16 【クダラ視点】帰ってくるわけがない
sideクダラ
「さて、と」
ナティアとロードをエリア3の最奥に足止めした彼は満足そうにメイガスの待つ場所へと向かっていた。
「奴らがホーリーウルフに勝てるわけが無い。Aランクのモンスターだ」
現状を何も知らないクダラが戻っていた。
「メイガス、戻ったぞ」
クダラが合流してメイガスにそう報告した。
「2人は?」
「あいつらならホーリーウルフと戦い始めた」
クダラが短くそう言い放ったのを聞いて周囲がざわつき始める。
「な?!」
「ホーリーウルフだと?!」
「Aランクモンスターだろ?!ホーリーウルフって!」
Aランクモンスターは通常Aランクパーティでなければ相手に出来ない。
Eランクのロードとナティアの二人では勝てないと思っているのだ。
「俺を逃がしてくれたんだよあの二人」
目を細めながら残念そうな顔でそう口にしたクダラ。
もっとも残念がっているのは口だけだ。
「その代わり援軍を呼んでくれってさ」
してもいない会話を捏造する。
「本来ここで引き返すつもりだったんだろ?メイガス」
そう聞くクダラ。
「あぁ。本来はポイズンフロッグを倒して一旦引き返す予定だった。ホーリーウルフとの連戦までは流石に考えていないな」
この作戦はもともと二日使う予定だった。
クダラの計画では今日は周囲にナティアへの不信感を植え付けるだけのはずだった。
そして明日の作戦でエリア3に向かう時に畳み掛ける予定だったのだがナティアが逃げ出してしまったため計画が少し狂っていた。
しかし悪い方にではなかった。
当然ナティア1人ではホーリーウルフから逃げきれずあそこからの生還は叶わなかったはずだ。
しかし彼には誤算があった。
それがロードの存在。
でも彼はそれに気付いていない。しょせんは回復術士と侮っている。
「なら戻るべきだな。今の戦力でホーリーウルフとやり合うのはやはり不安が残る」
そう言ってメイガスに撤退を促すクダラ。
別に普通の判断だ。
だからこそメイガスも頷いた。
「あぁ。戻って援軍を送って相棒を助けようぜ」
そうして街へ戻り始める一行だった。
しかし彼は気付いていなかった。
ここにもう1つロードが仕込んだ罠がある事に。
彼は気付くはずもなかった。
◇
ギルドに戻った彼らはそのまま今日は一旦帰ろうという流れになっていた。
しかしそこに1人の少女が声を上げた。
「すみません解散はなしです。今回の作戦に参加した方々はお残り下さい」
それはニーナだった。
彼女はロードの言いつけをきっちり守っていた。
「どうしたんだよ、ニーナ?」
当然のようにメイガスがそう質問していた。
「ロード様に言われたんです。自分は今回帰るのが遅れる、足並みを揃えられないかもしれない、と。その場合この作戦に参加した方々をこのギルドに引き止めて欲しい、と」
そう言った後に彼女は全体を見回して口を開いた。
「私はロード様を信じています。帰るのは待ってくれませんか?あの人は帰ってきます」
それに反応したのはクダラだった。
相変わらず人を心底馬鹿にしている顔だ。
「お前は馬鹿か?相手はホーリーウルフだ。帰ってこられる訳が無いだろ?頭がおかしいのか?子供でもそんなこと言わねぇぞ」
その一声に周りも声を続ける。
「そうだぜニーナちゃん。ロードさんの凄さはここにいる全員が知ってるけど、あの人は回復専門だ。ホーリーウルフを倒せはしないだろう」
「そうそう。その場合俺達も休んで援護に行かなくちゃならない」
そう言われてもニーナは後に引かない。
「一日でいいと言っていました。一日ここに滞在してくれませんか?」
その言葉に顔を見合わせる冒険者達に更に畳み掛けるニーナ。
「本来この作戦は2日使う予定で組まれていましたね。なので、明日一日は皆さん予定が空いているはずですが。予定がある人はいませんね」
「ま、まぁそうだな」
彼女の言葉に頷く冒険者は増えていっていた。
しかしクダラだけは違った。
「お前に俺を引き止める権限でもあるのか?お前の大事なご主人のロード様とやらを助けにいくんだろうが?そのために休みに帰るんだろ?その足りない脳みそを少しは使えよ」
馬鹿馬鹿しい、そう吐き捨てて外に出ようとしたがニーナが扉の前に立った。
挑発するような目だった。
「何か───────どうしても帰らなければならない理由でもあるんですか?」
「っ」
一瞬だけピクリと眉が動いた。
それをニーナは見逃さなかった。
その意味までは分からなかったが気付けただけでも十分だろう。
「事件が起きた訳でもないのに何を馬鹿馬鹿しいと言ってるんだよ」
小馬鹿にしたような感じでニーナを払い除けて出ようとしたがそれをメイガスが咎める。
「クダラ。いてもらうぞ?」
「メイガス、お前もバカなのか?」
「帰らなくてはならない理由があるのか?ここでも休めるだろう?」
ニーナに目をやるメイガス。
「ギルド内でなら睡眠を取ってもらってもいい、と言っていました」
「だそうだ。ダンジョン内ですら寝られる俺達がこんな屋根のある場所で寝られない訳ないよな?」
何も言えなくなるクダラ。
「はぁぁぁ、バカばっかりでイライラすんな!」
盛大に溜息を吐いて椅子に腰掛けた。
「これでいいかよ?どうせ帰ってこねぇよ」
「御協力感謝します」
そう言うニーナ。
しかし、嫌味は止まらない。
「お前のご主人様は助からねぇだろうな。相手はあのホーリーウルフだぞ?回復だけしてて勝てるわけがねぇ、そのうち押し負けるに決まっている。あーあ。お前のせいで死ぬなー。可愛そうなロード。馬鹿な女を連れまわしたせいで死ぬんだもんなぁ。あーはっははっは。ばっかじゃねぇの。もし帰ってきたら土下座して謝ってやるよ。まじでバカしかいねぇなおい。いつからこのギルドは脳みそEランクしかいなくなったんだか。いや、この馬鹿さ加減はZランクくらいか。ははは」
常識でいえば確かにそうだ。
しかしロードは規格外の回復力を持っていて逆に押し勝つことができる。
だがクダラはそれを知らない。当然帰ってこないと思いきっているからこんなことも言える。
でもその時、キィィィィィ。
木製の扉を開ける音が聞こえた。
「勝手に殺さないでよ」
「なっ……」
驚くクダラ。
その視線の先には死んだはずのナティアとロードが立っていた。