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魔導館  作者: 逢日咲
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プロローグ


やっと見つけた、あなたが最後です。

ようこそ、魔導館(まどうかん)へ。丨


 キィと扉が開き、(キミ)は入ってくる。陽の光を背景に、髪に散りばめられた雨粒が、揺れるたびにキラリと光る。私を見据えて、堂々と歩くその姿はまさに救世主(メシア)そのもので。

 緊張感を悟らせないよう、落ち着いた笑顔で続ける。


あなたをここへ呼んだのは、ある"お願い"をするためです。

申し訳ないですね、私はココから動けないもので。丨


 カタカタとキーボードの叩く音が響く。よくもまあ、遠くからここまで。そんな皮肉を込めても、(キミ)は顔色一つ変えない。


ここはどこかって?

↳ここはヒトの記憶を保管する場所です。

ただし、文字として。

物語は人生、そう聞きませんか?

そしてもう一つ。

ここは、ヒトの願いを叶える場所でもあります。

過去に未来に、どこへでも飛んで行って差し上げますとも。

↳あなたが、ホントウに必要とするならば。

どういう意味かって? そうですね。まだ難しいですよね。

本当に必要としている者よりも、ホントウに必要としている者でなければいけないからです。それ以外はなりません。

ああ、(いや)、でも丨


 そこまで打って、手が止まる。でももし、もしも。例外が()るのだとすれば、それは。

 もう機能しない喉に、嗚咽が込み上げる。だってこれは、私にしかできないこと。

 酷い顔をしていたのかも知れない。バケモノも同然の姿をした私を、(キミ)はまた、キッと睨む。その顔が、思い出させる。すう、と呼吸をする真似をする。身体(からだ)に空いた穴から生ぬるい空気が抜けていく。それから、何も覚えていないような顔で私は笑う。


そんなに怖い顔、しないでください。だってあなたは私の丨



────────────────────



 シンと静まり返った薄暗い部屋の中、一人の少年は虚ろな目でその場に座り込んだ。ミシ…と木の板で造られた床が軋む。床が生ぬるい。数日前の雨で湿っているようだ。この部屋には光が差し込む隙間はなかった。

 少年の目に映った少女がこちらを見ている。ただ、その瞳はもう暗闇に佇む少年を捉えてはいなかった。


 少年は一人、考える。人間でさえ、不可能があるだろう、と。

 昔、空を飛ぶことは不可能と言われていた。百年生きるのは不可能と言われていた。それこそおとぎ話のように現実離れした空想……けれど、おとぎ話は現実になった。

 人間は考えることだってできる。五感からの情報、脳での処理、身体での行動……。それだけで凄いのに。凄いことなのに………ただ、不可能なことがあっただけ。

 何故、上を目指させたがるのだろう。弱いものを消そうとするのだろう。これより良いものを、これより素晴らしいものを、これより特別なものを?

 今までの普通より、"良いもの"を知ったとき。それが普及して、普通になってしまったとき。

 俺は、上ばかり見ていたみんなが、下に手を伸ばすことを願っていたんだ。

 でも、今ならわかってしまう、周りと同調したがるこの世界を生きるためにも必要なことだったということ。


 疑問ばかりが積み上がって、自分すら見失ったとき、俺は。


 思い出せるのは、黒く塗りつぶされた思考の中で、繰り返される悲鳴と、鼻腔をくすぐる雨のにおい。そして…錆びた金属のにおい。

 ただ、自分を信じたい。自分だけを信じたかった。でもその先にあるのは、信じたはずの自分の目で見届ける絶望(終わり)だけだった。本当に俺は、無力で。


 ごめん、ごめんな。ごめんなさい。頭を地面に打ちつけて謝っても、キミがどんなに怒りに任せて殴ったとしても、キミは俺を許さないだろう。

 あのとき自分は、自分は周りよりも優れていると思っていた。何もかも信じていた。人も、物も、世間も、自分のことも。

 すべてが正しい──これが、当たり前だと。

 きっと俺は疑うことを知らなかったんだ。()()が来るまで、ずっと。"すべてが正しい当たり前"が、ずっと続くこと。

「…ごめん……なさい…っ」

 すっかり冷たくなったこの部屋でたった一人、俺が呟く。目の前に転がっている少女──リリンが、この世界が終わるまで、まだ、ずっと。

 いつまでもずっと、俺のそばにいて笑っている。その瞬間が、これからも続くこと。



────────────────────



 少年はもう、そこにはいなかった。

 まだ(かす)かな(ぬく)もりが残る床が、わずかに傾き、音を立てる。(ちり)(ほこり)がつもり、誰の記憶からも消えてしまったころ。

 少女は一人、考える。

 (しばら)く経っただろうか、少女はゆらりと立ち上がり、すすで汚れたタンスを開ける。その瞳には強い光が(とも)っていた。少女はその家を後にした。今でも薄暗い部屋に、一輪の花を置いて。


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