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火精の檻(未完)  作者: 戌島百花
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六州一国:1

天福(てんぷく)という国がある。

中央に位置する祖州(そしゅう)と、周囲を取り巻く五つの属州から成る、六州一国の国だ。

祖州の皇帝と属州の王達はそれぞれ精霊によって選定され、人ならざる真人(しんじん)と化す。

六州は精霊の守護を受けつつ、かつて敵同士として戦いあった過去を忘れ、長く共に繁栄し続けている。




祖州の西に位置し精霊必方の守護する炎州の州都、赤城都(せきじょうと)の大通りにて襦裙(じゅくん)を纏った女性が二人上機嫌に会話を弾ませている。

一人は長い黒髪を簪でまとめ上げ、翠目(みどりめ)を持つまだ十代であろう娘。

もう一人はそれより五歳は年上に見える、日に焼けたような色の薄い赤茶の髪と目をしている女性であった。

どちらもごく一般的な容貌であり、何処かの商家の娘たちなのだろうと人々は気にも留めない。

「久々に街に来るとやっぱり楽しいわ。そう思うよね。恵麗?」

黒髪の娘の名は(しょう)恵麗(けいれい)である。恵麗は頬を赤く染め、可愛らしい無邪気な笑みを浮かべた。

「姐様、全くです。お家の中にずっといると気分は籠の中の鶏ですよ」

姐様と呼ばれた私はその言葉がやけに胸に響いて聞こえ、真顔になって頷いた。

「鶏は嫌よね、食べられちゃうだけじゃない」

そんなことを話しつつ道を歩いていると、視界の端に小走りで人混みをすり抜けていく少年の姿を捉えた。

人とぶつかりそうでまったく当たらないその動きに妙な胸騒ぎを覚え、じっと見ていると二人の直裾袍(ちょくきょくほう)を着た旅人にするりと体を寄せて、あっという間に何処かへと消えていった。

「あの子、盗んだわ」

「そうですね」

私の重々しい言葉に、完全に他人事のような軽い恵麗の声が答える。

面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なのだろう。

そもそも私達は家を抜け出している最中だった。

目立つような行動を避けるべきではある。

安易に手助けして困ったことになるのは確かに問題だし、どうするべきかと考えあぐねていると、盗まれたことに気付いた旅人風の男二人が焦った様子で自分の荷物を漁りだした。

その様子ではかなり大切な物が盗まれたのだろう。

荷物をひっくり返す勢いで道端に転がしている。

簡単に済ませるような少額の金銭が盗まれた訳ではないようだった。

放っておくのが可哀想に思えてきたので、仕方なく声をかける覚悟を決めた。

「行くんですか?」

「しょうがないじゃない、見てられないんだもの」

面倒そうな恵麗を連れて二人の旅人に近寄ると「ない、ない、ない!」と、悲痛な声が聞こえてきた。

荷袋の中身はほとんど地面に出し尽くしてしまったのに、何度も中を覗き込んでいる。

「あの」

私の声に二人が同時に振り替える。

一人はしゃがみ込み荷物を漁り、一人は立ったまま周囲に目がいかない相方の見張り役をしているようだ。

「何か?」

立っていた青年が私に話しかける。

凛とした佇まいは大木のようなしなやかさと安定感があった。

墨のような黒髪で、間近で見ると美しい碧眼であり、切れ長の目は利発そうな印象である。

「盗まれましたよ」

「はぁっ!?」

驚き声を上げたのはしゃがみ込むもう一人の青年だった。

彼は茶色の目と灰色の髪をした癖毛が特徴的だ。

よく動く表情につい目を引かれてしまう。

立っている青年が忠犬の印象なら、こちらの青年はやんちゃな猫を思わせる。

「いつ、どこで、誰に!」

余程困っていたのだろう。

礼儀知らずに思わず掴みかかろうとした癖毛の青年に、恵麗が間に入った。

「何よあんたその態度」

気に食わないと鼻を鳴らし、腰に手を当てて説教をする。

体格のいい男性相手に怯んだ様子は全くない。

「姐様がせっかく『放っておいてもいい』貴方たちに親切心で声かけたのに。

ものの聞き方も知らないのね!」

癖毛の青年は恵麗の勢いにのまれ一瞬黙ったが、それより大事な物を逸失していて感情が逆なでられたのだろう。

すぐに語調も荒く言い返してきた。

「黙れ!

どんなに大切な物が盗まれたかも知らないくせに!」

ここで怯むようなら、私の知る恵麗ではない。

胸を張り、癖毛の青年に毅然として立ち向かう。

「ええ知らないわ! 結構。姐様、こんな奴ら放っておいて行きましょう」

恵麗が身を翻して歩き出そうとしたのを止めたのは、黙ってやりとりを見ていたもう一人の青年の声だった。

「連れが失礼しました。どうかお許しください。

申し訳ないですが、盗んだ者の特徴だけでも教えていただけませんか?」

中々真摯な態度である。私はこちらの青年になら、素直に答えてあげてもいいような気になっていた。

しかし恵麗は私と違って絆されず、鋭い目つきをその碧眼の青年に向ける。

「ふうん? ただの旅人にしては随分体格が良いじゃない。

手に剣の胼胝(たこ)もあるし、貴方さては武官でしょう」

「まさか」

恵麗の鋭い指摘に、碧眼(へきがん)の青年が口では否定しつつもわずかに目を見開いた。

恵麗は小馬鹿にした顔で更に追及を続ける。

「姿勢が安定し過ぎているわ。

貴方に全力で体当たりしてもびくともしなそうなんだもの。

それで違うって言うのも逆におかしいわよ。

腰に差した剣も、飾りの剣穂(けんすい)は結構上等な物ね。

仕事道具にはこだわるのが普通でしょ?

それに、今みたいに周囲を警戒するのが癖になってるのも。

後は礼儀正しさからかしら」

もはや言い方は断定的だった。

その言葉の裏にあるのは優れた観察眼と推察する能力の高さだ。

二人は恵麗をただの娘ではないと気づいたようだ。

表情を変えて怖いほどの真剣な表情で恵麗を凝視する。

「癖毛のあんたは荷物を散らかしてるけど、貸本屋でもなさそうなのに本が三冊もあるし、紙に書かれてる字は矯正されたみたいにやたらと綺麗だし、おまけに帛画(はくが)の地図!

この組み合わせでいくと文官ね。

官吏が二人も揃って盗まれるわ礼儀知らずだわ、あきれたものね!」

文官の試験には文字の美しさまで評価に入っている。

文字の汚い文官は存在しない。

また、帛画(はくが)というのは絹布(けんぷ)のことだ。

軽く丈夫で持ち運びしやすい一方で、当然高級品である。

「恵麗」

「なんです? 姐様」

 得意げになっている小鐘に向かって、私は首を傾げ少し困り顔をして言った。

「恵麗がとっても賢いのは私の自慢なんだけれど、気付かない方がいいことも世の中にはあると思わない?」

炎州の中心地の大通りで、別の州から来たらしき旅人の恰好の、身分を隠した武官と文官の組み合わせが運ぶ大事な荷物とは一体何であろうか。

どう考えても厄介ごとの香りがする。

元々は巻き込まれたくなさそうだった恵麗は顔色を青く変え、慌てて口元を抑えたが後の祭りだった。

恵麗は癖毛の青年に、私は碧眼の青年にそれぞれ力強く腕を掴まれる。

逃がさないという強い意志を感じた。

そして非常ににこやかな、まるで温和な好青年のような顔をして癖毛の青年は私たちに言った。


「毒を食らわば皿まで。さあ君たち、思い切り巻き込まれてもらおうか」


やっぱり止めるのが遅かったわ。

私は諦めと共に彼らにしばらく付き合う覚悟を決めた。



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