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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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六州一国:4

赤城都の西には獺川(たつせん)という小さな川が流れている。

この付近は流民が多く、川の流れに沿って木の板で作られた風が吹けば飛びそうなあばら家が、混沌とした様相で所狭しと並んでいた。

その数は膨大で、とても一軒ずつ覗き込むことなどはできそうにない。

「これは……この中から探そうというのですか?」

「そうよ! とはいえ、貴方たちは警戒されてしまいそうね。

ここは女性二人で聞いて回るから、何かあったらすぐに来られるように傍にいてくれるかしら?」

恵麗は人前では不審がられないように砕けた口調にすることにしたらしい。

確かに畏まった口調の人間が四人も集まっていれば、どんな繋がりなのだろうと気になる人も出てくるだろう。同じ理由で志文様も砕けた口調である。

恵麗の言葉に、茫然としていた天佑様が頷く。

どれだけ難しいことを自分たちが行おうとしているのか自覚したらしい。

盗品捜索に近道などなく、地道に探すしかないのだった。

私たちはまず手近にいた老婆に見た少年の特徴を伝えて聞いてみたが、答えは芳しくなかった。

彼女は昔からこの地に住んでいるそうだが、最近知らない人が増えているので分からないとのことだった。

次に荷運びしていた男性に声をかけるも、忙しいと断られてしまう。

露天商の夫婦に聞いてみたが、一日何百人も道を通るのでいちいち覚えていないと言われてしまった。

似た子供がいると井戸端会議をしていた女性に教えられ行ってみたが、全くの別人であった。

何人にも同じことを尋ね、結局なんの情報も得られない。

歩き疲れ、少し休憩しようと料理店の軒下で饅頭を食べつつお茶を啜ることにした。皆で椅子に腰を下ろす。

「見つからないね。うわあ、どうしよう……!」

「諦めるにはまだ早いわ! 休憩したら次よ次!」

志文様を恵麗が元気な声で励ました。こんな時、彼女の前向きさにいつも助けられている。

「しかし、流民が多いですね」

一人だけ疲れた様子もない天佑様がふと言った質問に、私が答えた。

「そうですね。炎州は五年前、当代炎王に代替わりしてから非常に目まぐるしく変わっているのです。

人も、制度も……様々なものが。

その流れに、こうしてついていけない人が多少なりと出てしまうのです。

もし、祖州で皇帝が速やかに決まらなければ……更に増えてしまうのでしょうか」

「そうならないために、我々が来ているのです」

隣を見ると剣のように真っすぐな意志を持ち、強い眼差しで天佑様が雑踏を見ていた。

目は行きかう人を見逃すまいと動き続けている。

自分には眩しく思い、視線をそれ以上天佑様に向けることができなかった。

「あっ」

小さな声がした方向を見ると、萌葱色の髪をした女の子が道端で転んだところだった。

周囲に人は多くいるものの、身なりが貧しいためだろう。

誰も手を貸そうとしない。彼らを一概に非難することはできない。

世の中にはこうして気を引いて、盗みを働く者もいると聞く。

しかし女の子の目が潤んでいくのを見て、これは本物だろうと思い立ち上がって近づいた。

「大丈夫?」

私は擦れて血の滲む彼女の肘に手巾巻き付ける。優しくされて気が緩んだらしい。

女の子は火が付いたように大泣きしだした。

「うわぁーん!」

「痛かったねぇ」

慰めるために、私は背を撫でた。これは一泣きしなければ、落ち着かないかもしれない。

その体を抱えて軒先の椅子に戻る。

「ほら、饅頭よ? 美味しいから食べてみない?」

箸で口の前に差し出してみると、泣き顔を止めて食い入るように饅頭を見つめている。

お腹が減っていたのだろう。そして口に近づけると、大きな口を開けてそれを一飲みにしたのだった。

美味しかったようで、泣き顔から一転して破顔する。

「有難う!」

「いえいえ。元気になったみたいで良かったわ」

ふと視線を感じて隣を見ると、天佑様と志文様が少し驚いたような表情でこちらを見ていた。

何かおかしなことでもあっただろうか。一方、恵麗は彼らと違って得意げである。

「なあに?」

「いえ……」

私は曖昧な返事をする天佑様に首を傾げた。

袖を女の子に引かれて顔を戻すと、大きな口が空いて待っていた。

「もう一個頂戴!」

「お腹が空いてたのね」

私は欲されるままにもう一つ彼女の口に饅頭を放り込んだ。

「美味しい!」

「元気になって良かったわ。

ところで私は人を探しているんだけれど、聞いてみてもいいかしら?」

「うん」

「背格好は三尺四寸ぐらいかしら。

痩せぎすで、淡黄色の服を着て青緑の髪色をした男の子なんだけど」

女の子は隣の天佑様たちをちらりと見てから、私を再び見て首を傾げた。

「その子になんの用事があるの?」

「私たちにとって大事な物を、その子がもっているかも知れないの」

「ふうん」

女の子は知らないとは言わなかった。

何かを考えているようで、その様子にもしや心当たりがあるのではと志文様が身を乗り出してくるのを、恵麗が怯えさせないために押しとどめている。

「じゃあ、その服頂戴!」

「お前、とんだ強欲娘だね!」

饅頭を食べさせてもらった上になおも欲しがる様に志文様が呆れ果て、思わず叫んだ。

私は鋭すぎる志文様の視線から隠すように、さり気なく彼女の視界を袖で遮る。

志文様は食うに困る人と接したことがほとんどないのだろう。

彼らにとって裕福な人間は、少しでもお零れの富を得るための好機でしかない。

対価を求めるのは当然の駆け引きとしか私には思えなかった。

そして困るわけではないのだからくれてやればいいと思うのは、甘すぎる私の考えだ。

それにしても彼女の機嫌を損ねるのは得策ではないと気づいているのだろうか。

むしろ素直に欲しいものを言ってくれる甘さを喜ぶべきであるのに。

これが賢しい者であったなら、足元を見て更に要求を吊り上げてきていただろう。

服だけで盗品が返ってくるならば安いものだ。

彼女がへそを曲げないよう、できる限り優しく声をかける。

「そうねぇ。あげてもいいのだけれど、この服は貴女にはちょっと大きすぎるでしょう?

だから、新しい服を選んであげるわ。

代わりにその子のこと、教えてくれるかしら」

「いいよ。そっちのおじさんは嫌いだけど、お姉さんは優しくしてくれたし」

「有難う」

女の子は早く服が欲しいのだろう。いそいそと私の手を引いて店に行こうと引っ張っていく。

服屋の露店に辿り着くと、私と恵麗は着せ替え人形のように女の子に服を次々と着せてみた。

女の子も嬉しいようで、機嫌よく服を着られている。

最終的に、彼女によく似合う若葉色の一着を志文様の出資により購入することにした。

「決まって良かったわね」

「うん!」

女の子は新しい服を両手で握りしめ、顔をほころばせている。

庶民にとって最も必要な物の一つが服である。

財力などは服を見ればすぐ分かってしまうほどだ。一着でも多いに越したことはない。

気分よく喜んでもらえたので、後は協力してもらうだけだと私も気を緩める。

そんな彼女の表情を一変させたのが、志文様だった。

「さあ、こちらの番だね。盗人の場所を教えてもらおうじゃないか」

恐らく焦っていたのだろう。私たちに協力を迫った時のように、警戒心の強い子どもであれば心が折れてしまう厳しい表情で問いただしてしまったのだった。

女の子は顔をこわばらせ、服をきつく握りしめる。

いけない。

そう思った時には、女の子は悲鳴のように「知らない!」と一声残し、一目散に群衆に紛れるように走り去ってしまった。

残されたのは茫然とする四人である。

「何処へ行った!」

期待から一転、走り去ってしまった情報に悔しさを募らせ、志文様が叫んだ。

そんな志文様に対し恵麗が声を荒げる。

「……今のは、志文様のせいですよ!

怖がらせるから。相手は子供ですよ、子供!」

悔しいのは恵麗も同じである。面と向かって言われ、その剣幕に志文様がたじろいだ。

「いや、でも、天佑も何か言ってくれないか?」

しかし天佑様も志文様に対し何も言わず、ただ視線を逸らしたのだった。

それにより流石に自分の非を認めざるを得なくなったらしい。

「……分かったよ。

僕のせいだった」

どうも出会った時といい、焦って語調が荒くなってしまう癖があるようだ。

落ち着いている時は非常に理性的な分、その欠点が目立って見えた。

天佑様は逆に動じるところのなさそうな人である。

それを補うのが今回の旅において天佑様の役割なのかもしれなかった。

しかし志文様が認めた所で、どうしようもなくなった現状は変わらない。

また一から振り出しに戻ったのだ。

一度希望を掴みそうになった分、再び人探しをするのは疲労感が増した。

何度も同じような場所を行き来する。

足は次第に棒のように感じられ、偽りの情報を掴まされては時間が浪費されていく。

今はいったい何時ぐらいなのだろうか。

太陽が下に降りてきて夕刻に差し迫った頃、事態は急変した。


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