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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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武官の私意:7

他の家々と似たあばら家の中から見知った声が漏れ聞こえてくる。

取り込み中だと察して、声をかけることなく入り口の隙間から覗き込むに留めた。

「名は?」

(ゆう)韋良(いりょう)

「呪印はいつから?」

「どうだったかな……確か、村に出始めた最初の方だったと思います」

「症状は?」

「少し怠い感じがします」

「ふうん……」

中では志文と村人の青年が向き合って問診をしているようだった。

韋良と名乗った彼は診察の為に上半身をはだけさせており、広がる呪印がよく見えた。

左手を中心に呪印が広がっているようだが、顔つきはそう酷くはない。

受け答えもしっかりとしており、村人の中では軽症の方だ。

「君には後で協力してもらうこともあるかもしれないな」

「は……はい。俺にできることなら……」

「ありがとう。とりあえずは以上だ」

真剣な彼らのやり取りを見ている内に、先ほどまで制御できなかった鼓動はどうにか静まった。

何もなかったように振舞うことができるだろう。

志文殿は覗いている俺に気が付くと覚書をしていた手を止め、立ち上がった。

「もういいのですか?」

「ああ。聞きたいことは全部聞き終えた。

韋良君も、もう服を着てくれて構わないよ」

韋良は私達の様子を窺いながらおどおどと服を直す。気が弱そうな印象を受けた。

彼を家に残し外に出ると、志文殿は家屋から離れるように歩き出した。

それに追従して歩く。行き先は分からないが、どうやら山の中に向かっているようだった。

「鈴玉様の様子は?」

「変わりません。受け答えはしっかりしていますが……寝ている時間が多いです。

熱も出ているようですし、言葉にはされませんが相当お辛いかと」

「そうか、急がないとだね。恵麗殿がいてくれて助かった。

信頼している者が傍にいて、鈴玉様も心強いだろう。

なかなか見ないよ、ああも信頼のある主従関係は」

「本当にそうですね。羨ましいほどです」

「我々も輝明様にご信頼いただけるよう励まねばね」

志文殿は迷いない目でそう言った。彼は心から輝明様という個人を尊敬しているのだ。

しかし私はそれに即答することができなかった。

「……ええ、そうですね」

疑われない程度には返事ができたはずだ。この心が見透かされないようにと願う。

隆飛様よりも、輝明様の方が皇帝に相応しいと思う。それに違いはない。

けれど、志文殿と同じほどの熱さをもってそれを語れない自分がいた。

それでも歩む道に疑いはない。ならば結果は変わらないはずだ。

「ところで何処に向かっているのですか?」

志文殿は村からみるみる内に離れ、山の中を突き進んでいく。

木々は疎らで草は膝下より低いので見通しは良いが、勾配は険しくこんな場所に人の手は入らないように思われた。

「痕跡を探しているんだ。相手の正体を知らずに払うことはできないからね」

「疫鬼の正体ですか?」

「そう。怪異の大半は名によって縛られる。

名を呼ぶだけで払えるものもいるぐらいだ。そういった簡単な相手であればいいのだけどね……。

精霊達のようにいくら呼ばれようと平然としているものもいるから、それだけをあてにはできないけど」

私はその辺りの知識は乏しいので、そんなものかと思うだけだった。

木を一つ一つ入念に調べたり、姿を見せた獣を観察したりと私には何を見ているのかすら分からない。

手伝うつもりであったが、護衛役以上にはなれなさそうだった。

志文殿を信じるしかない現状がもどかしい。

刻一刻と鈴玉様の体力は削られていくというのに、私には何もできないのだ。

「よく白澤図を覚えていましたね。あの類の本は乩手でなければ読まないかと思っていました」

「どの知識も得ていて損はない。現に役に立っているしね」

確かにその通りだが、だからといって簡単に覚えられるような量ではない。

志文殿の優秀さは疑いがなかった。

志文殿は汗水を垂らしながら歩き回るが、目的とする物は見つからないようだ。

「少し休みますか?」

「いや、いい。……僕がやらなければ」

その顔には責任を負う者の強い意志があった。全くその通りで、他にできる者はいない。

「それに、はるばる足を運んでくれている姫のためだ。天佑もそう思うだろ」

 それは何の裏もない言葉だったが、つい先ほど自覚した感情を見透かされたようで一瞬言葉に詰まってしまう。

すぐにその態度が不審を招くと気づき、慌てて同意した。

「……そうですね」

しかし、そのわずかな遅れが何を意味するのか志文殿は気付いてしまったようだ。

「なんだ天佑! 鈴玉様に本気で惚れたのか?」

「まさか」

表情を消した仮面のような顔で答えたが、志文殿は意地の悪い笑みを浮かべて軽く小突いてくる。

厄介な人間に気付かれてしまった。

茶化すのはそこまで深刻に捉えていないからだろう。

子供が淡い恋心を抱いた時のような、そんなか弱く純粋なものだと思っているからこそ笑っていられるのだ。

それが本当にそうであれば、どれだけいいか。

この胸の内に煮えたぎる欲を知ってしまったら、同じようには振舞えないに違いない。

だが、あえて教えてやることもなかった。

私は素知らぬ振りをして、白々とした目を志文殿に向けた。

「痕跡を探すのではなかったのですか?」

「全く、からかい甲斐のないやつだなあ」

志文殿は大袈裟にため息を零してから、地面に視線を戻す。

話題を終えてくれたことに胸を撫でおろした。

探索する志文殿の後について周囲を警戒する。

こんな丸見えな場所では盗賊や追手も出ないだろうが、油断は禁物である。

見回している内にふと、視界の先に少しの異変を感じる場所があった。

「志文殿。あれはいったい何でしょうか?」

「ん?」

指さした場所を志文殿も眉間に皺を寄せて目を凝らす。それは、隣の山の斜面にあった。

「何処?」

「あの、少し大きい木の隣付近です。草が一列に枯れています」

「この距離で見えるのか?」

訝し気な視線を感じるが、その程度は問題なく見える範囲である。頷いて答えた。

「頼もしい限りだ。行ってみよう」

数刻の後、辿り着いた場所では確かに一列に草が枯れていた。

まるで枯草の道のようで、特に異様なのはそれが何処から始まったのか分からないほど長く続いていることだ。

志文殿は見分の為にしゃがみ込むと険しい表情で草を摘む。

「間違いない。疫鬼の跡だ」

手にした枯草は病に侵されたように黒い斑点があった。


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