一話
「諸君は、この学び舎での四年間の活動を終え、各々の将来に足を踏み出すことに……」
壇上では、校長が卒業生へのスピーチを行っている。自分もこのメッセージの対象になっているはずなのだが、まったく響いてこない。俺が将来のことを考えていないからだろうか。それとも、話している内容が去年の卒業式で聞いた内容とほぼ一致しているからだろうか。
「……以上」
なんて考えていると校長のスピーチが終わった。
周りの拍手に混ざり拍手をしていると、やっと「ああ、卒業しちゃうんだな、俺」という実感がわいてきた。
〇
卒業式が終わり、荷物をまとめて寮からでた俺、ケイルは、馬車に揺られ実家に向かっていた。
実家は田舎で学校がなく、親の勧めから12歳の時に都市に単身で渡ってからはや四年。俺は成人年齢となる16歳になっていた。
都市で生活していく中で将来の目標が見つかるかと思っていたがそんなことはなかった。このまま順当に行けば、俺は実家の農家を継いで、華のない生活を送っていくことになるのだろう。別にその生活に不満があるわけではない。
だが、無気力な俺に活力と夢を与えるきっかけになれば、という理由で貯蓄を切り崩して学校に通わせてくれた両親のことを思うと、心が痛くなる。今俺の手元に残っているのは、都市で暮らし学校に通ったという事実と経験だけだ。
「はぁー……」
何となくセンチな気分になり、深くため息をつく。
「……はぁー……」
「……ちょっとお客さん、大丈夫かい?」
もう一度ため息をつくと、馬車の御者が心配そうな声音で話しかけてきた。歳は50くらいだろうか。
「え? だ、大丈夫って?」
「お客さん、馬車に乗ってからずっとため息ついてうつむいてるからさ。体でも悪いのかなって」
意識する前からため息をついていたようだ。恐らく御者にはこの世の終わりを見た人間のようにみえていただろう。
「す、すみません。体は全然健康です」
「そうか。ならよかった。じゃあ、悩みがあるのか? 確かお客さんは学校卒業したばっかりだったか」
「はい」
なぜこの人はこんなに話しかけてくるのだろう。俺なら、ずっとため息をついているような暗い奴に積極的に関わろうとは思わない。
「学校卒業したばっかりなら、今後のこととかで色々悩むだろうな。どれ、いっちょ俺に相談してみなよ」
「え、いいんですか? ……どうしてです?」
「なに、あっちに着くまでの世間話感覚で軽く相談してくれればいいんだよ。ま、ちょっと洒落た風にいえば、俺の仕事が人を導くことだから、かな」
確かに御者が客と話すなんて普通のことか。
にしても、御者の仕事が「人を導くこと」だなんて、本当に洒落た言い回しをするものだ。
〇
「……ということなんです」
俺は、御者に内心を吐露した。親の想いに報いれていない自分への自己嫌悪、大して大成もせず農家として一生を終えることに対する、嫌ではないけど満足もできない、中途半端な気持ち、そんな全ての悩みを内包した、フワフワした不安感。
「ふむふむ。結構こじらせちゃってるね、お客さん」
「うぐっ」
内心ちょっと思っていたのだ。なんか俺イタくね? って。いざズバっと言われると結構心にクる。
「ああいや、別に馬鹿にしたりってわけじゃあないよ。年頃の子にはよくあることさ」
そういうものなのだろうか。
「そうだなぁ。多分だけどお客さんは、まだきっかけとかチャンスとか、そういうものに出会えてないだけなんだと思うよ」
「というと?」
「都市での生活の中でも、それらしい夢とかを見つけられなかったんだろう? それは、まだ運命の出会いが訪れてないだけなんだ。人生は長いから、気長に待ってみるのもまた一興さ」
言わんとしていることはわかる。だが、頭では分かっていたとしても……
「それでも、焦ります」
四年の都市生活で出会えなかったその「運命の出会い」とやらが田舎での生活で見つかるとは思えない。
「そうだよな。その気持ちもワカル」
御者はうんうんと頷いている。
「じゃあさ、もいっこアドバイス。子供のころに抱いてたバカげた夢ってのは、今思えば案外叶えれそうなものばっかりだったりするんだ。ちょっと記憶を辿ってみてよ。子供のころの憧れとか夢とか、あるでしょ?」
夢……。
俺は目を閉じて考える。
都会人になりたい……これは達成した。
父のような農家になりたい……このままいけば自然になっちまう。
美人と結婚したい……いや、これはそういうことじゃあないだろう。
思い返してみれば、無邪気な子供のころから大した夢を抱いてなかったなと、あらためて実感する。
あとは、と考えたところで、ふと思い浮かんだ単語があった。
「……光の勇者?」
その言葉に御者がピクッと動いた。
「へぇ……?」
「子供のころに読んだお話なんですよ。光の勇者が世界を救うっていうベタベタな物語。一時期はそれに憧れてましたね」
懐かしい話だ。母がよく読み聞かせてくれた物語。人類に仇なす魔王と配下の魔族たちを、光の勇者である主人公が撃破していく、勧善懲悪の物語。
……今思うと俺は、心のどこかで「世界を救う」くらいのどでかいことをしてやろうと思っていたのかもしれない。それでいて、理性的にそんなの無理だと諦めていた。
……夢見るだけならタダだよな。
「なんだ? いい顔してるじゃないか」
「ええ、やっと自分と向き合えたって感じがします」
「ははは、結局すぐ自分で解決しちゃったみたいだな。力になれなくて悪いな」
「いえいえ! きっかけを与えてくれたのはあなたなので!」
「できた人だなお客さんは。じゃあ、お悩み解決の役に立てなかった分、一ついい言葉を授けよう」
「言葉?」
すると、御者は初めてこちらをチラリと見て
「チャンスは掴んで手放すな! だ!」
と言い、笑った。
〇
「じゃあ、色々とありがとうございました」
「おう、元気でなー!」
実家の村に着いた。辺りはすっかり真っ暗だが、道中は色々話したり考えたりしていて存外あっという間だった。
馬車に乗る前よりもなんだか心が前向きになった気がする。これからのことは、家に帰ってからゆっくり考えるとしよう。
「……なぁお客さん!」
「ん? どうしました?」
村に入ろうとすると、御者が話しかけてきた。。
「どうしたんです?」
「お客さん……いや、君は」
そこで気が付いた。先ほどまでと違い、御者の声が固くなっていた。顔を見ると、表情が強張っているように見える。
「……もしも、もしも今君の目の前に、世界を救う勇者になるチャンスが転がっていたとしたら、君は拾うか?」
「へ?」
「ああいや、例えばの話だ」
何だろうかこの質問は。さっきの話の続きだろうか。
俺は少し考えて
「……ええ、もちろんです」
と答えた。この人に教わったのだ。チャンスは掴んで手放すな、と。
「そうか……それじゃあ、君にこれをあげよう」
すると御者は懐から一巻の巻物を出してきた。
「これは?」
「これは導きの書だ。家に帰ってから開けてくれ。そこから先は君に任せる」
「へ?」
導きの書? なんじゃそりゃ。急に何なのだろう。
「俺は光の導き手の血統で、代々光の器に足りうる人材を見出し、導く役を担ってきた。器に足りうる人材を探すために御者になってから三十余年。気が付けば闇の襲来まであと四年となっていた。いよいよ俺も焦り始めていたんだが、そんな時に君が現れた」
そういうと御者は、ビシッと俺を指さした。
「……へ?」
「君に俺が与えられるのはチャンスだけだ」
「へ? え??」
だ、だめだ。怒涛の勢いに押され何も言えなかったが、固有名詞が何一つ理解できていない。この人は急に何を言い出しているんだろうか。
「そうだ、君の名前はなんだったか」
「け、ケイルです」
「そうか。ケイル。後は君次第だ。だが、俺は君に託すことにした。勝手なことだが、期待しているよ。じゃ」
「え、あ、じゃ、じゃあ……」
すべての疑問を置き去りに、御者は立ち去ってしまった。
「……さーて……」
手元を見ると、そこには導きの書と呼ばれた謎の巻物が。
「……どーすっかなぁ」
俺は、深くため息をついた。
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