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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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疫鬼退治:4

「待てぇーい! お主ら、何をやっとる!?」

気をそがれ、周囲の者たちと共に声の方向に視線を向ける。

そこには疲労困憊した様子の馬二頭と、それに跨った白い杖を持つ豊かな白髭の老人、そして喜鵲と名付けられたあの男がいた。

恵麗殿がその老人を見て叫ぶ。その声は期待と喜びに満ちたものだった。

「白杖老!」

志文殿がその正体を言い当てた。

「乩手の方ですか」

「いかにも」

太鳥令(たいちょうれい)の白杖老が来てくれるなんて……!」

それは炎州において、政府の乩手での最高官だった。

そこまで行きついてしまえば名誉職のようなものだが、こんな気軽に出歩く立場ではない。

白杖老は馬を降り、髭を撫でつけながら近寄ってきた。

「鈴玉様の頼みとあらば、どこにでも参りますとも」

喜鵲も同じように馬を降りると、横たわった鈴玉様の様子を見て顔を白くした。

「遅くなりまして……申し訳ございません」

そう言いながら、鈴玉様に額づいた。しかし、鈴玉様は目を閉じて答えることもできない。

恵麗殿が代わりに彼に言った。

「よく戻ってきてくれました。鈴玉様もそう思っているでしょう。さあ頭を上げて」

促されて渋々頭を上げたが、喜鵲の心配な顔は晴れない。

鈴玉様が喜鵲を無理を通して戻らせなければ、私は今頃彼女の手を斬り落としていた。

影を呼び出したあの時、わずかでも愚かな行為だと見くびらなかっただろうか。

しかし今、鈴玉様の選択は最大の助けとなっている。偶然に過ぎないかもしれない。

けれどその選択を評価しなければならないのは間違いなかった。

白杖老は鈴玉様を覗き込んで言った。

「お可哀想に。どうしたことだ。さあ、何があったか話しておくれ」

「祖州の都内令、黎志文と申します。説明は私が」

「よかろう」

志文殿は白杖老に今まであった経緯を全て話した。

蜚という名前が出た瞬間、その皺が更に深いものに変わる。

そのまま最後まで時折の相槌を挟みながら聞き終えると、疲れたように大きく息を吐く。

「……こんな出来合いの祭場で、よくそこまで追い詰めたものだ。

乩手が何人いても足りん相手だ。それが鈴玉様の手に……なぁ」

「方法はありますか?」

「疫鬼は他の精怪の気を嫌う。ここに誠偉様でもおれば、御髪を分けてもらうのだが」

志文殿の問いに、難しい表情の白杖老が答えた。当然炎王はいない。

やはり手段は切り落とすしかないのだろうか。

再び沈鬱な空気が皆に流れた時、一人ひらめいたように明るい表情をした人物がいた。

「もしかしたら……できるかもしれません」

「何?」

白杖老がその意図を尋ねたが、恵麗殿は周囲の村人や護衛達に視線を向けて口にするのを躊躇った。

「ちょいと不都合があるようですな。よし。お前達、遠くに離れなさい」

「はっ」

護衛達が村人を下がらせつつ、声の届かない場所に移動した。

白杖老と我々四人しかいなくなったところで、恵麗殿が小声で話した。

「私は誠偉様より眷属印を賜っています。

火精の気が必要ならば、私の髪にも宿っているかもしれません」

「なんと」

白杖老が驚きの声を上げる。我々二人も思わず恵麗殿の本気を疑ってしまった。

しかし目は真剣で、冗談で言っているようではない。

誰が今までそんな使い方をしただろう。権威の箔付けとしてばかり使われる眷属印を、まさかお守り代わりに女官に渡すとは。

しかし実用面のみを考えれば、実に効果のある武器だった。

「はっはっ! あの小僧め、ようやるわ! 十分です。それでやりましょう」

さらりと自州の王を小僧呼ばわりしつつ、白杖老は大笑いする。

恵麗殿はほっとした表情になると、小刀を腰帯から取り出し一気に自分の髪を肩の高さまで切り落とした。

躊躇ないその動きに驚く。上流階級の女性ともなれば、短い髪はあり得ない。

奇異の目で見られるのは間違いないのに、後悔は全くないように見えた。

「これで、足りますか」

「多いぐらいでしょう」

白杖老は恵麗殿から髪の束を受け取ると、布で包んで大切そうに懐にしまった。

「じゃあ、あの祭場を使うことにするかね」

健脚な足取りで、白杖老は志文殿が作った祭場へと坂を下りていく。

そして破られた縄を張り替えさせ、四方に札を張り付けた。

「天佑殿と言うたか。お主が一番腕が良さそうだ。首を切り落とす役をお願いしてよろしいか」

「はい」

「よし。では鈴玉様を祭場の中心へ。天佑殿は隣で構えて待たれよ」

護衛達が鈴玉様をそっと地面に横たえる。

祭場の中に二人だけになったのを見計らって、白杖老は杖を両手で持ち呪文を唱え始めた。

「甲。則ち陽気は萌動す。窮奇(きゅうき)以て広莫風(こうばくふう)を成す」

老人とは思えない腹から響くような白杖老の迫力ある声に、風向きが応えるように変わる。

祭壇の炎に、包んだままの髪と札を投げ入れると、煙が鈴玉様を取り巻いた。

「ヒィーッ」

鈴玉様の左手から蜚が、必死の形相で首を飛び出させてくる。

それは煙に燻された獣が逃げてくる様子と似ていた。

蜚の姿が徐々に表れ上半身を過ぎた時、白杖老が札を飛ばした。

札は鳥のように宙を飛び、蜚の首筋に張り付く。すると札から光の輪が現れ、蜚の首を絞め上げた。

蜚はもがき、札から逃れようと首を振るが、術が緩む気配は全くない。

それでも札が取れなければ死が待っているのを理解しているのか、全身で地面に札をこすりつけるが、それも無駄なあがきでしかなかった。

「今だ!」

白杖老の声が届くと同時に、私は腕を振り下ろした。

鎖に繋いだ獣の首を落とすだけの、全く簡単な作業だった。

蜚の首は重い音を立てて大地に転がり数秒恨めし気に私を見た後、土のように崩れ跡形もなくこの世から消滅する。

次いで鈴玉様の手を見ると、禍々しい漆黒の呪印は嘘のようになくなっていた。

顔色も少し血の気が戻ってきているように見える。白杖老は疲れたように杖に体重を預けて言った。

「大分弱っていたお陰で、手こずらずに済みましたな。もう大丈夫でしょう」

私はこの方を失わずにすんだのか。

じわじわとその実感を噛みしめつつ、その細い体に腕を回して持ち上げる。

誰にもわからないように、抱える腕に力を込めた。


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