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人魚ではない方の姫

作者: まる

人魚姫は悲運なお姫様。

人間の王子に恋をして、声と尾ひれの変わりに足を手に入れ人間になったのに自分があなたを助けたのだと伝えられずに助けた姫と結ばれた王子様。

王子様を殺せずに自ら泡となって消えた可哀想な人魚姫。

王子様と結婚したあの人は人魚姫から王子様を奪ったひどい悪女。

でもそれは人魚のはなし。



マリアンヌはワークマー公爵家の4人兄妹の2番目としてなに不自由なく暮らしていた。父譲りの亜麻色の艶やかな髪、母譲りのエメラルドグリーンの瞳。穏やかで優しい風貌の中にも凛とした美しさがあり一つ一つの所作も美しく聡明な彼女は多くの令嬢、令息の憧れであった。

兄エドワードは次期公爵に相応しく聡明で優しく穏やかな気性から領民からも慕われ、弟のアーサーは体格も良く利発で剣技にも優れ騎士団の中でも頭角を現し、少し年の離れた妹のフランソワも明るく可愛らしい。まだ七歳ではあるがダンスや歌の才に優れ妖精のように舞う姿はマリアンヌはもちろん人々の心をなごませた。童話に興味を持ってからは毎晩マリアンヌが短い本を一冊読み聞かせてから眠るのが習慣となった。父母も家柄だけではなく人柄や仕事の丁寧さ、誠実さから貴族や領民だけではなく他国の商人からも尊敬され、慕われていた。

マリアンヌ自身も家族のことをとても誇りに思いいずれは家と家を繋ぐための家格の元へ嫁ぐのだろうということを幼い頃より頭に思い描いていた。妹に物語を読み聞かせる度に本の中のような運命的な出会いに夢を馳せることが全くなかったかと問われるとうなずきがたくもあるが公爵家の息女として夢と現実の区別はしっかりとついていた。


昨晩は王宮でこの国の第一王子の生誕祭が行われたためワークマー家をはじめとする貴族、隣国からの来賓が多く招待され生誕祭のために貴族たちは領地から王都のタウンハウスに数週間前から滞在していた。

何日もかけて準備を施した生誕祭は華やかで豪華絢爛であり、自国の豊かさを象徴するものではあったがそこに主役である皇太子は現れず、多国の王公貴族に自国の王子の自覚のなさや愚かさを披露するものとなってしまったことにマリアンヌをはじめとする貴族子女子息は落胆の息を吐き、貴族院の大人たちも頭を抱えることとなった。

昨晩のことを思い出すと再び頭痛が起こりそうではあるが、海に近い王都へ来たのだ。

領地に戻る前に浜辺を散策し、貝や木材などの調達をしたいと思い朝早くに侍女と護衛騎士2名を連れて海岸へと向かった。

芸術を愛していたマリアンヌは自然のものを使ったアートを作ることにはまっていた。

一つ一つ形や色が違うそれらを組み合わせていくことで新しい一面が見えてくることが楽しく、自然の暖かみを感じられるからだ。

本人の自主性を重んじる家庭ではあったが教育面では全くの甘えはなく常に高い水準の教育を行われていく合間に芸術や自然と触れあうことは唯一の癒しの時間であった。


「思っていた通り!これは宝の山ね!」


打ち上げられた海草や漂流物を見てマリアンヌは目を輝かせた。昨夜の嵐で多くの流木が浜に打ち上げられ、中には瓶なども流れ着いていた。


「あまり大きな箱は用意しておりませんのでほどほどにお願いしますね。」


「わ、わかっているわ。」


冷静に釘を刺され少し肩を落とし、ちらりと声の主を見た。幼い頃から自分の身の回りの世話をしている侍女のリリーには頭が上がらない。

素材を余らせたり部屋を木屑だらけにしてしまった時の彼女の顔は忘れられないほど恐ろしかった。


気を取り直して辺りを見渡すと少し向こうに大きな流木が見えた。


「まぁ!あんなに大きな流木があるなんて!」


嬉しさのあまり駆け出した。後ろから「大きな流木なんてどうやって持って帰るんですか。」と苦言が聞こえてきたがここは聞こえないふりだ。

だが、近くまで行くと少しずつ何か違和感がある。良く見るとそれは流木ではなく、


「人よ!人が倒れているわ!!」


その声に護衛は足を速めたがマリアンヌがたどり着く方が早かった。


「しっかりしてください!大丈夫ですか?」


彼女は倒れていた人物の頭を抱え、声をかけると小さな呻き声が返ってきた。


「水を!!それから馬車を近くまで呼んで!」


「はい!」


騎士から水筒を奪うように受け取りゆっくり倒れていた人物の口に含ませ顔についていた砂等をハンカチでふいた。少し呼吸が安定してきたことに安堵し、その人物を良く見るとかなり上質な衣類に身を包んでいることがわかる。

白く陶器のような肌にスッと通った鼻筋、薄い唇は冷えたからか紫色に変色しているがとても形がいい。太陽の輝きを移したかのような金色の髪、そして首元にはブルーダイヤのネックレスがかかっていた。


「この方は・・・・、」


ウィリアム・フォン・ルードヴィヒ、この国の皇太子殿下。市中にもしれわたるほどの大うつけものと有名で公務に参加することはほとんどなく、年の近い貴族との交流を計った茶会やパーティへも席をはずしていることがおおい王族きっての変わり者。

昨日宮殿で行われた自身の18歳の成人を祝うパーティにも参加していなかった彼が早朝の海岸にずぶ濡れで倒れていることに困惑していると意識を取り戻したのか王子が薄く目蓋をあげた。

それは首にかかったブルーダイヤと同じ輝きをもっていた。


「・・・・君は?」


「大丈夫です。今、馬車の用意をしておりますのですぐに王宮へお送りいたします。」


安心させるように語りかけると皇太子はすぐに目蓋をおろした。

呼吸は安定しているから眠ったのかもしれない。名前はあえて答えなかった。

自身の成人の誕生祭にも現れない変わり者の皇太子と繋がりを持つことはしたくなかったからだ。

せっかくの息抜きのはずがとんだことになってしまった。

皇太子のことは後は騎士に任せることにし、馬車がなくなってしまったので護衛が乗ってきた馬で帰路についた。

簡素な服装ではあったが乗馬服ではないスカートはとても動きずらかった。


家について着替えを終えると息をつく間もないほどの忙しさでレッスンが執り行われた。普段であれば朝のあの時間に心と体の休息ができていたはずなのにという思いを胸に秘め、心の中でため息をついた。


ワークマー家では特別なことがない限り家族揃って晩餐をする。家族の繋がりを大事にする両親の考えだ。いつもは和やかな雰囲気で執り行われるこの晩餐が、今日は少し重苦しいものに感じるのは、父、兄、弟そして執事長までもが暗い空気を背負い眉間に濃い皺を寄せうつむき、時折深いため息を吐いていたからである。

その雰囲気に幼いフランソワも心配そうにチラチラと顔色をうかがっている。


「お姉様。お父様もお兄様もどうなさったのかしら?」


「わからないわ。」


国内外でも指折りに優秀な彼らがこんなにも感情を露にして不安と苛立ちを出していることは初めてであった。彼らをこんなにも悩ませることがあるなんて、もしかしたら公爵家いや、国の存亡に関わる事態に陥っているのでは?とマリアンヌが顔を青くさせていると穏やかな口調で、母ダリアが口を開いた。


「楽しい夕食の時間に我が家の男性人はどうしたの?もし何か不安があるのなら話してみてくださらない?力になれるかはわからないけれど人に話すことによって悩みを整理して解決の糸口を見つけるヒントが見つかるかもしれないわ。」


母は現皇帝の従姉妹に当たり王家に多い金色の髪にマリアンヌや兄エドワードと同じエメラルドグリーンの瞳はより深い色味をもつその目は悠然とした輝きをもっていた。

父は大人の話しは幼い子供に聞かせるものではないからとフランソワをメイドと共に下がらせ重い口を開いた。


「・・・・皇太子のことだ。」


父、ロナルド・ワークマーのワインレッドの瞳は常に人々を魅了する美しさがあり宰相として優秀な彼は既婚者で40代であるが多くの女性の憧れであった。


「昨晩の生誕祭の事でしょうか?・・・・それともまだ何か?」


「まぁ、それも関係している。なんでも昨日は王宮で執り行われる生誕祭に参加せずに自身で船を借り楽団を呼び船上パーティーをなされていたそうだ。」


「!?」


船上パーティー?深夜にはすごい嵐で波が荒れていたのに!?自国、多国の重鎮が自分の誕生祭のために参列したパーティをすっぽかして?呆れてものがいえないとはこの事だ。だから今朝海岸に王子がいたのか。と変に納得してしまった。


「夕方はとても穏やかな天気だったから波の様子から深夜には嵐になることを船着き場の者たちが伝えて止めたそうだがこんな天気のいい日に嵐が来るわけがないと聞く耳をもたず出航したそうだ。」


エドワードが父の言葉に付け足すようにそう答えた。


「で、案の定嵐にあって王子を含め乗船していた5名が波で押し出され、報告を受けた騎士団は捜索の命を受け波、風の向きから計算し想定される浜辺、および付近の海を捜索し無事4名を保護救出。」


その話を聞き、マリアンヌの中にひとつ疑問が浮かぶ。


「・・・・でも、私が皇太子殿下を発見したときには回りに騎士団と思われる人はおられませんでしたわ。」


「そう。だから我々も驚いた。お前が王子を見つけたところはその計算から明らかにはずれた場所で船の位置や風向きや波からそこへ流れ着くことはありえないんだ。王子以外の乗船者は救出できたがお前が今日あの時間にあの場所にいなければ王子の発見は著しく遅れ海の水や夜風に冷やされ意識を失ったままでいたなら低体温症や脱水から命が危ぶまれていただろう。」


「っ!」


それを聞いてぞっとした。いくら奔放な王子であったとしても王族、それも王位継承者第一位である皇太子が命を落としていたら国家を揺るがす。

この国の学者も騎士たちもとても優秀だ。

その彼らが波や風、船の位置から遭難者の位置を割り出すことを予測しあえて見つからないよう王子を別の離れた海岸へと放置したものがいたとするならば大変な国家反逆罪。

皇太子殺害の罪にとわれる事となるだろう。

また、そのようなものがいるのだとするなら各国の重鎮、国内の貴族に危険が及ぶ可能性もあるがもしかしたらその中に今回のことを企てた犯人がいるかもしれない。

そうなれば各国の国賓や貴族達を国や領地に帰すことも出来ない。

国の中枢を担う仕事をしている父や兄弟達が頭を悩ませる理由がわかった。


「・・・・しばらくはタウンハウスで過ごすことになるだろう。」


「わかりました。これまではパーティの準備で忙しかったのですから、少し王都を満喫することにします。娘達のレッスンも王都で出来ますし。家のことはお任せください。」


「ありがとう。」


_____


________


あの事件から数日後、王都はある噂で持ち切りとなっていた。それは皇太子がどこからか連れてきた若い娘を囲い、人目も憚らずそばに連れ遊び歩いているというものであった。

そのような噂は、王家への侮辱ともとらわれかねないがどうやら事実らしくタウンハウスに在住中の数々の貴族が2人が馬車に乗り出歩く姿や買い物をする姿を見ている。その娘は夕陽を海に溶かしたかのような赤い髪に深い蒼い瞳、健康的な褐色肌の珍しい色味をもった美しい少女だという。


ワークマー家を含め多くの貴族が危機に備え怪しい動きの者はいないか懸命に調べ領地に戻ることも出来ずに仕事に追われているというのに当の王子が遊び回っているなんて。

それも得たいの知れない若い女性を身辺に侍らせているなんてどれだけ危機管理能力が低いのだろう。

貴族市民達の思いはただひとつ、子供だけは作ってくれるなという思いだ。

皇太子が即位した後の後継者争いの火種になりうる。まかり間違ってそのままその得たいの知れない少女が皇太后となったなら国はどうなってしまうのだろうかと皆が胃を痛めた。


しかし、いくら皇太子と言えど王宮内での全ての最終決定権は陛下にある。

皇太子の愚行が目立つが国王陛下はとても聡明な方だ。そんな陛下や后妃が得たいの知れない少女を宮殿内に住まわせ、王子の身辺にいることを許可しているのは何故だろう?もしかしたら目に見えている愚行に惑わされているのかもしれない。


次期国王が愚者であった場合に得をするもの、損をするものが現れる。それによってわざとすり寄り愚行を進めさせ国家権力を得ようとするものや陥れるもの、馬鹿にし見下すもの、愚者であることをいいことに自国の情報を他国に流したり国民に不安や不満の元を植え付けるもの、そして国家のために自らの損得ではなく進言するものにわかれる。

もしかしたら国王陛下はそれを見極めようとしておられるのかもしれない。でも、あえてそんなことをするのだろうか?ただの考えすぎかもしれないが一応父にこの考えを伝えることにした。


自身の考えを伝えると父は口の端だけを上げニヤリと笑い「流石私の娘だ。」と言った。この国をあげての茶番は10年前、王子が8歳の頃から行われていたらしい。

始まりは父がまだ宰相になる前、皇太子の家庭教師をしていた時に幾度も授業を抜け出しサボり、毎度城中を探し注意をしそれでも全く反省の色を見せない皇太子にうんざりしながらも根が真面目なため永遠と繰り返すなかであることに気づいた。

それはサボっている様、注意される様をあえて大臣や貴族、当時の宰相に見えるようにしていた。偶然かとも思ったが毎回それらのうちの誰かがいることに不自然さを感じた。

サボりたいのであれば普通は誰にも見つからないようにするし注意されているところなんてなおのこと。そんな疑問を抱えていたある日宮中で当時の宰相と王子、それから大臣が談笑している姿を見つけ咄嗟に近くの柱に身を隠しどの様な対応をしているのか探ろうとした。

一介の家庭教師である自分よりも地位が高く王の側近に当たる者の方が王子に上手く注意を促すことが出来、王子も耳を傾けるのではないかと思ったからだ。しかし、宰相も大臣も王子をいさめることなく甘言を吐き王子を見送ったのだ。その様子にひどい頭痛を覚えた。王子の間違いを誰もいさめることなく甘言を吐き、手のひらで動かしやすい愚者をこの国の貴族は作ろうとしているのかと。王に謁見しようとも思ったが中枢を担う役職の宰相、大臣よりも自分の申し出を信憑性のあるものととらえられるとは限らない。むしろ他にも宰相側の人間が多くいるのなら自らの地位だけではなく家族の身まで危ぶまれる。王子に伝えようにも幼い子供にとって苦言を吐くものよりも甘言を吐く者の方に心が向かうのは火を見るより明らかであった。だがなにもしないことは見逃すことと、その事を推奨するのと変わらない。意を決して王子へ全ての心の胸を伝えたのだ。

わめき散らす子供の姿を想像していたがそこには予想と反し8歳の子供とは思えない含み笑いを浮かべ普段の姿からは想像の出来ない落ち着きと貫禄をもった王族がいた。

当時その事に気づいたのは王、后妃を除くと父が初めてだった。王家を陥れる可能性のあるものをあぶり出すために皇太子自らの考案で行われていたらしい。宰相は皇太子が即位した後国を我が物にしようと特定の貴族と繋がっていたのだ。

人は自分よりも愚者だと思うものの前では口が軽くなる傾向があり、その愚者に権力があればすり寄り陥れ利用する者も現れる。優れていると感じるものの前では尻尾を出すことはないので愚者のふりをして周囲を観察していたという。

そのなかで本当に王家の事を考えているものは王子の言動に対し馬鹿にしたりあえて甘言を吐くことや愚者であることの噂を流すことなどはせず諭そうとし、噂を流し不安を煽るようなことはしなかった。

王子の愚行と取れる行動には全て意味があったのだ。そして本当は賢人であることをすぐに知るようになる。王子は当時8歳にして近隣各国の言語を理解し、自国および他国の歴史、地理、天文学、考古学などあらゆる知識を習得していたのだ。


「それでは、ここ最近の殿下の行動にも何か理由がおありなのですね。そしてその事をご存じであるお父様があの日あのように殿下の愚行を話されたのはそれを聞いた私がどの様な行動を選択するか見るためですね?」


「その通りだ。お前は社交の場に参加する事が多くある。そこでは必ず皇太子の噂がでるはずだ。その話題がでた時の反応、行動なども観察されていた。お前は毎回その話題に乗ることはなくそれとなく話題を移し、家庭での晩餐においてもその内容を出すことはしなかった。」


「そんなこと、貴族として当然です。」


「だが、その当然の事が出来ないものも多くいる。我々は噂の種になりうるものを渡し、それを実際に撒いて広げるものを炙り出すことにしたのだ。」


それが愚行の王子の真相。噂を真に受けていた自分が恥ずかしい。実際にここまで大きなあり得ない愚行の噂が広がるまで疑問を持つことをしなかったのだから。そう思うとあの日変わり者の王子とかかわり合いになりたくはないからと名を告げなかった自分はかなりの不敬に当たる行動だ。後悔しても遅すぎる。


「そしてもうひとつは王子の前に現れた少女の思惑を知るためだ。」

父が先程よりも声のトーンを落とした。


「少女というとあの噂の?あえて愚者に見せるために雇ったわけではないのですか?」


「いや、彼女は我々が用意した娘ではない。あの嵐の日の出来事を探るため翌日王子があの海岸へ行くとそこに何も身に纏っていない少女が倒れていた。それが彼女だ。」


王子の倒れていた海岸に倒れているなんて不自然すぎる。それも裸なんて、近くに民家も店もないのに。


「周辺に衣類や誰かいた形跡は無かったのですか?」


「それが全く無かった。回りに馬や人の足跡、引きずったようなあとも見られず少女のものと思わしき衣類も無かった。医師によると外的損傷も性行為と思わしき形跡も見つからなかった。あったのは海から数歩彼女自身で歩いたあとだけだった。」


一人で泳いできたのか?でも、なんのために?それに泳ぐことが出来る距離なら限られている。


「だから馬車にのせ近辺を巡りどこのものか探ろうとしているのですね。」


「そう。シラを切ろうとしても自分の知っている土地や風土に触れればわずかな反応を示す。それに彼女を知っている者に会う可能性もあるからだ。だが、数日にわたり市内外の散策をし、人々の噂を辿ったが彼女の情報にたどり着くことが出来なかった。そこでだ、」

じっと視線をマリアンヌの方へ向ける。

「マリアンヌ、お前に皇太子の婚約者となり例の少女に会って揺さぶりをかけてもらいたい。」


「・・・・え?」


「もともと打診があったのだが各家のパワーバランスを示唆する貴族院から反対されていた。しかし、あの少女が王子のお気に入りだとすり寄る貴族も現れ始めたため一刻の猶予もない。国のために王子と結婚してくれ。」


全く予想していなかったことではない。公爵家の令嬢として生まれたのだから有益な家との繋がりのために結婚することは覚悟していた。家格や年齢からも皇太子妃となりうる可能性も視野にはいれていた。でも、まさかこのような形で告げられるとは思っていなかったがマリアンヌに与えられた答えはYESしかなかった。それが彼女の勤めであったから。



______



_________


皇太子との謁見の日。普段のお茶会やパーティの時よりも入念に身支度を整えられた。美しく優美でありながらも派手すぎず、王子の瞳の色に合わせたブルーのドレス姿は海の女神のようだった。


「面を上げてくれ。申し出に承認してくれとことに感謝するよワークマー。噂にたがわぬ美しい姫だね。」


身なりを整え、柔らかい物腰で語るウィリアム王子は噂の頭の軽い感じとも父の話す回りを欺く強かさを持つものとも違うまるでフランソワの好きな童話の中の王子様のようだった。


王子曰く噂の少女は言葉を話すことが出来ないらしい。言葉で促すとそれに沿った動きや表情などで返すことからこの国の言葉がわからないわけではなく、声帯に問題があるのかと医師に見せてみたが異常は見られずわざと声を出していないのかと不意に声を出すような場面をもうけてみても声を出すことはなかったそうだ。そして手足に傷や痣、マメ等はなく貴族のような身体であるのに基本的なマナーを全く身に付けていない。王家の情報網を使ってもどこから来たのかも目的もまだつかめないのだという。


「もしかしたら、君の身に危険が被るかもしれない。それでも引き受けてくれるか?」


マリアンヌは王子の目をまっすぐ見つめ返しうなずいた。


「もちろんです。貴族に生まれた身として王家の為に身を投じることが出来ることは光栄の極みに存じます。」


「こちらも最善の注意をはらいマリアンヌ嬢に危険のないように勤める。君は僕の婚約者ですでに王家の一員なのだから。それに、」


「?」


「僕はずっと結婚するなら君がいいと思っていたんだ。」


ウィリアムの言葉に驚き耳を疑った。同年代の集まるパーティやお茶会で会うことも話すこともほとんどなく直接関わったのはあの海岸の一瞬の出来事だけだったからだ。


「以前ワークマーの邸宅に行商のふりをして行ったことがあるんだ。その時に庭園で椅子に腰掛け幼い妹君に絵本を読んでいる君を見つけた。美しい所作と優しい声と表情にすぐに心が奪われた。そして毅然としながらも見下すことなくメイドや庭師と関わっていく姿に結婚するなら、この国の后妃となって共に支え合うなら君がいいと思ったんだ。」


そのまっすぐな言葉に顔が熱くなるのを感じた。家柄ではなく自分自身を見て良いと言われたことがとても嬉しかった。


「付け加えるとしたらあの時海岸で助けてくれた君が女神のようだったってこともね。君がいなかったら僕はあの時死んでいた。気がついた時に本当は一瞬死んでしまったんだと思った。死んで、美しい天使が迎えに来たのだと。しかし、それは救いを与える手で恋い焦がれていた君自信で、運命というものをこれほど信じたことはなかった。僕を、見つけてくれてありがとう。」


「い、いえ。」


貴族として社交辞令や甘い口説き文句には慣れていたはずなのに上手くあしらう言葉が出てこないのは相手が王族だからなのだろうか?

運命の出会いなんてもの、自分でも諦めていたのに王子は本当にそれを信じているのだろうか?本当は聡明な王子が自分を喜ばせるために選んで紡いだ言葉だと頭では理解しているのに嬉しいと感じてしまうのは自分の心にまだ幼さが残っているからだろう。マリアンヌはゆっくり呼吸をし、気持ちを落ち着けた。


全てを解決する場として選ばれたのは船であった。陸から離れた海の上で信頼の置ける者のみを選別し、船内も全て外部に知られないよう整えられた。

ウィリアムに連れられ、紹介された少女はとても可愛らしい人だった。婚約者であるマリアンヌに海岸で救われ運命を感じていることを伝え祝福してくれるか訪ねるととても悲しい微笑みを浮かべながらうなずいた。

その表情は本当に彼を愛しているように見えた。

しかし、彼女を見張っていた者から海辺から仲間から武器を受け取っていた姿をとらえたとの情報が入った。やはり王家に害をもたらすために接近したのだと明白となった。

その晩暗殺を現行犯として捕まえるための策としてあえて寝室の前に護衛をつけず侵入しやすい罠をはった。皇太子は手品に使われる二重構造のベッドに横になり、上に人形の胴体と自身の顔が出るようにして暗殺に備えた。

そしてついに少女が寝室を訪れナイフを取り出したが、皇太子を刺すことなく寝室を後にし海へと身を投げたのだ。

船員や騎士がその後懸命に捜索したが発見されず、少女が落としていったナイフもその形状や装飾をいくら調べてもどこの国の物とも異なり足取りをつかむことが出来なかった。

誰もが捕まることを恐れた彼女が身を投げたのだと推測するなか、マリアンヌはひとり別のことを考えていた。少女の顔は本気で皇太子のことを好いていたように思えた。言葉が出せない分全身から皇太子が好きなのだという気持ちが溢れているように感じられたから。もしそうであるなら突然現れて愛するものを奪っていった自分こそが彼女にとっての悪役なのだろう。

暗殺が見破られていたからやめたのではなく愛していたからなにもせずに海に身を投じたのではと言う言葉を呑み込んだ。

現実的ではない童話のような想像だったから。だから海から現れ、海へと消えていった少女の話を童話作家に書いてもらうことにした。人魚の姫の悲しい恋の話を。完成したら妹に聴かせよう。それから後に生まれる子供にも。


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