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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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武官の私意:1


藍天佑の生まれは農民である。

兄が二人、妹が一人。祖州の端で、両親と祖母で共に細々と暮らしていた。

そのまま順調にいけば両親と同じく農民となるはずだった天佑がその道を外れた訳は、天観(てんかん)五年の大蝗害(だいこうがい)にある。

空を覆うほどの(いなご)の大群が、藍家の畑を食い尽くしたのだった。

当然他の農民も同じ有様で、親族など頼れる状況ではなかった。

妹は売られるように嫁いでいった。兄達は荒れた畑を耕すことにしたが、それでも誰かの食い扶持を減らさなければならない。

幸い腕っぷしには自信があったので、地方の軍人として働くことにした。

結果的にここまで上り詰めたのをみると、自分には運と才能があったのだろう。

武科挙にて官吏になった後、高級官吏の娘に見初められて結婚したのも大きい。

彼女は結婚後すぐに病で儚くなってしまったが、良き夫を演じていた私に彼女の生家は今も色々とよくしてくれている。

元の暮らしを思えば、随分と成り上がったものだった。

しかし、ここまで成り上がったというのに心の靄が晴れない。

未だに思うのだ。大蝗害は本当に人間にはどうしようもないものだったのかと。

例えば炎王があの場にいれば、全ての蝗を焼き払ってくれたのではないか。

或いは生州から食べ物だけでも援助を受けられなかったのか。

旱魃や水害などと同様に、時折このような災害が発生するのは既知の事実なのだから、もっと対策のしようがあったのではないか。

位が上がって内情を知るにつれて、この国の腐敗が想像以上に深刻であることに気付いた。

目に映るのは蔓延る怠慢。既存の権利にしがみつく醜悪な官吏同士の戦い。足元の民への無関心。

全く反吐が出る。

大蝗害の時も、実は国中から復興費の名目で金が集められていたのである。

農民に届けばどれだけ助かったか分からない。

しかしそれらは全て、蘇一族の住む宮廷の修繕費に消えたという。

声を上げる役人はいない。言えば疎ましがられて何処に左遷されるか分かったものではない。

ただ人にとって神にも等しい、守護一族の為に使われた金である。

この国の一体誰が非難できるというのだ。

だから私は余計なことは言わず、思想を漏らさず、周囲に同化することにした。

心から民を思い、不正を嫌い、何物にも踏み拉かれぬ力を持つ。

そんな、私の天が現れるのを焦がれて待ちながら。

単調に続く下り坂に何となく人生を振り返っていると、鈴玉様と、心配そうに彼女を見る恵麗殿が目に入った。

疲労困憊しており、歩みは遅すぎるが仕方ないだろう。

郝一族の姫である。山道に慣れているはずもない。

炎州にとっても重要人物である鈴玉様が自ら足を運んでくれることは、予想もしていない有り難い申し出だった。

彼女に直接輝明様を見てもらうことができるのだから。

つり橋を渡ったぐらいから体調が優れなそうだが、誰かに手を貸してもらおうなどとはせず、自分の足で歩こうと気力を振り絞っていた。

無理だと判断すれば恵麗殿が言うだろう。それまでは口出ししないでおこうと思い、気にかけながらも歩き続けている。

しかし白澤は何故、不選定などという結果を示したのだ。

精霊達にも、皇帝と王を選ぶ癖のようなものはある。

例えば炎州の必方はほぼ髪色だけで選定するといっても過言ではない。

かと思えば、流州の金精、()(ぜん)は言葉を話せない美女の姿だというが、髪の色などほとんどあてにせず、容姿の好みを重視して選ぶという。

その中で白澤は無難な選定をする精霊だった。

人からみても能力的に相応しく思える人物を選んでいた。

選ばないということは一体、何を意味しているのだろう。

国中の者と同じく、私にとっても今回の件は謎である。

しかし皇帝を選ぶことのできるという事態は、国にとって大きな契機となる気がしてならない。

それぞれに悩み、選び、議論を戦わせる。漫然と過ごしていた人々に、一石を投じるに違いない。

私は農民の信頼を得ている輝明様を選んだ。

その選択が正しいと信じて。


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