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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
14/32

長い旅路:4

呼吸も落ち着いた頃、天佑様が周囲の様子を警戒しだした。

鋭さのある声で私達に注意を促す。

「……見られていますね」

彼の視線の先を辿ると、確かに複数の人影が見えた。

皆男性で、年齢は若人から老人まで幅広い。

格好からしてこの地域の住民だろう。

追手ではなさそうだと感じたが、天佑様は気を緩めようとはしなかった。

「四人。

……人数の差もありますし追い剥ぎではなさそうですが、いずれにしても今すぐここを去るべきです」

どんな目的で私達を見ているのか興味があったが、志文様も天佑様も面倒を拾う気など全くないようだった。

この旅の目的を思えば、確かにそうすべきである。

もしかしたら、困りごとがあって助力を求めているのではないか。

それを見捨てようとしているのではないか。

そんな胸に釈然としない気持ちを抱えながらも口にはせず、二人の判断に従うことにした。

「姐様、行けますか?」

「ええ。歩けるわ」

恵麗に手を引かれ、腰を持ち上げる。

そして歩き出した私達に合わせて、四人の住民にも動きがあった。

私達に追いつこうと走って近づいて来たのである。

志文様がその姿を鬱陶しそうに一瞥した後、歩く速度を上げた。

そうすることで拒否の意を伝えようとしたのである。

しかし住民は諦めない。追いつこうと更に速度を上げて追ってきた。

足の遅い私はこれ以上早くは歩けない。

気付けば、住民達はすぐ傍まで近づいて来てしまっている。

逃げることを諦めた志文様は首を横に振って一行に合図を出す。

それを見て仕方なく皆が足を止めた。

天佑様が先頭に立って彼らを待ち構える。

間近で見る住民達の姿は、痩せていて脅威には見えない。

その細腕で殴られたとしても、護衛達はびくともしないだろう。

全力で走ってきたのか、よろめきながら近づいて来た四人に対し、天佑様は雷鳴のような轟く声で一喝した。

「止まれ!!」

住民達は山中に響く天佑様の声に飛び上がった。

しかし彼らの怯む様子を見ても天佑様は気を緩めない。

それどころか、ゆっくりと見せつけながら自分の腰の剣へと手を伸ばしていつでも抜けるような体勢をとった。

「寄らば斬る!」

明確な威嚇である。

飛び掛かる寸前の虎のような恐ろしい眼光にねめつけられ、住民達はその場で大慌てで額づいた。

普通の拱手ではなく叩頭したということは、私達が貴人であると察していたのだろうか。

それとも、これからよっぽどの願いを乞うつもりなのだろうか。

白髪が見えるほどの近さだったが、その数歩の距離は天佑様の他にも護衛の武人達が阻み、彼らにとっては決して触れられない遠さである。

「その高貴な佇まい、名のある方々とお見受けいたします。

お……お願いがございます」

一番年かさの老人の男が、恐怖に震える声で言った。

間近で見ると、先ほどの志文様の説いた貧困を裏付けるような細い体である。

生きるための筋肉以外、何にもない。

彼らは襤褸を着て、犬のように哀れな眼差しで私を見上げたのだった。

その姿は私に罪悪感を覚えさせるものだった。

郝一族の力不足を認識させるには、十分な容姿である。

しかし、志文様は毅然とした態度で一蹴した。

「悪いが、私達は先を急ぐ身だ。

申し訳ないが、聞くことはできない」

彼らの顔が絶望に染まる。

容赦なく断った志文様を潤む目で食い入るように見つめた。

「何卒、何卒……!

このままではわしらの村は、全滅してしまうのです」

全滅とは、随分と怖い言葉を使うものだ。

何が一体全滅するというのだろう。作物か? 家畜か?

私は目に映る住民達の哀れさと、胸に沸き起こった罪悪感を無視することができなくなった。

一歩足を踏み出して、近寄ってみる。

護衛の者達は、私が彼らに向かって近づくことを止めはしなかった。私の意志を尊重したのだろう。

「何に、困っているというのですか?」

住民達の瞳に希望が微かに宿った。

しかし、負い目を感じているような苦渋の顔を作ると、俯いて額を地面に擦りながら哀願した。

「どうか、乩手(けいしゅ)様をこの村にお招き下さい!」

精霊の声を解す乩手が、何故必要なのだろう。

私には意味を理解することができなかった。

けれど背後にいた志文様が息をのむ音がした。

志文様は私の腕を引き、乱暴に感じられるぐらいの勢いで護衛達に押し付ける。

意図を察した護衛達は私を守るように住民達から距離をとった。

「まさか、お前達……!」

眉間に皺をよせ、険しい表情で叩頭したままの老人を蹴り上げ、胸倉を掴む様にして襟元から素肌をはだけさせる。

そこには、刺青のような黒々とした文様が蔦のように体を這っていた。

それを見た志文様は怒声を上げた。

疫鬼(えきき)か!」

赤城都では聞いたことのない言葉だった。

しかし私以外の者達は一様に青ざめ、住民達から一斉に距離をおいた。

志文様は掴んでいた老人の服を投げ捨てるように離し、苦々しい顔で舌打ちする。

「急いでこの場所を抜けるぞ! 一刻も早く!」

その目にはもう住民達のことなど映っていなかった。

まるで火事が迫っているかの如く、私を急き立てて走らせた。

「何卒、お願いいたします……!」

悲痛な声を上げて老人が追い縋ってくる。

それを汚らわしいものを追い払うように、志文様は足で蹴った。

「や、やめて下さい!」

見ていられなくて思わず叫ぶ。

地面に倒れ伏した老人に近寄ろうとしたが、天佑様に腕を掴まれ阻まれた。

国を動かす者として、民に威圧的に接する必要があることは十分知っている。

私達は貴方達とは違うのだと知らしめなければ、言葉は軽んじられ届かない。

だから天佑様が住民達に威嚇をしたのは受け入れた。

郝一族に対する不敬罪は、知らなかったとしても適用されるからだ。

それが彼らを守る術でもあった。

しかし今の志文様の扱いには何の配慮も感じることができない。

この非道な行いを黙認するのかと天佑様に非難の目を向けた。

そこには、悲しみの滲んだ表情があった。勢いが削がれる。

獣のように足蹴にするのが許容されるほどの、理由があるとでもいうのか。

「姐様、この村は疫鬼が周囲に呪印をまき散らしています。

呪印は体を弱らせ、死に至らせるのです。離れなければ私達も犠牲になってしまいます」

疫鬼というものが何であるのか、恵麗が必死に説明してきた。

山海には魑魅魍魎が跋扈し、時に人を襲うのはよく知られた話である。

恐らく疫鬼もその類だろう。病気の塊のような禍々しいものだと感じた。

その直感はきっと間違いない。

恐怖だ。

誰も志文様の行動を咎めようとしないのは、恐怖に怯えているからこその態度なのだと私は悟った。


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