1 夢破れました
「ヒール」
俺は学園の保健室でとある少女を治療していた。
「これで治った。マーズ」
俺は少女にそう伝えた。
幼馴染の少女マーズは自分の治療された左腕を眺めてから頷いた。
「……」
俺がこうやって治してもいつからか礼なんて言わなくなった。
別に礼なんて欲しくはないし、絶対に言えということでも無いけどそういう変化自体が気になっていた。
俺といてもつまらなさそうだし。
「何か隠してるのか?」
「え?」
マーズが呆気に取られたような顔をする。
俺たちは付き合っている。
ということで何を考えているのかは大体分かる。
「何かあるなら相談に乗るけど」
俺がそうまで言った時だった。
ガラガラ。
保健室の扉が開けられた。
ノックもなしに、だ。
「ノックくらいすればどうだ?タケル」
「見られてダメな事でもしてんのかよ」
ニヤニヤしながら入ってくるタケル。
幼馴染のタケルだ。
俺はこいつが嫌いだが。
「おい、マーズ」
タケルがマーズの名前を呼ぶとマーズの顔は少し明るくなった。
それは俺といるよりも楽しそうな顔だった。まさか
「なぁ、言ってやれよ?隠してても仕方ねぇぜ?このクズのノロマにさぁ」
ねっとりとした声でそう囁くタケルの言葉に頷くマーズ。
「ロード。私達付き合うことにしたの」
「え?」
呆気に取られた。言葉が出てこない。
「て、わけだ」
タケルが先に進み出てくる。
それから俺にとあるものを差し出してきた。
「これ、やるよ」
受け取って見てみるとそれはびっしりと埋め尽くされた退学届だった。後は名前を書くだけだ
「何で、こんなもの」
「何でってお前が欲しいだろうなと思って用意してやったんだよ」
「欲しくなんてない」
そう返したら
「明日俺とお前とで御前試合を行う事になっている」
「は?」
いきなりの事で空いた口が塞がらない。
だけど、聞いたことがある。
この学園では御前試合という大勢の前で行う決闘をすることがあると。
それを見にくるのはSランクの冒険者が殆どでその試合の結果次第で生徒をパーティに勧誘したりするそうだ。
「言ってなかったから知らないのも無理はない。ただこれが1週間前、1か月前に伝えたところで結果は変わらないしな」
はははと笑うタケル。
そこにノックの音と共に更に人が入室してきた。
立っていたのは学園長。
「タケル君、伝え終わったかね」
「あぁ、伝えたぜ」
「という訳だ。そこの回復術士、明日は御前試合に出たまえ。そして無様に負けて、その退学届を出したまえよ。今度優秀な生徒が内に入ることになってね。君はもう要らないと判断したから退学して欲しいのだよ。分かっていただろう?理由をつけて君をプログラムに参加させていなかったりしたのは君にやめて欲しいからなのだよ」
何も言葉が出てこない。
そんな空間の中学園長はさっさと出ていってしまった。
たしかに俺はここ最近はプログラムに参加させてもらえなかった。
そういう事だったのか。
「ゲームオーバーって訳だ。もうお前には帰る場所は残っていない。ここに残る意味も、な」
タケルが俺の耳元で囁く。
「本当に何をやらせてもだめよねロードは」
そんな既にボロボロの俺を更に痛めつけるようにマーズが口を開いた。
最近様子が変だとは思っていたけどそれでも、信じていたのに……。
「あなたと付き合った私が馬鹿だった。どうして初めからタケルを選ばなかったんだろうなぁ。あなたがタケルに勝ってるところなんて情けないところくらいよね」
そう言ってタケルの腕に自分の腕を絡ませている。
「当然だがパーティからもお前を追放するからな」
タケルは俺に向かって改めてそう言ってくる。
俺はたまにタケル達と狩りに出ていったりしていた。
そのパーティから追放するのだろう。
「お前の居場所ってのはもうどこにも無いんだよ」
そう言ってタケルは俺を蹴る。
笑いながらだ。
「おらとっとと歩けよノロマ」
でも
「どういうことなんだよ」
「この部屋を使うから出てけって言ってんだよ察し悪いなノロマが。そんなんだから出来損ないのクズのゴミなんだよお前は」
シッシッと虫を追い払うように手を振る。
「……分かった」
何も答えられずに俺は言われるままに部屋を出ようとした。
「さっさと出ろよ!ノロマが!キビキビ歩けよな!俺の手を煩わせるな」
更にもう1発蹴り付けてきた。
「いいか?入ってくんなよ?お前と違って見られちゃいけねぇことをすっからよ。ふへへへ。それから明日はせいぜい俺が強く見えるように盛大に負けてくれよな?!俺の輝きしい人生の礎になれることを喜べよな!うへへへへ、これで俺もSランクパーティに勧誘されちまうぜ」
ピシャン!
俺のすぐ後ろで扉が閉められた。
俺はその場でズルズルと座り込んでしまった。
そして聞こえてくるのはあいつらの声。
「ほ、本当にここでするの?」
「いいじゃねぇかよ」
ベッドの軋む音が扉越しに聞こえてきた。
「くそが……」
俺は呟いて立ち上がり走り出した。
学園の外へ。少しでもこの場から遠ざかりたかった。
あんなの聞いてられない。
(ぶっ殺してやる!)
心の中で吠えた。
しかしそれは声にはならない。何せ俺には力がない。
情けない。
本当に情けない。
ずっと感情を押し殺して生きてきた。
冒険者として生きるために感情を殺す必要もあった。
感情よりも利益を優先したりもした。
でも
「くそぅ……」
俺は庭園のベンチに座って蹲ってしまった。
今ばかりは押し寄せる感情の波を抑えることは出来なかった。
「くそ!くそ!くそ!」
俺には成し遂げたい事があった。目標があった。
それは冒険者にならなければ出来ないこと。
俺は今その冒険者への道を絶たれかけている。
「どうすればいいんだ」
天を見上げるとポツポツと雨が降り始めていた。
俺の気持ちを表しているかのような天気。
勝てるわけが無い。
俺がタケルに。
俺はこの世界で最弱とされている回復術士で向こうは最強のジョブとされている剣士。
普通にぶつかって勝てるわけが無い。
回復術士がいらないと言われているのは戦闘中に回復をしても無駄なことが多いから。
受けるダメージ量に回復速度が追い付かないからだ。
そしてそれは明日も同じだろう。俺はきっと押し負ける。
「すまない姉さん。俺、冒険者にはなれなかったよ」
俺はここにいない姉さんに謝った。
心からの謝罪をした。
俺は明日タケルに負けて退学することになるのだろう。
そうすれぱ冒険者への道はかなり絶望的になるはずだ。
学園を卒業しなくても冒険者にはなれる。
しかしそれは才能があったりある程度強い人達ばかりだ。
俺のように外れジョブの回復術士はまず、学園を出ないと厳しい。
「勝ち筋が見えない」
どうやって勝てばいいのか。本当に分からない。
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