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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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炎王の承服:2

一年の喪が明け、いよいよ精霊宮(せいれいぐう)と呼ばれる最も重要な建物で炎王の選王の儀が行われることとなった。

喪に服すため私の結婚話もこの一年凍結したまま十七歳になっていた。

郝一族の末端であるため、選ばれる髪色ではないと自覚していながらも参加せざるを得ない。

精霊宮は大きな広間が一つあるだけである。

その奥には四角の鉄製の鳥籠が置いてあり、その大きさは広い精霊宮の内部を半分以上占めていた。

人間の為の建物ではないと分かるだろう。

鉄製の鳥籠は意匠を凝らした細工がそこかしこに施され、本来威圧的であるはずの鉄柵すら細密な文様により華やかな雰囲気を感じさせるものだった。

鳥籠の中にはいくつもの大皿があり、贅沢な料理が並べられている。

そして銀と金で作られた煌びやかな木々が、その鳥籠の中に林のように存在していた。

閉じ込める目的ばかりであるはずの鳥籠は、その贅沢さから全く陰鬱(いんうつ)な印象を与えない。

その鳥籠の中央に生える一際太い木の枝に、この鳥籠の主は止まっていた。

形は鶴に似ている。

足は一本しかなく、青地に赤い紋があり、(くちばし)は白い。

その怪鳥(かいちょう)こそ、この炎州の守護者、精霊必方(ひっぽう)であった。

普段この州の頂点として傲慢に振舞う郝一族が、精霊の前では畏れるあまり身震いする者さえいた。

自分達の特権が必方により(もたら)されるものであると、幼少より叩き込まれているからである。

私は貴重なその姿を、初めて自分の目で見た。

表情の動かない鳥は何を考えているか分からない。

決して口には出せない感情だが、不気味に感じてしまった。

美しい剥製のようにも見えたが、並ぶ人間達を見下す様に長い首を伸ばしたことでそれが本当に生きているのだと漸く分かる。

必方の前には頭髪が炎のように鮮やかな者たちから順に並んでいた。

当然私は最後列である。

「これより、選王の儀を始める!」

そう叫ぶのは最前列にいる中老の男性、郝利明(りめい)様である。

先王を支えてきた政治的な手腕と見事な炎のような髪の色から、次代の炎王として最も有力視されている者の内の一人であった。

号令に従い一斉に皆が必方に向かって(ぬか)づく。

慣例(かんれい)では、王となる者の前に降り立つはずであった。

額づいたままその時を待つ。

石の床が緊張感からかやけに冷たく感じられた。

ばさりと、その大きな両翼で必方が羽ばたく音がする。

精霊たる必方は鉄製の檻をすり抜けるようにして、自らを囲っていた鳥籠から抜け出した。

その豪奢(ごうしゃ)な鳥籠は閉じ込めるための物ではなく、不届き者から精霊を守る為の物であった。

最前列の者達の上を通り過ぎたことで、息をのむ音が精霊宮に響く。

予測していなかった誰を選ぶのかと、額づいたままであるが隠しきれない動揺が広がった。

必方はそんな人間達など気にも留めず、羽ばたいて入り口付近まで進んでくる。

それは即ち最後尾である自分の方向だった。

しかし必方は、私をも飛び越えて更に進む。その先は精霊宮の外である。

額づいたまま動くことのできない人間達は、必方が外に飛び出していったのを音で聞いてから漸く事態の深刻さに気付いたのだ。

「お、追え!」

利明様が上ずった声で叫ぶ。

自分が選ばれなかった現実に直面し、なおかつ精霊が外に飛び出していくという事態に顔面から冷や汗を滝のように流していた。

その醜態を笑うものなど、この場にはいなかった。

一斉にその声に皆が精霊宮から飛び出していく。

外の者たちは一体何事が起きたのか把握できず、顔色を変えて出てきた郝一族に度肝を抜く。

私は最後尾という一番外に近い場所にいた為、早いうちに必方の姿を追って行くことができた。

精霊は空を優雅に飛翔する。

人間は止める術を持たない。

その方角が何を意味するかに気付き、迷いない速度で先を急ぐ。

いつしか私が先頭で必方を追っていた。

慌ただしく通り過ぎる様子に衛士達が呼び止めてきたが、声を無視して門を開く。


「姉上」


そこには見慣れた男性がいた。

目は菫色(すみれいろ)、髪は青碧(せいへき)瑠璃色(るりいろ)の混じった何処までも美しい青い色である。

鼻筋が通る薄い唇の乗った顔とその幻想的な色合いは、人間の容貌(ようぼう)から一線を画しているようにも見える。

郝誠偉という私の従弟は、実に美しい見事な男性に成長していた。


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