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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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六州一国:2


個室のある高級料理店を探し出し、慣れた様子で私たちを先導するように青年たちは入っていった。

格式の高さなどまるで気にも留めない。

やはりこういった場所を幾度も使ったことがあるのだろう。

そして個室に通され料理も適当に並んだところで、密談だと言わんばかりに腕を組んで文官の青年が私たちに威圧的な笑みを向けてきた。

「自己紹介がまだだったね、僕は(れい)志文(しぶん)。祖州の都内令(とないれい)だ」

「都、都内令……!?」

会話も早々にさらりと告げられた、耳を疑うような情報に息をのむ。

恵麗でさえも予想外だったようで、あっけにとられていた。

それが本当だとしたら、とんでもない事態だった。

都内令は首都の穀物倉の管理長の役職である。

当然ながら要職であり、そう軽々しく他の州に旅行できる立場ではない。

どう多く見積っても二十代後半から三十代前半の歳であるのも、疑う気持ちに拍車をかけた。

「信じてなさそうだね。まあ僕はまだ二十八歳だし、気持ちは分かるよ。

けれど信じてもらわなければ困るんだ。

後で都内令印(とないれいいん)を見せても構わない。それだけ重要な要件だ」

そこには一切の冗談もなく、痛いほどの真剣な表情があった。

冷たい光を宿した目が、私たちを射抜く。

迂闊に声さえ上げることもできず、先ほどまで騒がしかった恵麗も口を閉ざしたままだ。

彼の灰色の癖のある髪を見る。

異民族との交流も盛んになった昨今、白、緑や青といった髪色を持つ者は珍しくない。

だが志文様の灰色に関しては、異民族との混血によるものではなく恐らく貴色(きしょく)が混じった色なのだろう。

それが彼が都内令である話に信憑性を増す要素の一つであった。

精霊の守護を受ける一族はその髪に証として貴色(きしょく)を宿す。

ここ炎州の(かく)一族であれば、貴色は炎のような赤系統である。

志文様が来たという祖州の蘇一族であれば白澤(はくたく)の白だ。

そして貴色は婚姻関係を結べば多少は子供に引き継がれる。

国の中枢部にいる人間は精霊の守護一族の縁戚関係者が多く、当然髪色も似た系統であることが多かった。

「私は(らん)天佑(てんゆう)太子中盾(たいしちゅうじゅん)の職についている」

こちらも大物だった。次代の皇帝候補たちを警護する部署の長である。

年齢は志文様と変らないぐらいだろう。

鋭い空気は何かあれば私たちを剣で切る覚悟を伝えてきた。

まさか親切心がこんな大事になるとは。

命の覚悟もできていない私はひたすら彼らを刺激しないようにと、縮こまるようにして椅子に座る。

事態の深刻さに、冷や汗が一滴額から零れ落ちた。

「皇帝の()飛揚(ひよう)様が去年崩御されたのは流石に知っているよね?」

思慮深く二人の様子を見つめる恵麗の様子を見てから、彼女が止めないならば問題ないだろうと判断した。

気の緩んでいる時の恵麗は何処か抜けた所もあるが、真剣に物事を進めようとなればこれほど信頼できる人もいない。

志文様の出した誰もが簡単に答えられる質問に、思うままに口を開いた。

「はい」

王と皇帝、似たような二つの言葉には明確な違いがある。

この天福において王は五人いるが、皇帝はただ一人である。

各州の有力者である王を、更に束ねるもの。

皇帝にはそんな一線を画した権威があった。

皇帝崩御の一報は国中を悲嘆に暮れさせ、国民全員が一年の喪に服した。

普段赤系統の色を好んで着る炎州の支配者、(かく)一族たちですら地味な色を纏って過ごしていた。

例外は他人を慮ることを知らず、朱色の服を着続けた炎王ぐらいだった。

「それで四か月前に選帝(せんてい)の儀があったのは?」

皇帝や王が崩御すると、次代を決める選帝、または選王の儀が執り行われる。

内容はどちらも同じだ。守護を受けている一族の中から、精霊が最も適した者を選ぶのである。

()州の皇帝であれば瑞獣(ずいじゅう)白澤(はくたく)()一族から選ぶはずだった。

「ええ」

「結構。では、今回白澤様が誰も選ばなかったことは知っているかい?」

「多少。……詳しくは知りませんが」

祖州から離れた炎州にいても次代の皇帝は注目の話題だった。

そして、精霊が選ばないという予想外のことが起きたことまでは知っているが、情報はそれ以上持っていなかった。

もちろん国の中央で起きている無関係ではいられない次代の皇帝について心配はしている。

しかし地理的な距離のある分話のまわりは遅いのだった。

何か大きなことにならなければいいが。

そうやって気をもむぐらいしか実際のところしていない。

「祖州は今、それで大混乱になっているんだよ」

志文様は選帝(せんてい)の儀が行われた当時を思い出し、目を曇らせ重苦しい雰囲気をだして語りだした。

祖州の都、匡邑(きょうゆう)は驚天動地の大騒ぎであったらしい。

もしや白澤との約定を知らずのうちに破り、蘇一族が守護されなくなってしまったのではと、誰もが恐れたという。

乩手(けいしゅ)という精霊の言葉を訳す者が慌てて白澤の意向を窺うと『一族の守護を外したわけではない。蘇一族が約定を違えてもいない。だが、選ばない』とだけ伝え、それきり沈黙してしまった。

今も白澤が選ばなかった原因は不明である。

しかしそれにより、次代の皇帝をどうするかという非常に大きな問題が生まれたのだった。

何せ長きにわたり、自分たちで皇帝を決めるなどということをしてないのである。

白澤が沈黙しているとはいえ、なるべく精霊の意に沿う皇帝を選出しなければならない。

事前に人間が知ることのできる、精霊が選定をする際に基準の一つとしているものがある。

それこそが貴色の鮮やかさであった。

ならば事前に次代皇帝と噂されるほどの美しい白色を有し、実力も申し分ない者から選ぼうという流れになったのは当然のことだ。

「一人は飛揚(ひよう)様の四男、隆飛(りゅうひ)様。

武官からの支持が厚く、異民族との戦いにおいて武勇の誉れ高い方だ。

もう一人は第三十代皇帝曉飛(ぎょうひ)様のひ孫である輝明(ようめい)様。

文官からの支持が厚く、国内の治水工事において優れた実績があり、特に農民から尊信されている方だ。

僕たちは輝明様の支持者だ」

それだけ聞けば、炎州にまるで関係がなさそうである。

祖州だけで解決しそうではないか。

「それが、何故炎州に来られることになったのですか?」

「まあ焦らず聞いてくれ。

隆飛様と輝明様の支持者たちはまさに国を二分している。

どちらが皇帝になっても不満が残るだろう。

そのため、平和的に解決するために輝明様は各州の王からの信任を得ようと特使を派遣した。

その動きを見て隆飛様も同じように特使を派遣した。

瀛州(えいしゅう)生州(きしゅう)からは輝明様が支持を、流州(りゅうしゅう)聚窟州(しゅうくつしゅう)からは隆飛様が支持を得た」

そこまで長く語っていた志文様は茶を一杯飲んで、一息つく。

祖州を取り囲む五州のうち、四州がそれぞれの立場を表明している。

ならば残るは……。


「そして全てを決める立場となった炎王、(かく)誠偉(せいい)様だけが特使に返答をしなかった。

……これで、僕たちがここにいる理由が分かったかい?」


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