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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
31/32

疫鬼退治:5


原因が取り除かれると体調は見違えるように良くなった。

私は元通りに戻った自分の左手に視線を向け、過ぎ去った災難を思い出す。

私は助かった。けれど、この村には助からなかった人もいるのだ。

正面に顔を向けると、白杖老と村人たちが私達を見送ろうと並び立っていた。顔を引き締めて頭を下げる。

「白杖老。そして村の皆様にも。大変お世話になりました」

「元気になられて良かった。まだ先があるのですから、お気をつけて行ってくだされ」

「はい」

白杖老とのやり取りが終わると、村長が恐縮しながら私に話しかけてきた。

「姫様、わしらは姫様が来て下さらなかったら今頃どうなってたか分からんです。

姫様はわしらの大恩人です。わしらに何か手伝えることはありませんか?」

地面を見て、目を合わせることもできない様子に私の正体が悟られているのが分かった。

傍で会話などを聞いていれば、当然分かることだろう。

それに壁を感じつつも、精一杯の感謝の気持ちを伝えようとしてくれていることが嬉しかった。

暫し村の人たちの気持ちを汲むようないい案がないか考えてみる。

そして、浮かんだことをそのまま口に出した。

「いつか、この村に新しい農業の方法を教える者が来ると思います。

その時、それがどんなに突飛な方法に思えても、どうか信じて試して欲しいのです」

この過酷な環境を緑溢れる地に変えてきたい。それが旅に出てから抱いた私の願いだった。

実際の方法はまだ思案中だが、志文様のような知識ある方がいると知れた今ならその願いが不可能ではないと感じている。

「分かりました。その時は、全力でお手伝いします」

「ありがとう」

力を込めた声を発し、深々と頭を下げた拱手に私も礼を返した。

踵を返し、私達一行は長い間足止めをされていた道の先へ足を進める。

その後ろ姿を村人達はいつまでも見送り続けてくれていたのだった。



祖州に入り、もう二日ばかりで匡邑に着く。そんな旅の終盤での出来事である。

町の大きな宿で夕飯を終えた後、自室で寛いでいる最中に、宿の別室に志文様と天佑様から呼び出されたのだ。

顔を見れば歓談の為に呼び出したのではないのだとすぐに分かった。

厳しい顔つきで腕を組み、目の前に出されている茶などに手を付けた様子もなく私達が来るのを静かに待っていた。

「急にすまない。この宿は祖父の代から贔屓にしているところでね、公然と運べない手紙も預かってくれるし、連絡の橋渡しもしてくれるんだ。それで、大分良くない話を聞いた」

志文様がそう言って、机の上に匡邑周辺を示した地図を置く。

その中心に書いてある匡邑を指さし、非常に固い口調で言った。

「匡邑は今、隆飛様により占拠されているようだ。

街中を隆飛様の配下兵が闊歩し、輝明様の支持している者を監視しているらしい」

想像以上の悪い知らせに絶句する。いつまでも膠着状態が続くとは思っていなかったが、こんなに早く、というのが正直な感想だった。

返す返すも先日の疫鬼騒動が口惜しい。どうしてあの時、あれほどの時間を使う事態に陥ってしまったのだろうか。

つい暗い思考に足を取られそうになり、前を向くことで気を取り直す。

反省よりも、今に目を向けなければ。

「輝明様はご無事ですか?」

志文様は指を匡邑の北へと動かした。そこには大きな氾河(はんが)が流れ、匡邑を避けるように途中で流れを変えている。

その流れの変わる場所には泚洄堤(せいかいてい)という堤防と、隣接した亶関(たんかん)と呼ばれる関所があった。

「亶関の長官と輝明様は懇意だから、その縁を頼ってここに逃れたらしい。

匡邑を脱出できた輝明様の支持者は、ここに身を寄せているようだ。

手を出し辛い場所だから、一先ずは安心していい」

「そう……ですか」

私は祖州の地理に疎く、その言葉を信じるしか術がなかった。

「だから目的地は亶関に変更になる。そのことを伝えたくてね」

「分かりました」

戦の空気が鼻先まで近づいているのを感じた。私はそれをどうにか消したくて、焦りの感情が生まれる。今にも外に飛び出して、先を急ぎたいぐらいだ。

でも、先を急いだとして、私は本当にそこで確信を得られるのだろうか。

それが、何よりも心配なことだった。



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