スージー・スーとウンコ・タニ
フェニーちゃんをあたしの部屋に連れ込んだ。
そんなにかわいい部屋でもないのに「ワァー」と感動してくれた。
あたしが机の椅子を引いて手でぽんぽんと座るように示すと、小走りでやって来て、席取りするみたいに急いで座ってくれる。
彼女の前髪を掻き上げた。
机の上の丸い置き鏡の中に、異世界のお姫様が現れる。
「どんな髪型がいいかな?」
あたしはプロデューサーのように、言った。
「顔がかわいいから、どんな髪型でも似合いそう」
「快便を、ハーシーズ、まぁ?」
鏡の中のかわいい顔が、そんなような言葉を喋った。
とっても楽しそうだ。
「男の子の好きなツインテール?」
両手で束ねて持ち上げる。前髪がばさばさと落ちて、またガフンちゃんに戻った。
「真ん中から、両側に、分ける?」
両手でそれぞれ左右に引っ張る。モナリザみたいになった。
「ねずこヘアー!」
左から思い切り右へ前髪を全部流し、ピンクのクリップで留めてみた。
CGとしか思えない美少女が、優しく泣いたような目をして鏡の中に現れた。
「これだーーー!!!」
こんな田舎町にこんな美少女が歩いていたら、みんな、びっくりするだろう。
そう気遣って、帰る前にフェニーちゃんをガフンちゃんに戻した。
カクさんを通じてお母ちゃんが家族でまた来てくれるようフェニーちゃんに言い、ご両親あてに一泊招待の手紙を中国語で書いたものを預けた。
「ウルちゃんも、マイちゃんも、みんなでうちにお泊まりするんだよ。絶対、来てね」
カクさんに訳してもらうと、フェニーちゃんが「あいよー」と笑った。
「あと、明日から、さっきの髪型で登校するんだよ? みんなをびっくりさせよう!」
「あいよ、あいよー」と言いながら、フェニーちゃんは帰って行った。
次の日、あたしが学校に行くと、フェニーちゃんはまだ来ていなかった。
あたしはわくわくしながら、ドアを開いて非現実的美少女が現れるのを待った。
どんなんなるかな?
みんな、びっくりするかな?
するとドアが開いて、いつものガフンちゃんが現れた。前髪でずっしりと顔を隠している。猫背だ。
恥ずかしそうな足取りでやって来て、あたしの隣に座る。
「グッモーニン、ミス・サダコー!」
そう言いながら谷くんが横を通って行った。
「……フェニーちゃん?」
あたしがじとっと見つめると、彼女は照れ臭そうに頭を掻き、手紙を差し出した。
日本語で何か書いてあるそれを、あたしは読んだ。
『やっぱり こわいです』
……まぁ、わからないでもない。
自分がある朝目覚めてCGのような美少女になっていたら、確かに学校を休むかもしれない。
「おいおい、変な名前のススイさん?」
何を考えたか、通り過ぎたはずの谷くんが戻って来た。
「今、貞子さんのことをなんと呼びましたか? ペニーちゃん? フェラーリちゃん? なんと?」
あたしは面倒臭かったけど、答えてやった。
「フェニーちゃん」
ぷっ!と谷くんが吹き出した。
「フェニーちゃんて……! これは貞子ですよ? モンスターにそんな名前をつけるあなたは何マニアですか?」
「台湾の人はイングリッシュ・ネーム持ってるんだよ。だからフェニーは本名! 笑うな!」
谷くんが大声を上げて笑い出した。
「ヒャッハッハ! ヒーヒッフー! ……では変な名前のススイさんの本名は? スージー・スーと名づけて差し上げましょうか? 僕が!」
「ねぇ、フェニーちゃん……」
あたしは頬杖をついて、彼女の重い前髪を見つめた。
「こいつ見返そうよ。ウンコ・タニをさ」
フェニーちゃんは自分の前髪をくりくりいじるだけで、何も言わなかった。




