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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
16/32

長い旅路:6


喜鵲と別れた翌日、遠く眼下に川を見ながら、蔦の這う古びたつり橋を渡る時のことだった。

揺れるつり橋から大地に足を付けた瞬間、くらりと目眩が襲った。

「姐様、どうしました?」

ふらついて木に手を置くと、恵麗が心配そうに声をかけてきた。

深呼吸をして自分の体調を探る。

目を一度閉じてみると、次に開いた時には目眩は消え去っていた。

「大丈夫。つり橋に酔ったのかもしれないわ」

私はそう答え、大したことではないと判断した。

橋を越えたら後は下るばかりである。

周囲に人家はなく、木々が疎らに生える岩山を単調な動きで只管に突き進む。

つり橋から二時間は歩いただろうか。

男性達は疲れも見せない足運びだったが、流石に恵麗は少し息を乱れさせて額の汗を拭きながら天佑様に尋ねた。

「天佑様。確か元の道に戻るにはあと半日ぐらいでしたよね?」

「そうです」

「そこまで行けば、道は平坦になりますか?」

「ええ」

その会話の後、二人の気づかわしげな視線が私に向いた。

平坦な道になれば、少しは私の歩きは早くなるだろうか。そんな意味の表情だった。

私は一番覚束ない足取りで、顔中に玉の汗をかきながら歩いていた。

呼吸は乱れきっていて、深呼吸をしても楽にならない。

一行の亀のような歩みの遅さは、完全に私のせいだった。

ならば休めばいいと思うだろう。これでもほんの少し前に休憩をとったばかりである。

いくら休んでもこれ以上のものにはならないと、自分がよく分かっていた。

天佑様は私の前に阻む様に立つと、足を止めた私に子供に諭すように優しく言った。

「……申し訳ございませんが、背負ってもよろしいですか?

 鈴玉様が責任感の強い方であるとは分かりましたが、このままでは夜の前に次の村に着けません」

自分がここまで何もできない人間だと知りたくなかった。

せめて、皆に歩いてついて行くことぐらいはできるだろうと思いたかった。

しかし足の痛みと、全身の倦怠感と、息苦しさがそんなこともできない体なのだと知らしめる。

意地も張れない情けなさだった。

「お願いします」

項垂れながら言うと、天佑様がしゃがんで背中を向けてくれる。有り難くその背におぶさった。

天佑様はふらつく素振りもなく立ち上がり、軽い足取りで歩き出す。

皆にほっとした空気が流れたのは気のせいではないだろう。

揺れる背は少し汗ばんでいて、全身を預けても頼りになる力強さだった。

ああ、情けない。情けなくて嫌になる。

涙の浮かんできた目を、天佑様の首に巻き付かせた自分の腕に押し付けてさりげなく隠した。

誠偉のような人を圧倒する力はなく、恵麗のような頭の良さはなく、せめて志文様と天佑様のような強い意志を持とうと思ったが、それを実行する力すら足りないのだ。

私が自分で歩くよりも早く、景色は後ろに流れていく。

乗っているだけの楽をさせてもらっているのに、乱れた呼吸は収まらない。

「顔色が悪いです。水を飲みますか?」

「……大丈夫。いらないわ」

恵麗が心配して声をかけてくれたが、喉は乾いていない。

ただ、疲れが全くといっていいほど取れなかった。

体は火照って暑いぐらいだ。まだ山道でさっきまで肌寒ささえ感じていたのに、急激に気温が上昇したのだろうか。

志文様が怖いぐらいの険しい表情をして、立ち止まった。

その動きにつられて皆の足が止まる。

彼は私に近づくと、突然袖をめくりあげた。

ひどく重々しいため息が聞こえた。

志文様は手を額に当て、疲れた顔をして首を横に振った。

「戻るよ」

その一言に皆が薄々事態に気がついた。

その場の全員の気持ちを恵麗が代表して志文様に尋ねた。

「何処に、ですか?」

「昨日の村に、だ。疫鬼に呪印をつけられたようだ」

めくりあげられた私の腕には、蔦が這うような黒々とした呪印がしっかりと巻き付いていたのだった。


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