると、照れたように郷田くんはただ笑った。
「あたし、谷くんのことが好き!」
「えええええ!?」
「返事……聞かせて?」
「あ、あばばばば……」
「嫌だったら……しょうがないけど……。でも、もし付き合ってくれるなら、一緒にお泊り会、行こ?」
しばらく沈黙があったそうだ。
キーコちゃんが聞いた。
「お泊り会……一緒に……行ってくれる?」
谷くんが忙しなく音を立ててうなずく気配がしたそうだ。
「嬉しい……!」
キーコちゃんの嬉しそうな声が聞こえたそうだ。
「じゃ、約束だよっ」
◇ ◇ ◇ ◇
郷田くんの話を聞きながら、谷くんのほうを見ると、確かに様子がおかしかった。この世の春を謳歌するような顔をして、天井をヘラヘラと見つめている。
「郷田くん、教えてくれてありがとう」
あたしがお礼を言うと、郷田くんはとてもスッキリした顔をして一番後ろの席へ戻って行った。
キーコちゃんはもう席に戻っていて、普段と何も変わりなく、みんなの天使をやっている。
それにしてもこれは……ウルちゃんとマイちゃんには、話さないでおかずにいられない!
「まっさかー!」
2人は当然のように、信じなかった。
玄関への廊下を歩きながら、どれだけ冗談なんかじゃないと言っても笑い飛ばそうとして来る。
「自分の耳で聞いたならともかく、伝聞だろー?」
「郷田くんの言うことなんか信じちゃダメだよー」
「でもなんであの郷田くんがそんなことあたしに知らせて来るの?」
あたしは言い張ったけど、2人が信じてくれない気持ちはとてもよくわかった。
「普段喋らない郷田くんだからこそ、あたしは信じたよ」
「眠ってたんだろー。夢でも見てたんだよ」
「うんうん。変な夢見たもんだねー」
「もんだねー」と、フェニーちゃんが笑いながらマイちゃんの真似をした。
下駄箱から外履きを取り出しながら、あたしは決定的証拠を2人に突きつけた。
「谷くん、お泊り会参加するって、あたしに言って来たよ」
「えー……? マジ?」
「でもそれが2人が付き合い始めた証拠には……」
「アッ……! ツアァァーーッ!!!」
いきなりフェニーちゃんが大声を出したのでびっくりして3人で振り返った。
苦しそうな顔をして、足を押さえて飛び跳ねている。
見ると足の裏に画鋲がふたつ、突き刺さっていた。
「何、これ!?」
「保健室! 保健室連れて行こう!」
フェニーちゃんの外履きの中に、誰かが画鋲を仕込んでいたのだ。フェニーちゃんは気づかずに思い切りそれを履いてしまった。
「谷め〜……!」
ウルちゃんがフェニーちゃんに肩を貸しながら、憎む目をして言った。
「有紗ちゃん! お泊り会に谷を参加させないで!」
マイちゃんが半泣きで言った。
あたしはでも、なんだか違和感を覚えていた。
「これって……。こんなことするのって……」
そこまで口にして、後は頭の中で言った。
『……女子のやることじゃない?』
水沢準さまのアイデアを採用させていただきました。<(_ _)>(*^-^*)←ついでにまきのしょうこ様の顔文字パクらせていただきました。




