転校生ガフンちゃん
HR前の教室がざわついていた。
「おい、転校生入って来るんだってよ」
「男子かな? 女子だったらいいな」
「女子らしいぜ」
「お、やった! 可愛いかな」
「それが……」
噂をしているとその子が先生について教室に入って来た。
背が高い。が、猫背だ。
真っ黒な髪を幽霊みたいに垂らし、顔がよく見えないが、陰気な感じだ。
先生が彼女の紹介をする。
「今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、徐・雅雰さんです。彼女は台湾人ですので日本語が喋れません。でも仲良くしてあげてくださいね。はい、徐さん、挨拶を……」
先生が促すと、彼女はとても小さな声で、言った。
「こ、コニチワ。わ……、ワタシは、しゅ……○×□▲☆……」
「わかりませーん」と、クラス1お調子者の谷くんが大声で言った。
クラスがどっと笑う人と谷くんを睨む人とで割れた。
「こらっ、谷くん!」
先生が彼を叱る。
「彼女は親御さんの都合で日本に住むことになったんです。言葉はみんなが教えてあげてください。決して、差別など、することのないよう、お願いします」
「はーい」と半数ぐらいが声を上げた。
「では、須々木さんの席の隣が空いていますね。須々木さん、立ち上がって、徐さんを案内してあげてくれますか?」
「はい!」
あたしは元気よく立ち上がると、彼女に笑顔で『おいでおいで』をした。歩いて来る彼女に机を叩いて『ここだよ』と教える。
隣に座った彼女の横顔を見た。
おお、綺麗な娘だ。
暗い印象が邪魔してるけど、白いのに健康的な肌の色、何も塗ってないのにピンクの唇、そして前髪で隠れてしまっているけどくっきり二重瞼の目がマンガみたいに可愛い。
「あたし、須々木有紗だよ。よろしくね!」
話しかけると、びっくりしたようにこっちを見て、口に手を当てた。その手を横にぶんぶんと振る。『日本語わからないから』というジェスチャーらしい。あたしは構わず、続けて話しかけた。
「外国人の友達、欲しかったんだぁ! 友達。わかる? トモダチ」
彼女が恥ずかしそうに、笑ってくれた。意味はもちろんわからないだろうけど、フレンドリーに話しかけられるのが嬉しいみたいだ。
「ポンヨウマー?」みたいな言葉を喋った。
台湾語はもちろんまったくわからないけど、彼女が喋ってくれたことが嬉しくて、ウンウンうなずきながら、あたしはもっと笑った。
「ガフンちゃん」
彼女の名前を呼んでから自分を指さし、
「アリサ。アリサだよ」
もう一度名前を教えた。
「Alissa?」
なんかアメリカ人みたいな発音で呼ばれた。
「Is your name alissa?」
そうか。英語は世界共通語!
英語で会話すれば言葉の壁などないも同然だ!
……なんて言えるような英語力は、英語毎回40点以下のあたしにはなかった。
しかし、どういうつもりなんだろう。
彼女の両親は、なぜ娘を言葉の通じない日本の中学に入らせたんだろう。
言葉がわからないのに勉強、追いつけるんだろうか。
あたしはとにかく外人が好きだ。
英語の成績は前も言った通り惨憺たるものだけど、洋楽は大好きでいっつも聴いている。あたしの英語の成績が悪いのは、授業の英語と生きた英語がまったく違うからなだけだ。←ここツッコむとこ
特に好きなのは白人や黒人だけど、アジア人も仲間って感じがして好きだ。
なんていうか、憧れる。どこかあたしと違う容姿を持っていて、あたしと違う世界を持っていて、ファンタジー世界の住人みたいに見える。
通じない会話を交わしただけで、狭い日本を飛び出せたみたいな気になれて、知らない異国に連れて行ってもらえた気分になれる。
気さくに話しかけたあたしをコミュ力が高いと見るのは間違っている。慣れてるだけだ。
うちは旅館をやっている。小さな田舎町ながら、白壁土蔵群を観光の売りとし、古き日本の情緒を残す我が町──鳥取県倉吉市は、観光名所として海外にもそこそこ名が通ってるらしく、外国人の宿泊客が多いのだ。だからあたしは小さい頃から外人さんに慣れ親しんでいた。
外人のお客さん達の素行が悪ければあたしも違う子に育っていただろう。しかしみんなフレンドリーで、お行儀もよく、日本人の大人と話すよりも面白かった。彼らはまるで楽しい外国映画の中から飛び出して来たキャラみたいだった。
つい最近のことだが、駅に隣接するショッピングモールに買い物に行った時、エレベーターが動かなかったことがあった。10人ぐらい乗り込んで、誰も目的の階のボタンを押さずにぼーっとしていたのだ。停まっているエレベーターの中で、みんなが目的の階につくのをバカみたいに待っていた。
ボタンに一番近いところに、どこの国の人かはわからないが、白人の男性がいて、その人がボタンが押されていないことに気がつき、オーバーリアクションでこう言った。
「オー! ペラペ~ラ! ペラペ~ラ! はっはっは!」
そう言いながらお茶目な動作でボタンを押したその人に、みんなが笑顔になった。こういう時、日本人でもエンタメ力の高い人なら、漫才のツッコミみたいなことを言ってみんなを笑わせるだろう。でも、言葉が通じてないのに、リアクションとはっきりした声と喋り方でみんなを笑わせたのは、外国人ならではだなぁ、とあたしは思った。
慎ましい日本人であるあたしは、あのコミュ力みたいなものが羨ましい。羨ましいから、真似をしているだけだ。そして外人さんに慣れているだけだ。
国語の時間、ガフンちゃんが教科書を立てて、それと睨めっこをしていた。
覗き込んでみると、やってるとことはまったく違うページを開いている。
「どうしたの? なんか興味あることでも書いてあるの?」
聞いてみると、ヤンヤンヤー、ブッブッブーみたいな言葉が返って来た。
困った表情をしているので、正しいページを開き、ここを今やってるんだよと教えてあげると、笑ってくれた。貞子みたいな前髪の中でマンガみたいな目がやっぱり可愛かった。