ガフンちゃんはみんなに挨拶したい
ちんてんらいうぉーじゃーわんば
てんてんらいうぉーじゃーわんば
よし
覚えた
カクさんから教えてもらった「今日、一緒に私の家で遊ぼう」という意味の中国語を一所懸命覚えて、あたしは元気溌剌で登校した。
ガフンちゃん、喜んでくれるかな?
いつもあたしのほうが早い。
あたしが席に着いてバッグの中身を整理していると、ガフンちゃんが教室の入口を入って来る。
今日はなんだか嬉しそうな足取りだ。
何かいいことでもあったみたいな。
「ガフンちゃん、おはよう~」
隣の席に歩いて来る彼女にあたしがそう言うと、
「Alissaチャン、オハヨウ」
日本語の挨拶が返って来た!
嬉しさのあまり、あたしは言葉も忘れて、がばっと立ち上がった。
早速、あたしも覚えて来た中国語を放った。
「ガフンちゃん! ちんてん、らいうぉーじゃーわんば!」
ガフンちゃんは顔の前で手を振って笑うと、言った。
「sorry. I can´t understand japanese」
いやいや! これ、ジャパニーズじゃないの! 中国語なの! 気づけ!
あたしがそう言いたくて口をアウアウさせていると、ガフンちゃんはタッと駆け出した。
マイちゃんのところへまっすぐ行き、くっつくほどの隣で立ち止まり、言う。
「マイチャン、オハヨウ!」
「わぁっ! ガフンちゃん、おはよう!」
マイちゃんは凄く嬉しそうに言い、熱烈なハグをした。
「日本語、喋れるようになったんだね? 母さん、嬉しいよっ」
いつの間にかガフンちゃんのお母さんになっていたようだ。
またガフンちゃんが今度は反対方向へタッと駆け出したので、あたしも笑顔でそれを追っかけた。
少し離れたウルちゃんの席へ行くと、お辞儀するみたいにウルちゃんの顔を覗き込み、言った。
「モーチャン、オハヨウ!」
名前を間違ってる気がしたが、ウルちゃんは気にせず、ひたすら笑顔で、
「おー! ガフン! 上手じゃないか! 父さん、嬉しいぞ」
いつの間にか性別女性のお父さんになっていた。
ガフンちゃんは笑顔でさらに言った。
「オハヨウ!」
察して、あたしが言った。
「ほらウルちゃん。挨拶返さないと離してくんないよ?」
ウルちゃんはなぜか照れたように咳払いをすると、言った。
「あ……ああ。おはよう」
ガフンちゃんが満足したようにまたタッと駆け出した。
マイちゃんも後を追って走って来た。
ウルちゃんのすぐ後ろの席で立ち止まり、そこにいたクラスで一番大人しい本多くんに挨拶をする。
「ポンタクン、オハヨウ!」
「あ……。その……。おはよ」
本多くん改めぽん太くんは凄く嬉しそうな顔を赤くして、頭をぼりぼりと掻いた。
またタッと走り出すと、クラスで一番怖い郷田くんの席で立ち止まる。
「ゴウダタロウダクン、オハヨウ!」
郷田太郎だくんは腕を組んで無視した。
「オハヨウ! オハヨウ!」
「るっせーな……!」
郷田くんは舌打ちすると、頬を赤らめ、言った。
「……おはよう」
ガフンちゃんはぱぁっと顔を輝かせ、隣の席を振り返った。
郷田くんの隣は谷くんの席だ。
ニヤニヤしながら挨拶されるのを待っている。
「タニクン、オハヨウ!」
ガフンちゃんは何のわだかまりもなさそうに、明るい声と表情で、言った。
「グッモーニン、ミス・サダコ」
谷くんはウィンクしながら優しげな笑顔で、答えた。
ガフンちゃんがまたタッと駆け出したので、あたしは谷くんに「うんこくん、おはよう」と言ってやった。
「誰がうんこだよ! 変な名前のススイのくせに!」
谷くんには何度も言ってあるんだが、あたしの名前はススイじゃなくて、ススキだ。わざと間違えてるとしか思えない。無視して、マイちゃんと一緒にガフンちゃんを追いかけると、森野紀伊瑚ちゃんのところで立ち止まった。
「モ……」
どうやら名前を忘れてしまったようだ。
最初の一文字しか言えずにガフンちゃんがあたふたしている。
「『キーコ』でいいよ、ガフンちゃん」
そう言って森野さんはにっこり微笑んだ。
「初めて話しかけてくれたね、嬉しい」
あたしが耳元で教えると、ガフンちゃんは教えた通りに、元気よく言った。
「キーコチャン、オハヨウ!」
「はい、おはよう」
森野さんは嬉しそうに笑い、優しく首を横に傾けた。
さすがはクラスで人気1位の座を争う美少女だ。人当たりが堂々としていて、柔らかい。
でも……ごめんなさい。このガフンちゃんは、あなたを軽く凌ぐほどの、非現実的なほどまでの美少女なんです、実は。
あたしがそんなことを思っていると、ガフンちゃんがまたタッと駆け出した。もうすぐHRだ! 時間がないぞ!
ガフンちゃんは知ってか知らずか、森野さんと人気を争うもう1人の美少女、西園寺緑子さんの席の前で立ち止まった。おいおい……名前、難しいぞ? 大丈夫か? そう思っていると、ガフンちゃんが言った。
「ハロー! オハヨウ!」
「あたし……ハローさんじゃないんだけど?」
西園寺さんが冷たい口調で言う。
さすがはクールビューティーの異名をとる美少女だ。
「西園寺さん、おはようって返さないと、離してくんないよ?」
あたしが言うと、西園寺さんはその冷たい視線をあたしのほうへ向けた。
「須々木さん、もしかして中国語、喋れるの?」
喋れないです、と返そうとするあたしの言葉を遮るように、
「汚い言葉、教室に撒き散らさないでくれる? あたし、中国嫌いなの。教室が壁のないトイレになったみたいで臭くなるのよ。喋ってもいいけど、あたしの聞こえるところで喋らないで。そいつにも言っといて。ここは衛生観念の行き届いた、綺麗な、日本の教室なんだから」
西園寺さんの話が長いので、イライラしたあたしはつい、彼女の前で観音扉を開いてみせた。ガフンちゃんの前髪を後ろから、ぱかっと開き、その非現実的美少女の顔を、西園寺さんに晒した。
「はうっ……!?」
クールビューティーの表情が崩れた。
ガフンちゃんが「ぶやっ! ぶやっ!」みたいに言いながら恥ずかしそうに髪を戻すとHR前のチャイムが鳴った。
西園寺さんが切れ長の目をまん丸くして、去って行くガフンちゃんを熱っぽく、視線で追っていた。
それにしてもどうして急に日本語を喋る気になってくれたんだろう?
あたしがしつこく教えた理由をわかってくれたのかな?
気持ち……通じたのかな?




