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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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六州一国:3

全く気づきもしないうちに、我が炎州は国を左右する重要な立場にいたらしい。

私が暢気に日々を過ごしている間に、不穏な影がこの州を取り巻いていた。

既に特使派遣は外交合戦の様相である。

下手をすれば、炎州が戦場となってもおかしくないではないか。

部屋の空気はすっかり冷え切って、私の心情を表しているかのようだ。

しかし、炎王らしい所業である。

彼の王は非常に奔放であり、他人に聞く耳など持たない厄介な性格である。

自分の州内のことですら他人任せでどこまで把握しているかも怪しい。

まして他の州のことに関しては、それが国の中枢の問題であっても関与したくもないのだろう。

恵麗は今まで静かに聞き入っていたが、二人に向けて疑いの眼差しを向けて言った。

「それで、どうして正面から堂々と特使として炎州に二人が入ってこない理由になるのかしら?

どちらも要職のお二人なら、話を直接炎王から聞くぐらいのことができるでしょう?」

その指摘に、志文様は機嫌よく笑った。指摘されるのを待っていたようだった。

「正面から行っても、炎王にはまともに話も聞いてもらえないことは分かっている。

ならば抜け道を探さねばならない。そうしたらいるじゃないか。

一人、炎王がまともに話を聞く親族が」

「炎王の従姉上(いとこうえ)様ね」

恵麗が上げた人物に志文様は頷いた。少し調べれば分かることである。

炎王は幼少期より、とある理由で軟禁状態のまま育てられた。

その時、唯一親族として世話をしたのが炎王の従姉である。

それにより荒々しい炎王も、従姉の前では猫のように大人しいとは有名な話だった。

「その通り! しかしこの抜け道、隆飛様に気付かれず、より早くたどり着かねばならない。

だからこそこうして僕たちは身分を隠してここにいる」

なるほど。

そして大方の事を聞き終えてしまったからこそ、彼らが何を盗まれたのかも察してしまった。

恐らく炎王の従姉に渡すべき書面だろう。

しかし、それにしても護衛も付けずに来るとはどれだけこの件を重要視しているのかが分かる。

人が増えるほど狙いは分かりやすく、動きは鈍いものになってしまうだろう。

だからこそ削れるものは全て削り本当に必要な物だけを携え、命を懸けて二人はこの場に来たのだ。

会ったこともない一人の人間に、自分の信じる道に進めるよう助力を懇願するために。

この場にいるのが酷く居心地悪く感じた。

私は自分の才覚の無さを自覚している。

彼らのように強い意志をもって、自分を信じて危険に飛び込むことなどしたことがない。

この場に同席することさえ、おこがましいように思えた。

しばし室内に沈黙が下りる。

ふと疑問が湧き、私は首を傾げて軽々しく聞いてしまった。

「分かりました。盗まれた物がどれほど重要な物なのかも含めて。

……でも、そこまで詳しくお伝えになったのは何故ですか?」

 志文様は再び無表情へと顔を硬くさせると、私たちを脅すような容赦ない声色で言った。

「一つ、盗品捜索に協力してもらうため。

一つ、僕たちの存在を他言させないように口留めさせるため。

一つ、僕は君たちを女官ではないかと疑っている。

協力してもらえないだろうか」

軽く聞いてしまった質問に、非常に重い内容が返ってきた。

自分の迂闊さに呆れてしまう。 

志文様は言い終わると、特に恵麗の方に視線を注いだ。

確かにあの短時間で文官武官を見抜くには、普段よほど見慣れているからだろうという推察が容易くできる。

そして事実、恵麗は女官であった。

彼女はもはや様子を窺うのをやめ、背筋を伸ばして二人に向き合った。

その姿は凛として美しく、その役職に足る人物であると見るものを思わせる。

この姿こそが本来の恵麗の姿である。志文様と天佑様に少しも引けを取らない。

一方私は背を丸め、縮こまるようにして存在感を消そうと努力した。

女官としての恵麗には、釣り合うはずもない人間だと思ったからだ。

私は彼女のように強くもなく、賢くもない。

恵麗が慕ってくれるのを、いつも不思議に思っている程度の人間でしかなかった。

志文様は私がその程度の人間であると見抜き、まるで意識を向けなくなった。

ひたすら恵麗に視線を向ける。その空気は情けなくも、私が幼少期より慣れるほどに親しんだものだった。

「私は鐘恵麗(けいれい)。黎志文様がお思いの通り、女官にございます。

そしてこの方は私の友人。名前を聞かず、お呼びになるならば姐様と。

それができぬならばこの話、打ち切らせていただきたく思います」

それは私を全身で庇おうとしてくれる言葉だった。

名前を聞かないというのは、責任を問わないという宣言である。

代わりに一人で恵麗は二人の企みごとに巻き込まれようとしてくれていた。

それがどれだけの覚悟の上にあるのかを読み取り、志文様はその条件を受け入れた。

「分かった。盗品が戻るまでは二人とも協力してもらうが、その後は恵麗殿が協力してくれればそれだけで構わないよ」

恵麗は左手で拳をつくり、右手でそれを包み込み軽く頭を下げた。

拱手(きょうしゅ)と呼ばれる礼で謝意を示したのである。私もそれに続けるように拱手する。

彼女に庇われるままでいる私に対して、寒々しい温度の碧眼が向けられるのを天佑様から感じた。

友人を犠牲にして自分だけが逃げるのを良しとするのかと。

その通りである。

気づいていながら、私はただ黙してその視線を甘んじて受け入れるしかなかった。

天佑様はつまらなそうに鼻を鳴らした。

女官としての恵麗が二人に向かって質問する。

「ではお聞きいたしましょう。どのようにして従姉上様にお会いになるおつもりでしたか?

まさか無策のまま来てはおりませんでしょう?」

諸公主家令(しょこうしゅかれい)殿に渡りをつけていたのだが……どうも顔が変わったようで、難儀しているんだ」

最近人事が入れ替わった、皇女の家令長を思い出す。

女官でもない宮女の縁者を重用してしまい、炎王の勘気に触れて左遷されたのだ。

それでも命があるだけましであろうと思うのは、普段の炎王の処罰が厳しいからだ。

この件に関しても、炎王の従姉がとりなしたらしいとは周囲の噂になっている。

「なるほど。そちらの事情、全て把握いたしました。

……ではまず、盗品を探すところからいたしましょう」

「助かるよ」

志文様はほっとした表情で恵麗に微笑んだ。

脅していながらも、実際に協力を取り付けるまでは緊張していたのだろう。

さて盗品を探そうとなると実際に目撃した私たちが中心となって行動しなければならない。

彼らは赤城都(せきじょうと)に疎いのだから。

恵麗は顎に手を当てて少し前のことを思い出す。

「確か少年でしたよねぇ。

それも身なりが貧しくて、(やつ)れているような。

姐様、何かいい案ないかしら」

 恵麗が私の作った白々とした空気を読まずに話しかけてくれたので、少し心穏やかになる。

「ええ。なら、獺川(たつせん)の方に流民が多いから、そちらに行けば何か分かるかしら」

「流石姐様。そちらに向かいましょう。でもその前に」

恵麗は目の前に並べられたままの料理に手を組み、目を輝かせた。

「これを平らげてからでも、遅くないと思いませんか?」

この子、普段粗食じゃなかったと思うけれど。確かに残してしまうのも勿体ない。

「そうね、そうしましょうか」

私たちの暢気な言葉に志文様と天佑様は酷く疲れた顔をして、それぞれ深く俯いたのだった。

くぐもった声で「この娘たち、本当に深刻さが分かっているのか?」などと志文様が言っているが、気づかぬふりをする。

そちらの事情に巻き込まれるのだ。これぐらいのことは、我慢してもらいたい。


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