ガフンちゃんは日本語を覚えたい
マイちゃんにラーメンを少しずつあげたお返しに、マイちゃんのたまご御飯定食から唐揚げを1個貰って3人で食べた。
まずガフンちゃんに齧らせてからウルちゃんが齧り、残った小さすぎる唐揚げをあたしが口に入れた。
休みの日は楽しく過ぎた。
山の上の小動物園で4人で遊んだ。
着ているピンクの法被みたいな服が紙に見えたらしくて、ヤギに裾を食べられそうになってガフンちゃんが慌てて飛び跳ねた。
網の間からガンガン鼻を突き出して来るヒツジの目が怖くて「夜寝る時使えなくなった!」とウルちゃんが文句を言った。
よだれかけみたいな月の輪のある大きなクマさんがのそのそ動くのが可愛すぎたらしくて、マイちゃんが熱に浮かされたように中に入って行こうとするのを係員さんに止められた。
みんながニンジンをあげるのでウサギがお腹いっぱいになってた。あたしがいくらニンジンを目の前に差し出しても冷めた目で見て来る。ウサギがゲップをするのを初めて見た。
4人でただ歩いているだけでも楽しかった。
なんにも遠慮はいらなくて、ガフンちゃんも言葉はわからなくてもとても楽しそうに見えた。
一緒にいて笑ってるだけで、あたし達も楽しかった。楽しいことには言葉なんていらないのかな、とか思った。
でも、本当に日本語を覚える気がないのかな。
まだ「コニチワ」ぐらいしか聞いた覚えがない。
月曜日の朝、あたしがバッグの中身を整理していると、ガフンちゃんが笑顔で教室に入って来た。
「あ。おはよ~、ガフンちゃん」とあたしが言うと、
「ざお~」といつものように返って来る。
あたしは椅子の上にお尻をすべらせて回し、隣の席に座りかける彼女のほうを向いた。
女教師のような口調で、
「ガフンちゃん。お・は・よ・う」
と、教育するように言う。
ガフンちゃんは頭の上にハテナマークをつけて、構わず座ろうとする。
その手首をぎゅっと掴んで、あたしは厳しく返事を求めた。
「お・は・よ・う。はい、リピート」
「あんま、こんま、ごましおー」みたいなことを言いながら、ガフンちゃんが笑う。どうやらあたしが何か冗談を言ってると思っているようだ。
ハァ、とため息をついて、あたしはその場は諦めた。
国語の小テストがあった。
解いたあと、隣の席の人と答案用紙を交換して答え合わせをする。
ガフンちゃんは当然のように0点だ。っていうか何も書いてない白紙のままだった。
答えを言う先生の日本語も当然わからず、ガフンちゃんに渡したあたしの答案用紙も、赤い○もレ点もなく、そのまま返って来た。
先生は無責任にガフンちゃんが落ちこぼれて行くのを放置している。
大体彼女の親は、何を思って言葉の通じない学校に娘を放り込んだのだろう。
これはあたしが何とかしないといけない、と思った。
っていうかガフンちゃん自身は何を思っているのだろうか?
彼女にどうにかする気がなければ、あたしが頑張ったってどうにもならない。
英語や数学なら日本語がわからなくてもどうにかなるかと思ったら、これもダメだった。
英語に訳すべき元の日本語文が読めないし、問題文も読めないから何を聞かれているのかがわからないらしい。
数式だけの問題ならわかるかと思ったが、新しく習うことだから解き方がわかっておらず、ガフンちゃんが何をしに学校に来ているのか謎なほどだった。
英語の先生だったら英語で説明できるだろ、と思っていたのだが、英語の坂下先生はどう見てもガフンちゃんから逃げていた。
もしかして坂下先生、英会話に自信がないのだろうか。
このままじゃダメだ。
友達として、何とかしなければ。命を助けて貰った恩もある。
とりあえず日本語さえわかるようになれば、授業について行くことも出来るはずだ。
でもどうしたら?
うちの旅館は外国人のお客さんが多いとはいえ、外国人に日本語教育を施した経験なんて、あたしにはもちろんない。
とりあえず50音からだ。
あたしはノートに幼稚園児が使うような50音表を自作し、それをガフンちゃんにプレゼントした。
ガフンちゃんはそれをメッセージカードを貰ったのかと誤解したようで、渡した時にはとても喜んでくれた。
「ガフンちゃん?」
あたしは最初の文字を指さし、
「あ」
と言った。
「ア!?」
なんだとこのヤロー、ア!? みたいな「あ」が返って来た。
あたしは次の文字を指さし、言う。
「い」
「アア!?」
今度もまた、前よりこのヤロー度が高くなって「あ」が返って来た。
「『い』だよ? 言ってごらん? い」
あたしがしつこく言うと、
「にゃんにゃんよー! やんやんよー!」
みたいに嫌がって首をぶんぶん横に振り、唇を尖らせて自分の席に着いてしまった。
だめだ、これ。
ガフンちゃんは日本語を覚えたいんだと思ってたのに……
ガフンちゃん日本語を覚えたい?(はてな)になってしまった。




