1.普通、平穏、真面目!
ごめんねひかり
もうつかれたの
いままでありがとう
さよなら
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突然ですがみなさん、普通は好きですか? 俺、十文寺ヒカリは今、人生のモットーであった『普通、平穏』が崩れ去っていくのを見たところです。S!O!S!やら、WARNING!といった警報が脳内に鳴り響く中、日ごろの行いを振り返りながら、どう対処すればこの宙に浮かんだ変な……コホン、普通ではない人たちから逃げればいいのか考えています。
俺は普通に産まれ、普通の見目形で、普通に頭が良く、普通に運動ができず、普通にコミュ障で、普通に料理ができ、好きな食べ物は健康的な野菜!と、平々凡々な……強いて言うなら"真面目"な日々を送る普通の男子高校生だった──普通で無い『この店』を見つけるまでは。
今年の春、無事入学できた三兎解高校…通称三兎解での帰り道。学校が終わっていつも通り、商店街に買い出しに行く途中のことだった。
夏休みが終わった一発目、始業式帰りの筆箱と財布だけが入った軽いバッグを片手に、俺は今日の夕飯の食材を買いに行っていた。じりじり音を立てるように肌に照りつける太陽が凸凹の地面に反射して、一層暑さが増している気がする。
家路を外れ、周りの話し声も聞こえなくなったとき、見慣れた小ぢんまりとしたスーパーが見えた。買い物カゴを片手に食材を物色してから、じゃがいもとにんじんとたまねぎと牛肉、カレーのルーだけを買ってスーパーを出たのは、愛用の腕時計で見てまだ午前11時30分ほどだっただろうか。
「なんだ、あの建物…」
俺は見つけてしまったのだ。
商店街の陰になるようにしてひっそりと、それが逆に目立っているように見えたその建物は、太陽の光を受けていないにもかかわらず、木造の壁の白が輝いていて眩しい。大聖堂を彷彿とさせる三角の屋根に、半透明で中が見えない色とりどりで砂糖の粒のような窓。何より、本に羽が生えたようなマークの看板をぶら下げていたことから、新しく本屋ができたのだと思った。……建築期間も無いのにいきなり建物が現れるなんて普通じゃない! なんて普通の考えもよぎらずに。
突然だが俺は、無意識に本のある場所に入ってしまうタチなのだ。キラキラとまるで効果音がついているように思ってしまうほど輝くその建物に、足は自然と歩み寄っていた。近づけば近づくほどに輝きを増していく。扉に続くコンクリート状の白い階段を一段一段上り、まだ手垢すら付いていないような金色のドアノブに手をかけた。ぐるりとノブを回して扉が開く……と思ったのだが、
「あ、れ? 鍵がかかってる?」
扉には鍵がかかっていたらしく、びくともしなかった。まだ改装中なのかも知れない。そう思い直して踵を返す。また今度来よう、と階段へ一歩踏み出したとき。
──リン…チリン………チリーーーン…
耳元で小さく、鈴の音がこだました。反射的に扉に向き直る。時が止まったかのように俺はそのまま立ち尽くしていたが、暫くしてゆっくりと扉が開いた。
出てきたのは背の高い男の人、見たところ180センチはありそうだ。黒い長髪を後ろで一つに結び、赤色帯びた目で俺のことを一瞥すると、失礼なことに顔をしかめては
「……ちょっと待ってろ」
とぶっきらぼうに言い放ってからバタン!と勢いよく扉を閉め、鍵までかけられてしまった。
「ちょっと待ってろ……って、言われてもなあ…」
怯んだ俺は、戸惑いながらも階段に腰を掛けて長髪の男の人を待つことにした……のだが。遅い、遅すぎる。ちょっと、と言いつつ30分は待たされている。夕飯も作らなくてはいけないし、そろそろ帰ってしまおうと思った頃。
カチッ…と音がして、扉が開いた。見上げると、先ほどの男──ではなく、同い年くらいだろうか、目が合うとにこりと微笑んでくれたのは、白髪にピンク色の目が目立つポニーテールの女の子だった。黒いリボンのカチューシャが特徴的である。
「ようこそ、魔導館へ。中へどうぞ」
慌てて立ち上がり、女の子の後ろに続いて店内へと入る。赤紫色の高級そうなカーペットにキラリ煌めくシャンデリア、そして何より入った瞬間目に飛び込む、壁が見えないくらいに敷き詰められた本──。
何処も彼処も色とりどりの本、本、本で埋め尽くされている。何の目当てもなく店内に入った俺はリボンカチューシャの彼女に、ひとまずここは本屋なのか、はたまた図書館なのか尋ねようとしたのだが、既に彼女の姿はそこに無かった。
このまま帰るのも勿体ないと思い、俺は店内を周ってみることにした。どうせなら自分がまだ知らないものを読みたい、他の言語で綴られた物語、それかまだ習っていないことが書かれている辞書だ。異文化の物語に興味があるし、勉強にもなる。それを買ってか借りるかして、すぐに出ようと思う。ただ、本が多すぎるせいか俺が探すのが下手なせいか、はたまたそんな本は取り扱っていないのか。一向に見つかる気配はしない。
何にせよこの建物、見かけによらず広いのだ。いやホント、とんでもなく広い。その証拠に、俺がさっきまでどこをどうやって歩いてきたのかわからない。同じ景色が続いている…と言うか、この建物にはどうやら俺以外にお客さんはいないらしい。これだけ歩いていても、誰一人としてすれ違う人がいなければ、話し声までも聞こえない──少し、不気味なくらいだ。もしかして、本当に改装中で…?
迷ってしまったものは仕方ないので、20分ほど歩いていると階段を見つけた。見渡したら何かわかるのではないかと思い、何の迷いも無く上る。そういえば今は何時なのだろうか。夕飯は良いとして、昼飯を食べていなかったことを思い出す。母さんも父さんも帰ってないだろうし、妹は家で俺を待っているだろう…早く出口か人を探さないと。
螺旋状の階段は、上っていると目が回る。なんせ、普通に体力のない俺では………ううん、疲れてきた…。
バダンッ…
景色が急に変わったと思ったら、その場にうつ伏せで倒れてしまっていた。俺の三半規管はこんなにも弱かったろうか。
「──大丈夫か?」
不意に、頭上で声がした。「ちょっと待ってろ」の人でもなく、リボンカチューシャの女の子でもない、高めの男の子の声だ。………あの二人以外に人がいたのか…。まあこんなに広い建物なのだ、従業員か客かは知らないけれど気配がしないのも無理がない。
「ちょっと待ってろ! すぐ治してやるからな!」
「ちょっと待ってろ」って言葉にはあまり良い思い出は無いんだけど。動けないのには変わりないので、声をかけてくれた男の子が助けてくれるのをただ待つしかなかった。
地面に突っ伏してから男の子が声をかけてくれて、本当にちょっと─30秒くらい─経った頃、バタバタと俺のほうに向かって走ってくる音が聞こえた。
「おーい、持ってきたぞー!」
そう言いながら遠くから走ってくる男の子の足音とともに、何の音か、ゴゴ、ゴゴゴゴ……と重たいものを引きずるような音が近づいてくるのが聞こえる。え? ゴゴゴゴって……ゴゴゴゴっていってる……なんか、嫌な予感がする。
逃げようが逃げまいが、どちらにせよ動けないので俺に選ぶ術はないのだが、もし選択権があるのだとしたら、俺は絶対に逃げようと思う。
そんな思いとは裏腹に足音は俺のすぐ側で止まり、あの地響きのような音が、今度は風が吹くようなゴオォ、という音に変わった。
背中に汗が伝う。体が動かない、状況が把握できないという恐怖が脳を支配する。
「お、おい何やってんだ! やめろ馬鹿!」
「ちょっとノワ何を…って、ヒッ! ……お、お客さん?!」
二人ほどの足音が聞こえてから暫くして変な音が止まり、「え? 駄目なのか?」と言う男の子の声が聞こえた。安心からなのか、ドッと疲弊し瞼が重くなる。マズイ、寝る。てか何しようとしてたんだホント。よくわからないが助けてもらったようだ。
遠のく意識の中、俺はそっと感謝した。
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目が覚めると、真っ白な天井が目に入った。俺は高級そうな赤いソファの上で、高級そうなふかふかの毛布にくるまれていた。何これ、普通じゃない! 俺ずっとここで寝る……と、この瞬間妹と夕飯のことを思い出し、飛び起きてまだぼやけている目を擦った。
「お、気づいたか!」
……この声は聞いたことがある。俺に何かしようとした男の子だ。「気づいたか!」じゃない、怖かったんだからなと勢いで言いそうになったが、くっ、と喉元で声が止まる。
声がしたほうを見ると、頭の後ろで手を組みにこにこと笑っている男の子がいた。薄い黄緑色の髪に、オレンジ色に輝く瞳は左目にだけ包帯が巻かれている。白衣姿で片手にフラスコを持ち、いかにも私は科学者ですと主張したそうな見た目だ。
コミュ症の俺は話そうにも言葉が出ず、口をパクパクさせていたのだが、
「随分うなされてたよ、大丈夫?」
頭上から声がして、心配そうに俺の顔を覗き込んでいたのはあのリボンカチューシャの子だった。この高い声……そうか、科学者(?)を止めてくれたのはこの子だったか。
「ぁ…、っは、はい、もう大丈夫、です……」
しどろもどろに我ながら気味の悪い返事をすると、パアっと満面の笑みを浮かべて大げさに安心していた。
「よかったぁー! 依頼じゃなくて来てくれたんだもんね! そのまま消えちゃったらどうしようかと思ったよ!」
依頼? 何の話だろうか、ここは本屋か図書館のはずじゃ…。リボンカチューシャの子はニコニコと笑って、俺のことをジッと見つめている。そ、そんなに見ないでくれ…! ただでさえ上手く話せないっていうのに…。俺は目を合わせられずに顔を背ける。
少し落ち着いてから横目で周りを確認すると、リボンカチューシャの子と科学者(?)以外にも、黒髪の男の人、頭巾を被った女の子、金髪の少年、薄い紫髪の…なんか、羽生えてるヤツ、それとふわふわした髪の女の子。計7人で、俺は完全に包囲されていた。…そして、全員俺のことを見ている。帰りたい、異例だ、普通じゃない!
「ぁ……あの、え、ええと……なん、ですか…?」
顔面蒼白、焦りに焦りまくって頭が熱くなった俺は、口早にそんなことを言っていた。きっと目が泳いでいるだろう。
「お前さ、ありがとうとか、言えねェの?」
「……へ?」
黒髪の男の人は呆れ顔で俺に言った。最初に会った「ちょっと待ってろ」の人だ。冷たい目で見据えられ、緊張が走る。……けど、あれ?そうだ。階段を上りきれずに店内で倒れた挙げ句、ベッドにまで運んでもらって、俺……。
「あ……ぁあ、ありがとうございます…! 助かりまひた……っ」
バタバタと醜いステップを踏んでその場に立ち、150度ほど頭を下げると舌を噛んでしまった。こ、怖い、俺の苦手なタイプだ。もしかしたらこのまま弱みを握られて、そのまま……考えるだけで身の毛がよだつ。だが、「ちょっと待(以下略)の反応は思っていたものと違い、目を丸くして少し後退った。
「お、俺に言うのかよ……」
「え、ぇ……っと…」
「ちょっと(以下略)は口元に黒い革手袋をはめた手の甲を当て、目を逸らした。どうやら困らせてしまったようだ。そういえば、科学者(?)の謎兵器から助けてくれた二人って、リボンカチューシャの子とこの人なんじゃないか? 「ちょ(以下略)につられて俺まで固まっていると、クイッと服の裾を引っ張られる感覚があった。振り向くとそこには深く頭巾を被った、顔の見えない小さな女の子が立っていた。俺より年下……だろうか。(以下略)と同じ赤色の、クラシカルな雰囲気の服を着ている。もしかしたら兄妹かもしれない。
「これ、荷物です」
女の子は一言そう言うと、食材の入ったレジ袋とバッグを地面に置いて、そそくさと(略)の後ろのほうに隠れてしまった。
「あ、ありがとね……」
俺のことを警戒しているのか、避けられているようだ。荷物を手に取り、時間を確認する。ここに来たときは12時近い時間だったが、長い時間気絶していたらしい、今は16時前である。
もう退散しよう…多分、一つだけあるあの扉が出口なのだろう。そう思い右の端にある扉の前までそそくさと歩いて「で、では…ぁりがとうございました…ぁ…」と小声で呟くと、扉の近く…俺のすぐ横にいた金髪の少年が口を開いた。
「強いんだ……」
「へ…?」
「ここで働きませんか!」
急に大きな声で叫んだと思えば両手を握ってくる。青く澄んだ濁りない瞳が俺を捉えている。え、ええっ?! いやでも俺まだ15歳で…! 働くにはまだ早いっていうか…?! 心のなかで叫んでも声にはならない。やたらとニコニコしながら必死に首を振っているだけである。
「サンダーそれ、いい考え!」
「お、お客さん…の意見も聞いた方が良いと思うよ」
リボンカチューシャの子が人差し指を立てながら同意すると、ふわふわした女の子が仲裁してくれる。俺は目一杯頷いて見せた。全員が一斉に俺のほうを見る。で、どうなんだ?と言いたそうな目だ。はく、と口が動き、声を絞り出す。
「えぇ…と、俺は、まだ、15歳だし、その、は、働く…とかできない、と…言うか……」
もごもごしながら言い、再び頭が熱くなった。人との会話は得意分野ではないというか…勘弁して……!
「いいのいいの! 働くってほど堅くないからさ! ねっ、いいでしょ!」
「じゃあさ、ここに来ることを日課にすれば良いんじゃない? この人、放課後暇そうだしさ〜ぁ?」
羽みたいなのが生えてるヤツが、ニヤニヤしながら言う。薄紫の髪をハーフサイドテールに青系のエクステをしていて、月のピアスを片耳に付けている。青い目の上に生えたまつげは遠くから見てもバサバサに長い。明らかに"一軍女子"……。ゔ、まあ確かに、俺は友達もいない……し、することと言ったら夕飯作って勉強することぐらいなんですけど…? だからって…。
頭の中でブツブツ文句を言いながら、実際何も言わずに硬直していると、それをオーケーと思われたのか、
「そうと決まれば話がはやいっ! 私の名前はミュー。ミュー・ウェンディだよ! よろしくね! 好きな食べ物は〜…」
リボンカチューシャの子が続ける。うん、よろしくー!と言える雰囲気でもなく、俺は固まったまま彼女が自己紹介をしていく光景を見ている。口を半開きにして間抜けな顔をしているんだろう、急な展開に顔が引きつってしまう。だって俺は、本を見に来ただけで…っ…。
「オレはサンダー・パーレンです。これからよろしくお願いします」
俺の両手を握ったまま、手をブンブン振りながら金髪の少年が言う。何故か上下とも服が破れていて、胸元には雷と鍵モチーフのネックレス。キレイな金髪青目で目の下にやはり雷模様の傷がある。丁寧な子だ、強引なところはあるが良い子かも?…っいやいや! この子が止めなければ俺は帰れていたはず、扉に寄りかかりやがって! クワーーッ!!
「私はムーン、ムーンって呼んでね」
手をひらりと挙げて言う。何回見てもやはり羽のようなものが生えている、三日月を横にしたような形で背中にくっついているようだ。ヘソの見える際どい服に短いスカート、すべてスタイルの良い彼女のために作られた服のようだ。聞き慣れない響きの名前は、住んでいる場所の違いのせいだろうか。頭が上手く回らない。
「オイラはノワ! ノワ・ルイス・ウォーカー! まあ、よろしくなっ!」
謎兵器を運んでいた黄緑の科学者(?)。飽きてきたのか、そこらへんにあった本の整理を始めた。名前長いな。
「…ファイア」
「え?」
「っ……、ファイア、です……ヒトです」
頭巾を被った女の子が、(ryの後ろに隠れながら言う。紅いケープで覆われていた上半身から白い腕が見えた。
「ブラッド。……あー、俺も、ヒトだから」
( がそっぽを向いて言った。後ろの女の子…ファイアを気にしているようだ。しかも、え? ヒト? それはまあ、承知していますとも……ええ。
「アイス・クリーム。よろしく」
「え、よ、よろしく……」
髪の毛ふわふわが俺の目を見ていうので、思わず言葉を返してしまった。顔にぎこちない笑いが浮かぶ。これではまるで「働きます」と言ってるようなものじゃないか…! アイスクリーム……食べ物の、アレ? あー、良い名前だと思う、美味しそうで。
「キミは?」
ふわふわ、改めアイスクリームが俺に言う。
「あ、じゅ、十文寺ヒカリです。ぇえっと……ひ、ヒトです、アハ…よろしく……」
俺が躊躇いながら応えると、数秒の沈黙が続き、「ちょっと待ってろ」の人改めブラッドが「そこにいろ」と言って、俺を押し退けて扉を開けると、みんなで部屋の外に出て行ってしまった。え? そこ出口じゃなかったの?
5分ほど経った後、ポニーテールを揺らして、満面の笑みで「待たせてごめん!」とリボンカチューシャの子、改めミューが言った。他のみんなは扉の外にいるようだった。
「てことで! ヒカリの部屋空けておいたから! また来てね! 絶対!」
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「と、と、とと、飛んでるうっ!!?」
朝9時、妹のユイが寝ている時間。俺は昨日のことは夢だと思うことにして、清々しい普通の休日への一歩を踏み出した、つもりだった。インドアな俺でも、商店街に食材を買いに行くという日課は欠かしてはいけない。いや、今日くらい家で過ごすべきだった……。
「ヨウ、ヒカリ。迎えに来ちゃった」
踏み出した一歩は宙に浮き、俺の体もまた宙に浮いている。何これ、普通じゃないっ! 俺を軽々と持ち上げているその正体は、昨日の図書館で会ったアイスクリームとかいうふわふわ髪の女の子だった。
「ちょ、はぁっ?! お、下ろし…ぃ…ヒィ!」
「あんま暴れんな、落ちんぞ」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
恐ろしいッ…! 一番怖いかも7人の中でッ!! どういう原理で飛んでるワケ?!
音もなく風を切り、結構な速さで飛んでいる。手を離されてはひとたまりもない。この時間、この暑さで外出している人は極稀で、俺の情けない叫び声も虚しく、例の店は近づいてきていた。上から見てもやはり目立っているように見えるのは、その存在を知ったからだろうか。
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「ただいまー、ヒカリが遊びに来たよー」
普通じゃない空中散歩を終え、地に足をつけた途端店の中に押し込まれる。何もしていないのに疲れた、もう家から出てやらない。というか、俺は遊びに来たわけじゃない! 無理やり連れてこられたんだっ!
「エッ?! ホントに来たの? ウケる〜」
声のしたほうを見ると、羽が付いているヤツ─ムーンが宙に浮いている。お前もかと言いたいところだが、アイスクリームが飛べていてコイツが飛べないほうが不思議である。その羽は新商品か何かなのか? 最近の流行りを把握できていないためわからないが。
「ぇえっと、俺、帰りますね…、じゃ、じゃぁ…」
ドアノブに手を伸ばすと、アイスクリームが手を掴んできた。
「逃げるつもり?」
持ち上げられた口角とは裏腹に、目が全く笑っていない。
「ヒィッ…! ぃ、いやほら、自分なんかいてもつまらない…ですし、その、食材を…」
あれこれと言い訳を考えるが口は頭に追いつかず。アイスクリームはもう片方の手で俺の後ろを指さした。え? 口パクで何か言ってる? …う、し、ろ? ………。いやいやっ! そんなこと言われたら後ろを見る気になんて…思うより先に音がした。
ゴゴ、ゴゴゴゴ……
迅速に蘇る昨日の記憶。アイスクリームは既に俺の手を離して飛んでいた。ウソでしょ?! 逃げなきゃ…俺は右を向いた…と、金髪の少年─サンダーが行く手を阻む。左を向いた…リボンカチューシャの子─ミューが行く手を阻む。そして双方、宙に浮いている…。き、昨日は助けてくれたくせに!
意を決して振り向くと、メカメカしい巨大な機械と科学者(?)─ノワを含む、昨日の7人が揃って俺を囲んでいた。その瞬間、俺のモットーである『普通、平穏』が音を立てて崩れ去った……だ、騙された!ここは本屋でも図書館でもなく、迷い込んだ人間を実験台にする施設だったんだーーーッ!!
パァンッ!
大きな音が響いて、咄嗟に目を瞑る。微かに煙の匂いがする、これは……
「クラッ、カー…?」
見ると、天井からはカラフルなシャワーが降り注いでいた。光に反射した色が個々を主張している。もともと明るい店内が更に明るくなったようだ。
「正解だっ! オイラの発明した、天才!レインボークラッカーマシン第8号クンだぜ!」
ノワがどうだ!と言わんばかりに胸を張っている。唖然としている俺の前に、上から見ていたアイスクリームが降りてきた。髪にホログラムが付いている。
「ということでよろしく、ヒカリ」
どうやら俺は、モットーの中で言うと一番当てはまらなかった真面目さを取り柄として生きる覚悟を決めなきゃならないようだ。