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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
12/32

長い旅路:2

赤城都から出発して三日目の夜、気が高ぶって熟睡できず夜半に目が覚めてしまった。

赤城都以外で夜を過ごすことなどなかったからだろうか。

今いる場所は、小さな町の中で一番大きな宿屋である。

正直なところ大きめの民家以上のものではなく、私と恵麗が一室づつ割り当てられた他は、皆複数人で部屋を共有しているのだった。

物音をたてないように寝台から足を下ろし、座って寝なおすべきか考える。

眠気はなかなか訪れず、気分を変えるためにも夜風に当たることにした。

隣の部屋の恵麗を起こさないように部屋の扉をそっと開ける。

虫の音以上の音をたてずに上手く開けることができた。

部屋を出ると、この棟の三つの部屋が並んでいるのが目に入る。

一番奥は私が出てきた部屋で、隣が恵麗、一番入り口に近い部屋は天佑様と志文様の部屋だ。

他にもこの宿屋にはもう一棟あり、そちらでは護衛の者が寝ているはずだった。

小さな廊下の窓をそっと開くと、庭に植えられた梅の木が見える。

季節ではないので花はなく、青々とした葉が風に揺られていた。

「眠れないのですか」

かけられた声に驚きつつ横を振り向くと、いつの間にか天佑様が私のすぐ傍に佇んでいた。

全く気配に気が付かなかった。

腰に剣を挿しているので、私の物音に敵でも来たと思わせてしまったのかもしれない。

そして目にした私を心配してくれたようだ。

彼の落ち着いた雰囲気に心が穏やかになってゆくのを感じる。

天佑様は真面目で冗談など好まないが、その分落ち着いていて頼りになる方だと思った。

「そうです。……でも、私がここにいては気になってしまいますね。戻ります」

「構いません。隣でお守りいたしましょう。

外で月見でもいたしますか」

優しい言葉に甘えることにした。

「よろしければ」

「では、こちらへ」

天佑様に促されて外に出てみると、険しい山々が影となって夜闇に浮かんでいた。

空には暗幕をくり抜いたような銀の月がある。

宿屋の近くを流れる小川に月明かりがきらきらと反射していた。

風が静かに頬を撫で、木々をさざめかせるのを堪能する。

「良いですね。月は。何処で見ても変わらずいてくれる」

「ええ。万人の上で、その美しさを惜しまない。

公平なものはこの世に多くありませんが、月は平等です」

天佑様は遠くに思いを馳せるような表情をしたあと、顔を曇らせ俯いて言った。

「……一度、謝罪したいと思っていたのです」

「何のことでしょうか」

「初めてお会いした時のことです」

 静かに言ったあと、ゆっくりと私に対して拱手する。

「全てにおいて早計でした。友人を見捨てたと勝手に憤ったのです。

鈴玉様への態度に伝わってしまったものもあったかと。

ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

「私は自分の身分を偽っていましたから。お気になさらないでください」

「郝一族でありながら、随分と民草を気にかけるのですね。

下々の者と言葉を交わすことさえするのは、炎州では稀ではないのですか」

「……私は百の書類を見ても、そこで何が起きているのか分からない。

才ある人は、それを見ただけで多くを知るのでしょうね。

けれど、私には何にも読み取れないのです。

だからせめて、自分の目で見てみたい。それだけのことでしかありません」

天佑様は謙遜ともとれる私の本心の言葉に、微かに笑った。

そして再び月を仰ぎ見て、静かな声で言った。

「この黒い髪を見てお分かりになります通り、私は守護一族とは全く血縁がございません。

武科挙により官吏を得た、元は平民の出です。

その私からすればこの国の中枢に蔓延る者達は、随分と……傲慢に映る」

最後の一言は、まるで脅すような低い声だった。

日頃胸に秘めていた感情が、全て込められていた。

強い言葉に驚いてまじまじと隣の天佑様の顔を見ると、眉間に皺を寄せた険しい表情だった。

しかし私に見られていることに気づき、苦笑して表情を緩める。

「だから鈴玉様が我ら平民の喜びと悲嘆、直接気にかけて下さっている事実が、何よりも得難く感じます」

これがこの人の命を懸けて炎州まで来た理由なのだと理解した。

他の官吏を信用せず、ならば自分でこの国を良い方向へ導いてみせるという、信念が今の言葉から透けて見えた。

その思いと向き合わねばならないこれからの旅に、一段と重い覚悟を決めざると得なかった。

暗い表情になった私を、少し動揺した様子で天佑様が慰めた。

「申し訳ございません、暗い話をしました」

「いえ、お話ししていただいて良かったです」

知らないよりは、知っていた方がずっといい。

顔をあげて天佑様に向き合い笑ってみせると、つられて彼も顔を緩ませる。

「外の生活はどうですか? まだ慣れませんか」

「確かに不便もありますが、新しい発見の喜びの方が大きいです。

昼に見たのですが、鶏をああして戦い合わせるのですね」

「ああ、闘鶏ですか。赤城都では確かに見かけませんでしたが、よくある賭博です。

他にも犬を競争させることもありますよ」

「人が集まって、楽しそうでした」

宮廷で見かけるのは調理を待つ鶏だけで、城下町でも流行りの娯楽は囲碁などである。

ああして人が囲んで鶏を見ているのが、なんだか不思議に思えた。

犬の競争とはどうやるのだろう。

逃げてしまわないのだろうか。

「知らないことが沢山ありますね。

一つでも多く、知っていきたいです」

「では、道中分かる範囲でお教えしましょう。

これから先は更に山深い。きっとまた新しい発見がありますよ」

「それは是非。有難うございます」

大変なことばかりと思っていたが、天佑様の穏やかな表情に気分が浮上する。

気付けば起きてから時間がかなり経っていた。

「いけない、大分付き合わせてしまいましたね」

「私の方こそ楽しさのあまりお引止めせず、申し訳ございません」

志文様の方が口達者な印象だったが、天佑様も十分話してくれる方だと分かった。

お互い楽しく過ごせたのだと分かり、口元が自然と緩む。

「気分も落ち着きました。ぐっすり眠れそうです」

「それは良かった」

天佑様が私を宿の中まで先導してくれる。

自分の部屋に戻る時に、彼を見て言った。

「話してくださって、ありがとうございました。

明日からもまた、よろしくお願いします」

「ええ。私の方こそ」

向けてくれた優しい笑顔に安心し、扉を閉める。

寝台の上に入るとすぐに心地の良い眠りに攫われた。

その扉の向こうで、天佑様が酷く苦しいような表情をしていたことになど、全く気づかなかったのだった。


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