フェニーちゃんの秘密
今までガフンちゃんと呼んで来た彼女を『フェニーちゃん』に変えるのは違和感があるかなと思っていたら、意外にもしっくり来る。
顔を知ってるからだな、と思う。
長い前髪で鼻の頭まで隠して猫背の彼女は確かに『ガフンちゃん』だが、その前髪を退ければたちまち現れる非現実的美少女には『フェニーちゃん』が断然似合うのだ。
「フェニーちゃん」
あたしは不思議に思っていたことを聞いた。
「フェニーちゃんはなんでそんな髪型してるの? めっちゃ可愛いのに、なんで隠してるの?」
両親はあたし達を2人にしてくれ、仕事に戻っていた。
テーブルを挟んでロビーの椅子に座り、2人の間に座ったカクさんが通訳をしてくれる。
さおりさんがオレンジジュースを2つとカクさんにコーヒーを持って来てくれた。
「パパに言うなって言われてるそうデス」
カクさんがフェニーちゃんの言葉を、うなずきながら訳してくれる。
「でもアリサさんには話したいそうデス」
ついにガフンちゃ……フェニーちゃんの秘密が知れる。あたしは彼女が喋るのを見ながら、カクさんが訳しはじめるまでのわずかな時間を、待った。
「私は台湾の芸能界でデビューすることが決まっています」
フェニーちゃんの声にカクさんの日本語が重なる。
「日本の中学校にいたという経歴があれば、それは売りになります」
「どっしぇー!」
あたしは思わず声を上げた。
「やっぱりそういう話か」
「言葉が通じないのでどうせ友達なんて出来ないと思ったから、せめてみんなの印象に残らないようにと思って、顔が見えないようにしていました。パパもママも、友達なんて作らなくていいって言ってたから」
「えー」
あたしは思ったことを正直に言った。
「そんなのもったいないよ。青春の無駄じゃん!」
「それに正直、怖いと思っていました」
「怖い?」
「はい。言葉の通じない、文化の違う中に一人、入り込むのは、正直、怖かったです」
「ちょっとカクさん」
あたしはカクさんを停止させ、お願いした。
「丁寧語やめて」
「ハイ?」
「ガフ……フェニーちゃんがやたらよそよそしい。女の子言葉で喋って」
「わ、わかりましタ……」
「んで? 怖いから顔を隠してたの?」
「うん。自分を隠せば、誰もあたしに気づかないじゃん? 誰も話しかけて来ないし、あたしも楽だから、やっピー!って」
「ギャルっぽいのやめて」
あたしはカクさんにお願いしてからフェニーちゃんに聞いた。
「でもあたし達と仲良くなったじゃん。オープンしてくれればいいじゃん?」
「騙してたみたいな気がしたのかしら。なんかね、今さら顔を晒すのは、それこそ怖かったのよ。変装してたみたいな後ろめたさがあったし」
「カマっぽい」
カクさんにダメ出ししてから、フェニーちゃんに言った。
「気にしないよ。みんな、びっくりするだろうけど、フェニーちゃんと友達になりたがる人は確実に増えるよ」
「パパとママからも言われてるの。無理するなって。人見知りするお前には日本人の友達を作るなんてハードルが高すぎる、目立たないようにしとけって。どうせすぐに帰国するから、日本語も覚えなくていいって」
「え」
聞き捨てならなかった。
「すぐに……台湾、帰っちゃうの?」
「うん」
「いつ!?」
「わからない。プロダクションの人が決めるから」
「えー……。残念。せっかく仲良くなったのに」
「でもまだしばらくはいると思うから」
フェニーちゃんは笑顔で言った。
「それまでにクラスのみんなと仲良くなって、台湾で芸能界デビューした時、『日本の中学校生活はとても楽しかった』って言いたい」
「うん! そうして欲しいな」
「実は今でも充分楽しいんだけどね」
フェニーちゃんは前髪をくりくり弄りながら、言った。
「でも、みんな、本当の私を知らないでしょ?」
「前髪、オープンしようよ」
あたしはノリノリで提案した。
「明日、かわいい髪型に変えて学校、来なよ」
「うん」
フェニーちゃんは顔を上げた。前髪に隠れたマンガみたいな大きな目がキラキラしてた。
「そうする」




