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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
10/32

炎王の承服:5

「姉上はどうお望みか?」

誠偉に問われてすぐに答えることができなかった。

王として、自分で選ぶように促すことは可能だった。

そうすれば誠偉は決めてくれるだろう。しかしそこに、何の主義もない。

私は重い鉛を飲み込んだような気持にさせられた。

こんな気持ちのまま、誠偉の判断を受け入れることができない。

この書面は命がけでこの場に運ばれた物なのである。しかも宛先は私なのだ。

その責任を全て誠偉に押し付けて良しとするのか。

仮にも郝の名を冠する者としての義務があるのではないか。

志文様、天佑様の顔と共に、その意志の強さを思い出す。

自分の信じる未来の為に、危険を冒す勇気が眩しかった。

しかし私に何ができるというのだ。

次期皇帝候補達の姿すら知らないというのに。

思考に囚われ深く沈み込む様子を見て、誠偉は私の手を取り無意識のうちに握りしめていた指を一つずつ解いた。

「もう悩まなくてよい。明日にでも返答をする」

そう言って爪の跡が残った手のひらを労わるように撫でた。

駄目だ、流されてしまう。

黙っていた先で戦いが起きてしまったとしたら、私は深く後悔する。

万を超える民の怨嗟が生まれる未来。それでは全てが遅いのだ。

勇気を振り絞って、口を開いた。

「見てきます」

「何?」

誠偉は突然の発言に怪訝な顔をして私を見た。

だから私は自信のない自分を振り切るように、強く言った。

「書面を下さった輝明様。お会いして参ります」

それは普段の私からすると信じられない積極的な意見だった。

しかしこの書面にはそうするだけの価値がある。この国の行く末がかかっている。

書面を運んだ二人のように、私にもできることがあるはず。

そう信じ、私は誠偉に対峙した。

誠偉は威圧的に目を細める。その目を向けられ、瞬間的に鼓動が早くなった。

どれだけ私に甘かろうと、彼は容赦のない酷薄な王だ。

「姉上が?」

私の意図を推し量ろうと、よくよく観察されているのを感じる。

特使について考えろと言った時よりも、余程慎重に何かを考えているようだった。

「宮廷の外でも危険があるというのに、赤城都の外となれば何が起こるか見当もつかん」

それは出て行くなといういうことか。

赤城都から出たことのない私の暮らしを考えれば、反対するのは分かった。

でも、ここで折れてしまってはいけないと思った。

「これはきっと、大変な決断になるでしょう。

ならばせめて、自分の目で見て納得したい」

「危険だ」

「それを承知で、やらなければならない時があるでしょう」

誠偉はため息をついて腕を組み、深く椅子に座る。

聞く耳を持たない訳ではなさそうだった。

炎州で椅子に座って出した結論よりも、輝明様に会いに行って出した答えならば、自分は納得できるだろう。

少なくとも何かが掴める気がした。

誠偉は期待を込めた私の視線を受けながら、難しい顔をして目を瞑っている。

やがてゆっくりと目を開き言った。

「それが姉上の望みならば」

受け入れてくれたことにほっとして顔を緩ませると、つられたように誠偉も微笑する。

「行って見て、感じたことを私に伝えてくれ。きっと姉上ならば、正しい判断ができよう」

その根拠が何処から来るのか分からない。

けれど、今度ばかりは誠偉の言う通りに正しく判断しなければならなかった。

「恵麗」

「……はい」

誠偉に呼ばれた恵麗が屏風の向こうから静々と歩いてきた。

一体何の用なのかと緊張しているのが分かる。

私が気に入っている子だから変なことはしないとは思うが、油断はできない。

「座れ」

命令の意図が分からず戸惑いながらも恵麗は誠偉の隣にしゃがむ様にして腰を下ろした。

その胸元付近に誠偉が指を伸ばしたかと思うと、突然弾かれる様に恵麗は自分の胸を押さえて悲鳴をあげた。

「痛っ!」

「何をしたの!」

慌てて駆け寄り恵麗を抱きしめるように腕の中に閉じ込めた。

これならば恵麗が万が一焼かれようとしても、私がくっついているために実行できないだろう。

冷や汗が背中を流れた。誠偉とのやりとりは常に命がけだった。

もしも恵麗が誠偉により殺されることがあれば、私は二度と誠偉を弟とは思えなくなる。

そのことが分からないほど愚かではないと思っていたが。

彼女の安全を確保したところで非難の目を誠偉に向けると、悪びれる様子もなく指を口元に当てて静かにするようにと伝えてきた。

そして自分の胸元を指さし、恵麗の胸元を確認するように言葉を使わず指示をする。

誠偉に見えないように配慮しながら恵麗の服の下を少し覗かせてもらう。

目に入ったものに私と恵麗は息をのんだ。

「分かるな? 安易に触れ回ってはならぬ。

毒にも薬にもなるだろう」

声を忍ばせて告げられた内容に、非常に重々しい面持ちで恵麗が頷く。

私は誠偉の予測を超えた行動に、頭が痛くなってきた。

恵麗の胸元に痣のように浮かび上がった文様は必方の眷属印である。

それを真人より託された者は、限定的ではあるが真人と同じように精霊の力の一端を使うことができる眷属になるのだった。

盛大な儀式と共に王の選んだ者に与えられるもので、王の代理人とさえ見なされる。

当然受ける者は丞相や嫡男の場合が多く、ただの女官に授けるものではなかった。

「その身を賭しても、姉上を守れ」

「必ずや」

恵麗は深々とその額を地面に付いて、一礼した。拒否権など当然のようにない。

それは、私が外に行くための代償だった。

思いがけず恵麗に支払わせてしまった犠牲に歯を食いしばる。

いつもこうだ。私が何か行動するたび、足元の草を踏み拉くように人の命運を変えてしまう。

私は息をすることすら、誰かの犠牲になっているのだろうと思った。

それでも全てを黙認してしまうよりは、ましな未来が待っていると信じるしかない。

彼女はその忠誠心故に私に不平不満を決して言わないだろう。

だからこそ、胸に留めて忘れてはならない。

祖州は、随分と遠い場所だと思い知らされたのだった。



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