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25 影が覆う

 王都のお屋敷に来てから。私は日々結婚式の準備に追われていた。大体の手筈は整っているのだけれど、いかんせん私自身が段取りとか、何がどういう風に支度されているのかとかを把握できていないので、最終確認も兼ねてスピカ様や皆に色々と教えてもらっている。


「ベガ。こちらが当日来ていただく方々の一覧です」

「分かりました、覚えますね」


 手渡された紙には十二星家として名高い家々の名前がずらっと並んでいた。どの家も、私の知り合いは居ない。誰がどういう顔なのかを知らないので当日はスピカ様に紹介してもらいながら、記憶した名前と一致させて覚えることになる。


(大丈夫かしら……)


 何せ、ひとつの家から少なくとも二人、多ければ六名も来ていただけるのだ。ご無礼のないようにしなくてはならないのだから、ハラハラしてしまう。とにかくやるしかない、と私は毎日一覧を唱えている。


 ベガ、という呼び方についてはその日の内に慣れてしまい、むしろとてもしっくりくるのでスピカ様がもっと呼んでくれないかとさえ思っている。名前を呼んでほしいとせがむと妙な子だと思われてしまうかもしれないので、思うだけにとどめてはいるけれど。


「結婚式まであとひと月かあ……」


 式で着るドレスを見て、独り言を言った。真っ白な生地に、小さな宝石がたくさん散りばめられている素敵なドレス。これに袖を通せる私は、間違いなく幸せ者だ。できることなら父や母にも見てもらいたかった。


「……私、しっかりやるからね」


 そばには誰も居なかったけれど、そう口にすると誰かの優しさに包まれているような、そんな気持ちになった。


 ◇◇◇


「どうするんだ! このままだとベガ様が本当にヴィルゴに嫁いでしまう!」


 王都の街の外れの小さな占い屋で、声を荒げる男がひとり。辺りは空き家で、声を気に留める人はいない。占い屋の店主はフードの下で笑いながら、興奮した客を「まあまあ旦那」と宥めた。


「二人の結婚を止めるには、声を上げてもらわないと。旦那みたいに」

「どういうことだ……?」

「旦那みたいにね、ライラ家のベガとアクイラ家のアルタイルは結ばれるべきだと考えている人はいるんですよ。あの話を遠いおとぎ話にしている奴らが多くて、あまり大声で言えなくなってきただけで」

「この星の名のもとに、僕らがこの時代に生まれたのだから、こんどこそ、僕らが結ばれなくてはならないんだ!」


 カガシと呼ばれた男は「そうですとも」と顔をフードで隠したまま大きく頷いた。


「世間にもそう思ってもらうんです」

「どうやって……?」

「ひひ、いつだって人は誰かの噂話で酒を飲んでいるもんです。ちょうどほら、劇場で今やってる——」


 ◇◇◇


「——舞踏会、か」

「婚礼前のこの忙しい時に」


 自分の言葉をしれっと続けたレグルスを、スピカは咎めるようにじろりと見た。レグルスはケロッとして「なんだよ、本心だろ?」と応える。スピカは小さくため息を吐いた。


「俺にも同じ招待状が来てる。キグナス家の毎年のやつだからな。俺は行くけど、お前はどうするんだ?」


 堂々とスピカの農林局局長室の机に腰を掛け、レグルスが訊いてくる。会うのはスピカがライラ領に出発したときに見送ってくれたとき以来だった。昼休み早々に部屋に入ってきたと思えば第一声が「無事帰ったんだな! よかったな! で、どうする?」だったのでスピカは脱力を禁じえなかった。


 スピカは繰り返される「どうする?」に対して少々考えた。


「お前が行くのか。ベガはできる限り式の参列者とは事前に会っておいた方がいいが」

「お、ついにベガって呼んでるの」


 案の定、名前の呼び方が変わったことに気づき、レグルスがにやにやとした。スピカはしれっと無視し、「忙しい最中だが、参加するか」と続けた。レグルスも無視されたことはさして気にせず「お、やったー。ついに婚約者殿に会える」と喜んだ。


「もちろん紹介してくれるんだよな」

「ああ。もしものときには盾になってもらわないと」

「はっははははは!大きな任務をくれようとしてくれてるじゃないか」


 豪快に笑い、レグルスは「任せろ」と腕を組んだ。


「それこそな、ちょっと冗談じゃないかもしれない」


 不意に声を落としたレグルスに、スピカは表情を変えず頷いた。


「そのことを丁度話そうと思っていた。不在の間にアルタイルが何度も訪ねてきたらしい」

「わあお。中々根性のある奴だな。厄介そう。苦手」

「本来なら当主に言うべきなんだろうが…。確か今はご病気に臥せって自領で療養中だろう。放っておいて面倒になっても困るから、今日アルタイルに会いに行ってこようと思っている」

「おええええ!? 一人で?」


「そうだが」と真顔でスピカが答えると、噛みつくようにレグルスが「俺も行く」と身を乗り出した。スピカは親友の反応に驚き、思わず目を瞬いた。


「お前が行っては変だろう」

「見えないところで控えてるだけさ。相手はあの伝説を信じ切っている信者だぞ?まともな話で終わると思うか?」


 信者——レグルスが再三「気をつけろ」と言っている存在。それは、『ベガとアルタイル』の話が報われるように実現することが後世の使命だと主張する者のことである。それを唱える者の数はごく少数だが、稀にアクイラ家やライラ家の一族に強く主張する者が出てくる。


 少数と言えどもその考えが絶えないのは、偶然代が重なってベガとアルタイルが結ばれる年回りになったとしても、何らかの理由で結局二人が結ばれることはなかったからだ。


 次こそは必ず、と先祖が子孫に願い残していった結果なのだろう。


「ライラの方に、今アルタイル家との結婚を望む輩はまず居ない。お前にしかベガは任せられないと思っているはずだ。でもアクイラ家はそうじゃない。当主は現実主義者でも、息子はどうも違う」

「そう、だな」

「本音を言うと、相手なんかするなと言いたい。でもお前の判断にケチをつけるつもりもない。よし、俺は俺の判断でお前についていく!」


 喋っている間に決断したのか、レグルスはビシッと言い切った。スピカはしばし言葉を失い、やがて苦笑いを浮かべた。


「……流石、軍の一員だな」

「本当にね!今時王宮を襲撃しに来る奴なんか滅多に居ないんだから!それよりも話の通じない奴が一番厄介なんだから!」


 レグルスは大仰に嘆き、出てもいない涙を拭うふりをした。レグルスがまとめる近衛が慌てる場面は平時殆ど発生しない。もしもそんな事態になれば大事、という世の中は平和と言えよう。しかしその代わり、近衛の持ち場以外ではしばしば揉めていると聞く。レグルスもよく呼ばれて場をおさめに行っていると聞く。


 スピカは友人を頼もしく思い、そしてその申し出をありがたく受けることにした。


 守るべきはベガだけではない。スピカが居なくなることだって、信者にとっては好都合なのだから。


お読みいただき、ありがとうございます!


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