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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
20/32

武官の私意:4


床が地面に剥き出しでないという事実だけが、この建物が家畜小屋でないと分からせる。

私達四人は外を護衛達に任せ、身を寄せ合うようにして村長の家に居た。

雨には耐えられる程度の木造で、造りの粗雑さから外気の冷えは防げないだろう。

自分の家は勿論、時折泊る安宿から考えても粗末な建物だった。

そこに家畜の毛皮を敷き詰めて、鈴玉様を寝かせている。

時折目が覚めるのでその都度水や重湯を飲ませるのだが、すぐまた眠りに落ちてしまう。

その弱弱しさが言い知れない不安な気持ちにさせた。

「これから、どうするんですか? 喜鵲さんを待つんですか?」

恵麗殿がそう志文殿に尋ねると、志文殿は顔を上げて逆に聞き返した。

「恵麗殿、疫鬼とは何だ?」

「へ? え、えーと、疫病の悪鬼ですか?」

「では悪鬼とは何だ?」

「え、えーと、えーと、魑魅魍魎の類です」

「では魑魅魍魎とは何だ?」

「それは……」

「こういえば分かるかな、精霊とは何だ?」

恵麗殿はそこで察したらしく、息を呑んだ。

志文殿は満足そうに頷くと、先を続けた。

「精霊も疫鬼も、元は変わらない。

精霊を貶めるのかと五月蠅い者もいるから、大っぴらに言われていないけどね。

普通の動植物とは違う、自然界に存在する『気』を食らうものを、総じて魑魅魍魎と呼ぶ」

この事実は精霊信仰の強い者ほど衝撃的なはずだ。

崇めている存在が忌み嫌われる疫鬼とほとんど変わらないなどと、耳をふさぎたいような話だった。

しかし恵麗殿は動じた様子はなかった。

彼女にとっての関心事は姐様と慕う鈴玉様でしかなく、天朝宮に勤める者としてはあるまじき精霊信仰の希薄さである。

いやそれとも、あの炎王の部下だと思えば不思議ではないのか。

「精霊も、疫鬼も同じ……でも、それが一体なんなんです?」

「魑魅魍魎の中には人の『気』を食らうものがいる。

人と契約し、一族の『気』を支障ない程度に食らう代わりに自らの力を貸し与えるものを、精霊と呼ぶ。

人と契約せず、一方的に『気』を死ぬまで搾取するものは疫鬼と呼ばれる。

どちらも、存在としてはそう違うものではない」

「だから、それが一体なんなんですか!?」

恵麗殿は望む答えが得られず、苛立って声を荒げた。

志文殿の冷静な、冷静すぎるとも思える声が言った。

「分からないか? 鈴玉様は必方の守護を受ける、郝一族だ。

ただでさえ必方に『気』を奪われているのに、疫鬼に更に奪われている」

固唾を呑んで恵麗殿は続きを待った。

「……他の村人よりも、もたないだろう」

残酷な宣言に、恵麗殿の顔色がみるみる青ざめていく。

茫然として、目を見開いて棒立ちになった。

ふらつきながら寝台に横たわる鈴玉様の横に近寄ると、恐る恐る上掛けからはみ出た白く小さな手を握る。

その温かさに生を実感したのか、一筋の涙がその頬を伝って落ちた。

誰が見ても分かるほど強い絆を感じさせる光景だった。

血縁などに裏付けされなくとも、人を心から信頼することができるのだと確信させる。

『姐様』という言葉の中に、偽りは何もなかった。

「やりようはある。……間に合わせるつもりだ」

「教えて下さい、志文様。何でも、どんな苦難でもやり遂げてみせます」

強い決意の滲む口調で恵麗殿は言った。

更にもう一滴の涙が鈴玉様の手に落ちると、その感触で鈴玉様は目が覚めたようだった。

瞼を開き、泣いている恵麗殿の顔を見て困惑した表情になる。

「どうしたの、恵麗?」

「天佑様ったら、珍しい蛙がいたなんて見せてくるから驚いちゃったんです」

思わぬとばっちりにぎょっとしたが、表情に出さないでいることには成功した。

まさか本当のことを言う訳にもいかなかったので、その突飛な話に口裏を合わせるしかなかった。

「すみません。まさかここまで驚くとは思わず」

鈴玉様は楽しそうに顔をほころばせる。

深刻な空気に気付かなかったことに安堵する。

「まあ。そんなことがあったなんて。

起きてなくて損をしたわ。……その蛙さんは?」

「もう外に逃がしました」

「それはとても残念ね」

 聞いているだけの志文殿も、他愛もない話に口で弧を描いている。

漂うのは穏やかな空気だったが、一人逆に落ち着かない嫌な気分になった。

まるで、もう二度とこの平穏が味わえないかのようだ。

嫌な予感を振り払うように、口を開く。

「それで志文殿。疫鬼にどう対処するおつもりですか」

志文殿は硬い表情になり、重々しく口を開いた。

白澤図(はくたくず)


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