23 今度こそ
その日は皆で集まって、私がどうしていたかスピカ様にお話しして、笑い合って、それはそれは楽しい夕食だった。食事の後も、私はスピカ様と部屋で二人お茶を飲みながら私が畑で動き回っていたことや、領地の人々と仲良くしていたことを語った。
スピカ様はずっと優しい顔をして聞いてくれていた。
「私が思っていたよりもずっとあなたが元気に過ごされていて、嬉しくなりました」
一通り話し終えると、スピカ様はそう言って私の頬を撫でた。私は少し恥ずかしくて目を逸らしながら、スピカ様のおかげだと伝えた。
「あなたと出会ってから、私は私が好きになりました。いえ、好きになれる私になれました」
「……それは」
スピカ様は私を腕に閉じ込めた。近くから声が聞こえ、ドキドキする。
「あなたが健やかであろうとしたからです。私は、願っていただけ。あなたがそうあれますようにと」
「……ありがとうございます」
「今度こそ。一緒に参りましょう」
「はい……!」
私たちはしばらくそうして互いの鼓動を聞き合った。どちらがどちらのものか分からない。ようやく会えた。ここにあなたが居る。その存在を確かめるように、私はぎゅうとスピカ様に回した腕に力を込めた。
ライラ領から出発するのは二回目となった。一回目の時は殆ど逃げるように出てしまった。誰一人として笑顔の人は居ない、大混乱の出立だった。けれど、今度は。
「ベガ! 元気で! また直ぐ王都に行くからな!」
コータス叔父様が大きな声で叫びながら手を振る。また王都に行く、というのは結婚式のためだ。式は王都の聖堂で行われることになっている。だから遠くない未来にまた叔父様やジェイドさんには会える。
私は叔父様や、領地の皆に向かって目いっぱい声を張った。
「ありがとうございました! 行ってまいります! どうか故郷をよろしくお願いいたします!」
皆からワッと声が返ってくる。胸がいっぱいで、涙がこみ上げてきた。
「名残惜しいですが、乗りましょうか」
「はい」
スピカ様に優しく促され、私はヴィルゴの馬車に乗り込んだ。馬車の窓の外の皆に手を振る。
「さようなら!」
馬車はゆっくりと動き出した。早くここから離れたいと思ったあの日とは違い、今は遠ざかることが寂しい。私は皆が見えなくなるまで、ずっと窓に張り付いていた。
「……大丈夫ですか」
やっと私が席にきちんと座ると、スピカ様が眉を下げて尋ねた。私はまだ泣きそうだったので、口を結んだまましっかりと頷いて応える。
「式でお会いできるのが楽しみですね」
「……」
また声を出さずに返事をする私に、スピカ様は柔らかい表情を向けた。
「王都には、ディールとロゼットとエリザとアンソニーを呼んでありますので。こちらも懐かしい顔ぶれでしょう」
私は嬉しくて思わず目を瞬いた。その四人にはヴィルゴのお屋敷で最もお世話になった。また彼らと一緒に居られる。何て頼もしいのだろう。
「あの……おじい様は」
もう一人、忘れてはいけない人がいる。ザニアおじい様だ。優しく厳しく私を可愛がってくれた。畑に連れ出し、お茶を共にし、庭で咲いたとお花をたくさん持ってきてくれたおじい様。
「お祖父様は……式にはいらっしゃいますが、領地に残られます」
「そう、ですか」
「聞いていますよ。仲良くしてくださっていたと」
「い、いいえ!よくしていただいていたのは私の方です!…そうですか、私、きちんとお礼が言えなかったのです。お手紙をたくさん書いて、式の時にもちゃんと……」
不意にスピカ様が「ふ」と声を漏らして笑う。どうしたのだろうと様子を窺うと、スピカ様は「失礼」と言って口元に手を当てた。
「妬けるくらいに仲良しですね」
「妬っ……⁉ いえ何をそんな⁉」
私とおじい様はいわば孫と祖父、いや師匠と弟子。私とスピカ様との関係とは違う。私はスピカ様が何を言い出すのかと驚いた。あからさまに慌てた私に対して、スピカ様はまたゆるりと笑いながら首を横に振る。
「他愛のない冗談です」
「じょうだん……」
「よいことです」
「??」
スピカ様は席を私の隣に移すと、満足そうに笑みを湛えながらこちらに体を寄せた。肩がくっつき、少しの重みを感じる。
「よいことです」
繰り返される言葉に、私は「はい」と頷いた。よかったと、私もそう思う。
◇◇◇
ライラ領から王都までは五日かかる。途中で宿をとりながら、私はついに王都に辿り着いた。街を囲む城壁が遠くに見えたときには、それだけで何て大きいのだろうとびっくりした。
堅固な城壁の門をくぐり、馬車は街に入った。街には石畳が敷かれていて、馬車が動く振動の感じが変わった。そして立ち並ぶ家々、明るい色のレンガ、いろんな店の看板が見える。
(た、建物がこんなに…!人もこんなに…!多い!大きい!)
初めて見る光景に圧倒され、私は言葉が出なかった。街はスピカ様の手紙に書いてあったように、どこもかしこも賑わっている。すごい、街自体がお洒落だし、行き交う人も、お店も皆キラキラして見える。
「…! …!」
目と口を開けて人様に見せてはいけない顔をしていると、スピカ様は「申し訳ない」と言って馬車の窓のカーテンを閉めた。私はハッとして青くなった。
「す、すみません! はしたない顔を!」
世間に公開してはいけない顔をしていたことを謝ると、スピカ様は苦笑した。
「いいえ。あなたが驚いていることとは別です。外が見えなくてつまらないかと思いますが、人が多くなってきたので、王都の貴族らしくさせていただきました。王都では中に乗っている人間を外から見えなくします。紋章が書いてあるのでどこの家かは分かるのですが」
「そういうものなのですか」
「ええ。不用意に顔を覚えられない方がいいということもありますので」
「成程……」
「街は今度、きちんと案内しますね」
外が気になるが仕方がない。スピカ様が言ったことに異論はないし、私も間抜けな顔を見られてはよくない。十二星家のヴィルゴの妻が、だらしないと言われてはならない。
(背筋が伸びるなあ……!)
妻としての私の務めはこれからだ。
カーテンが日の光に透ける。ぼんやりとした影だけが映っている。私はその影を見つめ、王都の街に思いを馳せた。
お読みいただき、ありがとうございました!




